年功序列賃金の崩壊

2023年1月2日
全体に公開

明けましておめでとうございます!

本年も宜しくお願いします。皆様にとって素晴らしい一年になりますように。

さて、年始の日経新聞にジョブ型を導入する企業が増えてきているという記事が出ていました。

日立、全グループ37万人ジョブ型に 海外人材抜てき
日本経済新聞、2023年1月1日

日本型経営システムの特徴として年功序列、終身雇用、メインバンクシステム、ケイレツ・株式持合いなどがありますが、高度経済成長下において有効に機能していたシステムであるものの、成長が無くなって久しい日本では、日本型経営システムはむしろ弊害の方が多く指摘されています。経済学的に非効率だと分かっていても変えられないで続いているいわゆる「慣性(economic inertia)」にあると考えられます。日本企業がなかなか変革できない理由がこの日本型経営システムの「慣性」にあると思っています

そんな中、ジョブ型を39万人のほぼ全てのグループ社員に導入しようという日立やグループ社員の9割にジョブ型雇用を導入した富士通などの事例は、日本型経営システムの変革の明るい兆しだと考えています。

年功序列賃金制度(あるいはより今風に言うとメンバーシップ型雇用)は、20-30代の若年層は(労働生産性に対して)賃金が意図的に低く抑えられて、40-60歳の中高年層が労働生産性に対して不相応に過剰に賃金を高くもらえる賃金体系です。

出典:ダイヤモンド

そのために、若年層は適正な賃金が払われていないことから、適正な賃金を払う外資企業などに優秀な人材を引っこ抜かれまくるという事態が、日本国内においても起こっています。ちなみにグーグルジャパンは4000人、アマゾンジャパンは7000人の社員が現在いると言われています。過去15-20年のうちに100人程度から一気にこの規模まで拡大した印象です。同様に外資金融においても、大手外資金融の日本法人で働く社員の多くは日系金融機関からの引き抜きで成り立っています。日本は少子化傾向であるため、中高年層の社員がもともと多く、かつ労働生産性に対して不相応に高い賃金を年功序列賃金制度の下で払っている社員ばかりが会社にしがみついて残り、労働生産性に対して不当に低く賃金が抑えられている若年層はバンバン辞めていってしまうという事態が起こっていると想像され、このままでは日本企業の労働生産性は会社全体として悪化していくばかりということが懸念されます。

  出典:産業能率大学総合研究所

年功序列賃金が形成・維持された背景には諸説ありますが、有力な一つが、企業内特殊熟練(その企業内においてのみ有効に機能する技能)が必要であり、その獲得には雇用主も時間とコストをかけないといけず、長期雇用が労使共にメリットになるため、長期に働くインセンティブスキームとして年功序列賃金がうまく機能したという説かと思います。これは、若年層は今は労働生産性に対して不相当に安い賃金で甘んじているけれども、将来労働生産性に対して不相応に高い賃金をもらうオプションを買っているようなものであり、なおかつ、このオプション契約は不完備契約なので、第三者には立証可能(verifiable)ではないため転職したら無くなってしまうから転職しないインセンティブが従業員には生じる、さらに企業内特殊熟練は特定の企業内だけで有効に機能するスキルなので、転職すると役に立たないため転職しにくい、という帰結になろうかと思います。

また、この年功序列賃金契約が不完備契約であることや、獲得しているスキルが企業内特殊熟練であることが、例えばM&Aにより企業同士が合併した場合に、今までの年功序列賃金制度が崩れ、将来得られる高い賃金という暗黙のオプションが反故にされる可能性を嫌って、企業価値向上のための大胆なM&Aですら極力避けようとするインセンティブとしても働いてしまっているのではないかと懸念していました。

最近のジョブ型雇用ただ今までの年功序列賃金制度(メンバーシップ型雇用)をジョブ型雇用に移行させると、将来不相当に高い賃金をもらうために若年層の時に賃金が抑えられていた従業員からすると約束が違うじゃん!ということにならないのか一抹の懸念が残ります。

今そもそも日本企業の賃金はグローバルに比較して低いため(過去の投稿ご参照)、そして労働生産性も低く放置されていたため、労働生産性がちょっとあがりさえすれば、中高年がもらう不相当に高い年功序列賃金であっても適正水準の賃金に今ならしやすいということだったりするのかなと思います。これまで通りの賃金水準(中高年層はこれまでの水準の平均的に不相当に高い年功序列賃金)を維持したとしても、ジョブ型への移行に伴って、年功序列賃金不完備契約が破棄され、全ての年代で適正賃金を払う体制にすることの不利益が実は今なら少ないなどと言えるのでしょうか。

また、そもそもグローバルに展開している日本企業では、日本国内の賃金水準と、海外子会社のローカル社員の賃金水準が逆転している現象があちこちで起こっているとも聞きます。同じような能力レベルの日本本社採用の社員と、海外のローカル社員で給与格差が出ている不公平感にも組織として段々と耐えられなくなっているのかなとも思います。

出典:Annual average wages (2021), OECD

加えて、ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)の発達によって、企業内特殊熟練の必要性はかなり低下しており、例えば顧客情報・取引慣行等についても情報の整理が電子的に行われ、蓄積されていることで、転職者もすぐに前からいる社員とそん色なく働ける環境が整ってきているとする論文も多く出されています。このことはCEOの選定でも同じで、ICTの発達によって、企業内特殊熟練を持ち合わせていない外部からのCEOの招聘であっても、そのCEOの経営一般技能が優れていることで十分に経営を行うことができるという論文もいくつも出されています。

ただ、ジョブ型雇用への移行を有効に機能させるためには終身雇用の廃止と解雇規制の緩和も同時に行わなければいけません。ジョブ型雇用に移行しても、終身雇用と雇用規制が現状のままあるようでは、やる気のない社員は何も変わらず温存されます。リスキリングにしても、やる気のない社員は、リスキリングしなくてもどうせクビにもならず、給料も定年まで保証されると思うと、リスキリングするインセンティブを持ちません。リスキリングしたくなる適切なインセンティブスキームを設計するためにも終身雇用の廃止と雇用規制の緩和はセットで必要だと感じます。

最近知り合いから聞いた話で驚愕したのは、大手の総合商社のような就職したいランキング上位に常に入るような企業ですら、終身雇用でクビにもならないことを逆手にとって、30歳前後でもう働く気をなくし、最低限言われたことはするけれどもそれ以上のことはやる気をみせず、趣味に生きる人生を選ぶ若者も出てきているとのことでした。終身雇用で厳しい解雇規制があり、年功序列賃金で大して同じ年齢だと給与に差がつかない給与体系であれば、その中のゲームのフレームワークに則ればたいしてやる気を持たない、仕事は極力しないというのが正しい選択ということになってしまいます。ある意味ゲームのルールに基づいて効率的に動くとそうなるということになってしまい、インセンティブスキームの失敗が起こっていると言えます。

今までの年功序列賃金制度からジョブ型への移行が賃金水準・体系としてどのように変化しているのか、私も実態がどのようになっているのか勉強したいと思いますので、是非皆さんの経験・考えを教えていただければと思います。

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