ファーストデーに映画館へ。気づけば、“U-NEXTで2カ月分”のお金を使っていた

2023年7月3日
全体に公開

むし暑いからか、働きすぎなのか、疲れやすい歳になったのか。この週末は、のっけから、まったくやる気が起きなかった。

誰かと会うのも面倒、街へ繰り出すのもおっくう。仕事はしない、と決めた。何気なくスマホを手にして、SNSのタイムラインを眺めたり、おすすめ動画を見始めたり......。しかし、どうにもツマラナイ。

そういえば「ファーストデー」だった

いつの間にか6月は終わり、7月1日になっていた。「そういえば、話題になっていた『怪物』って、まだやってるかな」。毎月1日はファーストデーで映画は安い。

検索すると、近くで公開中だった。

封切りは6月2日らしい。ただ、1カ月も過ぎると、この映画館では、1日に1上映だけだ。土曜にファーストデー(大人1300円)という好条件でも、あまり混んでいない。スクリーンからいい感じに離れた「ど真中」の席を、上映の1時間半前にスマホで購入できた。

GettyImages

脚本家の坂本裕二さんと監督の是枝裕和さんがタッグを組み、第76回カンヌ国際映画祭で日本映画として史上2度目となる脚本賞を受賞した『怪物』。前知識はそれぐらいで、先日亡くなった坂本龍一さんが楽曲を提供した遺作でもあると、今さら知った。

ポップコーンとチュロスを手に

薄暗いシネコンの入り口に、ふらりと行くと、U-NEXTのベストをきた女性が駆け寄ってきた。「お時間よろしいですか? いま1カ月の無料登録をいただくと、映画鑑賞が1回無料で...」。映画館に来る客に営業するのは正解。ただ、私は会員だから、ごめんなさい。

席に行く前に、売店を行ったり来たりした。

朝から何も食べていないのでほしいけど、どれも高い。しかし、ポップコーンとチュロスぐらいを無駄に口に入れないと、今の自分は疲れが取れなさそうだ。合わせて830円を払って、ファーストデーの意味があまりなくなった。

それにしても、ドリンクホルダーに挿せるトレイは優れものだ。

アメリカの球場でも、ドリンクや食事を乗せられる紙のトレイがあったが、紙なのでバランスが悪いし、ホルダーには挿せない。だから、いつもみんあチップスやポテト、ポップコーンをそこらへんにぶちまけている。

上映中「スマホを手にしないで」

席に座って予告編をぼーっとみていたが、耳が痛くなるほど音が大きい。本編もこの音量ならしんどいと思ったが、どうやらこの時間だけのようだ。ただでさえ刺激的な映像なのに、音も大きいと逆効果かもしれない。そのせいからか、次に観たいと思う映画がほとんどなかった。

いよいよ本編の時間が近づいた。客は30人ぐらいだろうか。

「上映中はお静かに」の映像を何となく眺めていると、スマホの注意が前より多かった。

「マナーモードにしましょう」「通話はお控えください」だけでなく、操作もやめましょう、と。操作中にスマホ画面が光ることが、「案外、気になるものです」と言っていた。

確かにそうだ。シーンは違うが、真っ暗の寝室でスマホを触ると、結構な明るさになる。映画館でも、隣や前の視界に違う光が入ってくると、目障りだ。

スマホのサイレントモードを改めて確認してから、カバンにしまった。本編は、静かなシーンから始まったので、口に入れたばかりのポップコーンの食べ方に困る。バリボリと音を立てて噛まずに、柔らかく歯で押しつぶして、口の中で溶かした。

Kilyan Sockalingum/Unsplash

2時間を捧げるコンテンツ

映画を観ながら、いろいろ考えた。作品にどっぷり浸かっている時間が実は少ない。

映像の撮り方やシーンの切り方、つなぎ方が気になる。脚本の構成や流れ、音楽を入れるタイミング、安藤サクラさんら俳優の演技やセリフのトーンに目や耳がいくこともある。

この映画は、誰か一人の目線ではなく、同じシーンだけど「主人公の目線」が入れ替わる、という一風変わった撮り方をしている。どこかで観たことがあるなぁ。あと、俳優の瑛太さんの使い方がとてもうまいなぁ。そう思いながら、観ていた。

あとから、脚本家がドラマの「大豆田とわ子と三人の元夫」や「最高の離婚」を書いたのと同一人物だと知って、納得がいった。演出も配役も、一種のスタイルだった。

土俵はまったく違うが、コンテンツ制作に携わる人間として、こうした作り手サイドの目線を抜きに、なかなか見られない。職業病だ。

日頃はウェブメディアの運営で、少人数で、短期的に消費されがちな記事を作っている。それだからか、映画のように大勢のスタッフが長期間をかけて作り込まれた長編に触れると圧倒される。自分にはとてもできない、と。比べる必要がなくても、である。

2時間あまり、いい映画だった。

こういう時はパンフレットを買うようにしている。制作の舞台裏まで知りたくなるのだ。読む場所を探して、フードコートを一周。

モスバーガーでセットを買った。まだまだジャンキーに、できるだけ「堕落的な休日」を過ごしたかった。

映画パンフの文章にうなった

A5サイズのパンフレットを開くと、劇中の写真が何枚か続いたあと、イントロダクションが見開き2ページであった。

果たして、何が起こっているのか? 「怪物」とは誰か? その正体が明かされた時、映画に籠められた真のメッセージに心震える、感動のヒューマンドラマ。
『怪物』パンフレットのIntroductionから

そのなかの一節を引用したが、全部で1500字ぐらいだろうか。過不足なく概要を説明しながら、興味を引き立てる。うまいリード(導入文)だった。

その後、監督や脚本家、出演者らのインタビューも読んだ。どれも、上手に書かれていた。「映画通」の人を満足させながら、私のような「一見さん」も納得させる。実はこれは、とても難しい。少なくとも、自分には書けない文章だった。

巻末を見ると、テキスト執筆:門間雄介(各インタビュー、プロダクション・ノート)とあった。ググると、ライター・編集者で「ぴあ、ロッキング・オンを経て独立。『CUT』元副編集長。映画や音楽を中心に、カルチャー全般の取材、執筆、編集等をおこなう」と説明があった。なるほど。その道で経験を積んできたプロが、やはりいるのだ。

安藤サクラさんや瑛太さんのほか、子役の男の子2人が主役だった。どのインタビューも読み応えがあった。キャリアの長さにかかわらず、答えている言葉に「プロ意識」がにじみ出ている。

パンフレットを30分ぐらいかけて隅まで読んで、家に向かった。

GettyImages

ファーストデーのはずが、パンフとモスバーガーも入れて、気づけば4千円も使っていた。

U-NEXTなら月会費で約2カ月分の価格を、この『怪物』1本に費やしたことになる。

「映画やドラマ見放題のサブスク2カ月分」と、「ファーストデーの映画チケット➕ポップコーン➕チュロス➕パンフレット」。同額なのだが似て非なる。

いったいこの違いは何だろうか。単にストレス解消で浪費したわけでもない。UNEXTは会員を続けているぐらいなので、引き続きそれはそれで楽しい。

一つ差があるとすれば、映画鑑賞でパンフレットを読んだ時間も入れると、2時間30分。私をスマホから引き離したことだろうか。ただ、それだけではない気がしている。

▼野上英文著『朝日新聞記者がMITのMBAで仕上げた 戦略的ビジネス文章術』(BOW BOOKS)

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