世界一の平均観客動員数。ドルトムントのデジタル戦略

2016/5/3
平均観客動員8万424人、スタジアム稼働率99%──。  
ボルシア・ドルトムント(BVB)は世界で最も多くのサポーターをスタジアムに引き寄せるフットボールクラブである。
ドルトムントの2014−15シーズンのアニュアルリポート(投資家向け年次報告書、31ページ)によれば、観客動員数は17年連続でリーグ1位。
シーズンパスは5万5000枚が完売し、何らかの理由で継続しなかったサポーターはわずか93人にすぎない。つまり、継続率は99.9%である。
毎試合8万人のサポーターが集まるドルトムントのスタジアムには、ファンの熱狂が渦巻く。

瀕死状態からビッグクラブへ

これに伴いクラブの売上も順調に増加し、収入はグループ全体で前年から5.87%増加し2億7605万ユーロ(約340億円)に (同44ページ)。
デロイト社が発行する「Football Money League」(通称リッチリスト)でも、イタリアのユベントスに次ぐ第11位にランクインしている。
かつて選手に過度な投資をし続けた結果、2005年に最大となる1億8000万ユーロ(約220億円=現在のレートで換算)もの負債を抱え、まさに瀕死の状態であったドルトムントは、わずか10年で無借金の健全経営を取り戻し、世界のビッグクラブの仲間入りを果たしているのである。

強固なサポーターとの絆

こうした数字の源泉は、資金計画の見直しはもちろん、クラブとサポーターが築き上げてきた関係性にある。
先述の17年連続観客動員数1位が示す意味は、「良いときも、悪いときも、サポーターはスタジアムを埋め尽くし、クラブを愛し続けた」ということだ。
ドルトムントはこの絆の強さを土台にビジネス面の大復活を遂げてきた。

ブランド・アイデンティティ構築

実際、2005年の経営危機を契機に2008年から始められたブランド戦略の立て直しに際し、ドルトムントは自らの歴史を見つめ直した結果、この点が他のクラブと比較して最も特徴的であり、自分たちのアイデンティティであることを明確に認識したという。
それによって「純粋な情熱」というキャッチコピーと、「The BVB Brand Wheel」というブランド・アイデンティティが構築されたことはご存じの方も多いだろう(NewsPicks記事「ドルトムントは『共感力』でアジア市場に挑む」参照。
その効果は近年の好成績とも相まって、国内ブランドランキングの結果となって表れているといえよう。

デジタル・アナログ両面を強化

さらに現在、ドルトムントはサポーターとの絆をより強固なものにすべく、デジタル・アナログ両面での取り組みを強化している。
このレポートは2部構成になっており、前編となる本稿ではドルトムントのデジタル戦略について、次回後編ではサポーターの声をクラブ内部に取り入れる仕組みについて触れている。
なお、本稿は、2015年9月に筆者が責任者として企画・実施した新潟経営大学「欧州フットボールビジネス研修」内のドルトムント本社オフィスでのマーケティング戦略に関する講義内容をもとにしている(実施に関してはドイツでフットボール選手の代理人として活躍する山崎純氏と、彼のアシスタントである重松直志氏の全面的な支援をいただいた。彼らなくしてはこの研修は実施できなかった。ここに記して感謝申し上げる)。
また、講義内容を補強するために、ドルトムントの財務資料や広報資料を用いた。この記事を通じて、読者の皆さまと私たちがドルトムントの地で受けた感銘を共有できれば幸いである。

