借金60億から始まったヤフー小澤隆生の人生すごろく

2015/2/28
大学3年で背負った60億円の借金を返済するIT界で起業を決意。稀代の実務家・小澤隆生氏の人生すごろくを描く。

父の宣告。借金60億円を背負わされて感謝

「もうお前に継がせる家業がなくなる。あと借金が60億円あるから、よそで稼いで借金を返してくれないか」
父親に宣告されたのは、僕が大学3年生のとき。
この言葉に感謝しています。巨額の借金を抱えたからこそ、自分で事業を始める決意をしたからです。
まず僕がしたのは、実際に60億円以上稼いだ人が何をしたのかを調べることでした。
何かをやろうと思ったら、その何かを実際にやったことのある人を調査します。
サラリーマンはひとりもいませんでした──。

就職活動で1社だけ合格

「プログラミングの勉強をするために学校に通いたい」
親に頼むと、「カネがないからダメだ」と却下。それならIT企業に就職してプログラミングを勉強しようと、就職活動を始めました。
「エンジニアになりたいんです」
「プログラミング、できるの?」
「いえ全然。ここで身につけさせていただいて……」
当然、不採用です。10社受けて1社だけ合格。同期の仲間を募り、朝晩、起業のビジネスモデルを考えて実践しました──。

IT黎明期の資金調達

「イージーシーク」はサービス開始初日から反響がありました。
「インターネットはすごい!」「これで行こうぜ!」と仲間と盛り上がりました。
「売上いくら?」
「数十万円です」
「それ会社になってないよ。おとといきやがれ!」
ベンチャーキャピタルを回ってボロクソにけなされ、「上場なんて無理だ」と言われてしまいました──。

会社を売却して楽天へ。球団をつくる

イーベイが買収を持ちかけてきました。外資に買収されるのもカッコいい気がする(笑)。アマゾン、ヤフー、楽天からも話がありました。
最終的には楽天に売却し、僕は楽天グループの一員になります。
三木谷さんから声をかけられました。
「お前、プロ野球チームをつくってみないか」
引き受けたものの、プロ野球に興味があったわけではありません。三木谷さんからも特別な指示はなかった。「なるべく黒字に」「爽やかな球団を」「クリーンな球団を」と、そんなレベルです。
だいたいプロ野球のつくり方なんて誰も知りません。そこで、「プロ野球」を要素分解しました──。
楽天イーグルス1年目の成績は、38勝97敗11分。にもかかわらず売上70億円、2億円の黒字。その年の黒字はパ・リーグ6球団中1チームだけでした。

劇団四季を受けるために楽天を退職

「僕、『ライオンキング』に出たいから辞めます」
三木谷さんにそう言って楽天を退職し、劇団四季のオーディションを受けました。裏方ではなく、役者志望です。でも書類落ちしてしまった。
やることがなくなったので、エンジェル投資を本格的に始めました。投資した事業は全部失敗。頭にきて、なぜ失敗したのかを考えました──。
考え方を変えた第1号の事業が、「nanapi(ナナピ)」です。
起業は誰でもできます。「What」が正しくて「角度」が合っていれば、あとはひたすら没頭して夢中になれるヤツが勝つ──。

ヤフーへ。経営陣の本気、孫さんから学んだこと

ヤフーが経営陣を一新して“新生ヤフー”になるタイミングで、僕はヤフーグループの一員になりました。
ある日、社長の宮坂学さんに呼ばれます。
「ECをやってほしい」
「約束が違います」
「約束が違うのはわかっている。そのうえでのお願いだ」──。
ヤフーの執行役員からECの責任者になり、孫正義さんから呼び出されました。
「ヤフーのEコマースはこのままではダメだ」
孫さんと一緒に仕事をして気づいたことがあります。普通の人と明らかに違うのです──。
(聞き手・構成:上田真緒、撮影:福田俊介)