大学3年で背負った60億の借金に、感謝

2015/2/28
父の宣告
「もうお前に継がせる家業がなくなる。あと借金が60億円あるから、よそで稼いで借金を返してくれないか」
父親に呼ばれて宣告されたのは、僕が大学3年生のとき、1992年のことでした。
この言葉に今では感謝しています。60億もの借金があったからこそ、自分で事業を始める決意をしたからです。
家業はホテル業と生コンクリート業です。千葉県で祖父が創業しました。生コン業で儲けたカネでホテルを建設し、高度経済成長期の波に乗り年商約100億円。かなり大きな会社でした。
破滅のきっかけは、バブル崩壊です。建築物が減って生コンの需要が減りました。
ホテル業のほうは、もともと千葉の市原市という、ホテルを営むには中途半端な場所にあったために宿泊客は少なかったのですが、宴会の需要も減ってしまいました。
当時の僕といえば、早稲田大学で遊びほうけていました。
子どものころから父に「お前は跡継ぎとして社長になれ。医者にも弁護士にもなるな」と言われ続け、当然、後を継ぐものだと思って育ってきました。
家は裕福で別荘もある。小遣いをふんだんに与えられ、買ってもらった外車を乗り回し、都内のマンションに一人暮らし。ゴルフフサークルに入って派手に遊んでいた。夏には友達の別荘を泊まり歩き、ゴルフざんまい。だいたい大学でゴルフサークルに入るのは、家が金持ちのいけ好かないヤツが多かった。
そんな浮かれた日々は、父の宣告で終了します。