スマホによる「大きな波」

ホームスタジアム=ジグナル・イドゥナ・パークの熱狂的なフットボール体験をより広く伝達しながら、サポーターとの強い絆を強化する手段は何か──。
ドルトムントのニューメディア/CRM担当スタッフであるセバスチャン・フランク氏が私たちに示したスライドには、波待ちをするサーファーの姿が写っていた。
「私たちは大きな波を待っています」と語ったセバスチャン氏が、次に示したのがモバイル機器(スマートフォン)の急激な成長であった。
2014年、世界でやりとりされたショートメッセージサービスの総数が7.5兆通、アプリ「WhatsApp」のメッセージ数が7.2兆通。
ドルトムントでは各種のデータソースからそうした数字を拾い上げつつ、「モバイルが世界を飲み込む(Mobile eating the World)」流れを「大きな波」と認識しているのである。

専用アプリですべて網羅

この認識のもと、「特にスマートフォンが持つ大きな可能性を使って、熱狂的なフットボール経験を世界中のファンに伝える」(セバスチャン氏)ため、ドルトムントではこれまで専用スマホアプリや各種SNSでの公式チャンネルを開発・運営してきた。
専用スマホアプリに関しては、トップチームはもちろん、下部組織の試合に関する予定・実況・結果、クラブや選手がSNSを通じて発信した内容を閲覧でき、ネットラジオにも簡単にアクセスできるようになっている。
つまり、アプリを立ち上げればドルトムントに関するあらゆる情報がワンストップでリアルタイムに入手できるかたちだ。

1名に編集権限集中

試合当日の朝には「試合開始まであと○○時間」という通知を行ったり、その後の行動予定(スタジアム観戦orテレビ観戦orそれ以外)を選択させたり、当日のスタメン予想や試合結果の感想をサポーター同士で語り合えるようになっており、サポーターに丸1日ドルトムントを意識させる設計になっている。
また、別の専用アプリでは試合当日のマッチデープログラムをはじめとするクラブの広報誌が購入できる。もちろん、バックナンバーの購入も可能である。
このアプリを含め、すべての媒体でドルトムントのブランド・イメージが統一されるよう、1名のコンテンツマネージャーに編集の権限を集中させているのが特徴的である。
ドルトムントが開発したアプリの画面(著者撮影)。
コンテンツマネージャーは、ウェブにアップされたコンテンツに対するサポーターの反応を見極めながら、メディアの特性に合わせてアップする内容とタイミングを吟味しているという。

世界トップのWi-Fi環境

さらに試合当日もサポーターが快適にウェブにアクセスできるよう、ホームスタジアムにはWi-Fiが完備されている。前出のアニュアルリポートによれば、4万6000人以上が同時にウェブ接続できる容量を確保している(31ページ)。
この点に関して「スマートスタジアム」の最新事例として知られているアメリカのリーバイス・スタジアム(NFLの49ersの本拠地)と比較してみよう。
「サッカーキング」の記事によれば、2015年7月に現地で開催されたバルセロナ対マンチェスター・ユナイテッドでは、試合日の午前9時から午後4時の間にのべ2万5643人がスタジアムWi-Fiを利用し、最大同時接続人数はキックオフから5分後の1万8322人だったから、ジグナル・イドゥナ・パークのWi-Fi環境は世界トップクラスといえるかもしれない。
ただし、試合中はゲームに集中してほしいという観点から接続速度の低下を検討している。この点はブランドの「コア」がスタジアムでの「熱狂的なフットボール体験」であることを如実に物語っている。

試合当日の接続時間は8倍に

こうしたモバイル戦略の結果、2015年9月時点でツイッターのフォロワー数176万人、フェイスブックの公式ページへの「いいね!」数が1320万人、メールマガジン登録者数34万人を獲得。数字的にはバイエルン・ミュンヘンやシャルケ04には及ばないものの、順調にその数を伸ばしている。
また、試合当日のサポーターのモバイルサイト(アプリ、SNS、公式サイトを含む)平均接続時間は108分から840分に拡大した。
このように、ドルトムントは自らのコアである「熱さ」をデジタル技術によって世界中に伝達し、クラブにシンパシーを抱くサポーターの拡大に向けた戦略を実行している。
(写真:Dennis Grombkowski/Bongarts/Getty Images)