減塩ナッジ:減塩目標の失われた30年を取り戻す

2024年3月24日
全体に公開

米国ワシントン州シアトルにワシントン大学医学部を拠点とする世界最大級のポピュレーションヘルス研究機関であるInstitute for Health Metrics and Evaluation(IHME)が存在します。この研究所は世界190か国以上のヘルスデータをもとに、政策立案者、研究者、資金提供者(ゲーツ財団など)に、世界の健康動向に関する公平で証拠に基づいた全体像を提供しています。公開されている健康リスク因子に関するデータをみると1990年から2019年までのほぼ30年間、世界の食事リスク因子の第一位は”塩分過剰”が占めています。2020年以降もその傾向には変化がないと聞いています。そう、世界は減塩課題と闘おうとしていますが私たちは減塩目標の失われた30年間を過ごしてきました。

世界の健康の最大の食事リスク因子である「塩分過剰」の削減に向けた取り組みに関して、今回は、特に行動ナッジと感覚ナッジがどのように利用されようとしているのか見ていきたいと思います。

塩分の過剰摂取が健康にとって危険であるとよく耳にします。最近、英国で50万人以上を対象に行われた疫学研究によると、定期的に食品に塩を加える人はそうでない人に比べて、50歳の時点での平均寿命が女性で1.5年、男性で2.3年短くなることが示されています。

世界的に見て、現在の1日の塩分推奨摂取量は5〜6gですが、多くの国や文化ではその実際の摂取量が推奨量の約2倍に近く、アジアでは10グラムを超えることがあります。人々が塩分の摂取過多に悩まされるようになったのはいつからでしょうか?

実は、人類が最初の農業革命を迎えた約7000年前から、塩分の過剰摂取が健康を害し始めたと考えられています。農業が始まる定住前の狩猟採集時代の塩分摂取量は2g未満だったと推測されています。

都市化の進展、加工食品の摂取機会の増加、身体活動の低下が塩分摂取の増加と排泄の減少を引き起こし、体内に塩分が滞留しやすくなりました。ローマ時代には、塩辛い食品の過剰な摂取を避けるようにという呼びかけがすでに存在していたと言われています。

なぜ農業が始まると食塩摂取が増えたのか、という疑問を持つ人もいるかもしれません。定住が始まると、特に北半球では厳しい冬を乗り越えるために野菜や肉を腐らせずに保存する必要が出てきました。その結果、塩が最も手近な防腐剤として重宝されるようになりました。どの国でも塩漬けの野菜、肉、魚が珍重されるようになりました。また、植物はカリウムを豊富に含むため、カリウムの利尿作用によって体からナトリウムが排出されやすくなり、食塩への欲求が高まります。つまり、植物性食品を多く摂ることは、塩分への渇望を引き起こしやすくなります。

私たちの体は欠乏に備えて塩をできる限り欲するようにできている。そして、私たちは塩をいつでもどこでも手軽に手に入れられるように対応してきた。  UnsplashのTimo Volzが撮影

なぜ塩は人々を魅了するのか?

塩が人々を魅了する理由はその歴史的な価値と栄養学的重要性に深く根ざしています。塩は人間の食事に不可欠なミネラルであり、古代から食品の風味を増すおいしさの助けとして、また保存手段として重宝されてきました。例えば、先史時代から魚や肉を塩漬けにすることで保存する機能がありました。このように、何世紀にもわたり、世界中の文化で料理に不可欠な存在となってきたのです。製塩は産業と政治とが結びつき、古代から近代にかけて、公私にわたって主な富の源となりました。

塩の魅力は、その歴史的背景、生理学的および行動学的必要性、そして料理における役割によって説明されます。これらの要素が組み合わさることで、塩は今日に至るまで人類の食生活において中心的な役割を果たし続けています。レイチェル・ハーツによれば、「塩が自然界のタンパク質を示すシグナルであるため、生まれながらにして塩の味を好む」とのこと。塩分は体液のバランス調節や神経、筋肉機能の維持に不可欠であり、これは人間に限らず他の生物にも見られる現象です。日本の小島にいるサルが海水でサツマイモを洗って塩味をつける行動や、アマゾンのオウムがナトリウムを求めて集まる行動などがその例です。

料理においては、塩はフレーバーエンハンサーとして非常に成功しています。塩は食品の苦味を隠し、好ましい味質を高める能力があります。塩と近縁のうま味成分も他の味を抑制し、甘味や塩味を強化することが知られています。これらは官能評価試験で単独では不快な味として評価されることが多いですが、食品への添加によっては好ましい味に変わります。

私たちは塩のフレーバーエンハンス効果を求めて塩を摂取しているのかもしれない。ソース語源はサラダにかける塩にたどり着く。  UnsplashのFedorが撮影

減塩のためのナッジング

塩は私たちにとって不可欠な栄養素であり、生まれながらにして塩を好む本能があります。塩は常に汗や糞尿を通じて体外に排泄されるため、私たちは塩のある食べ物をおいしいと感じ、摂取することで必要量を確保しようとします。困ったことに、私たちの脳は必要以上に塩を蓄えることも好むため、これが現代の塩過剰摂取の課題へとつながっています。

そこで問題となるのは、人間、あるいは動物の本能であるソルトアペタイトをどのように自然な形でそっと制御できるかです。ここでは、行動と感覚に基づく19のナッジング手法を見ていきます。

減塩のためのナッジのドアをそっと押してみよう    UnsplashのDevon Janse van Rensburgが撮

行動ナッジ 10

減塩のための行動ナッジは、人々が無意識のうちに塩分摂取量を減らすよう促す微妙な心理的手法です。以下に、いくつかの実用的な方法を紹介します。

1. 塩の使用にハードルをかける

・塩を振りにくくする:

ソルトシェイカーの穴の数やサイズを変更することで、食事中の塩使用量を抑えることができます。オーストラリアの研究者が「ネイチャー」誌に発表した論文では、私たちは塩の量ではなく、振りかける回数で塩分欲求を満たしているという驚きの指摘をしました。5穴のソルトシェイカーは17穴のものと比較して塩を約34%少なく使うそうです。

・スプーンを使いにくくする:

卓上で提供される調味料のスプーンを小さくすることで、スープや調味料の自然な摂取量が減り、結果的に塩分摂取量が減少します。東南アジアでの旅行経験では、調味料を使う際にスプーンの小ささに苛立ちを感じたことはないでしょうか?これは経済的な使用量削減を目的としていると同時に、減塩行動においても重要なナッジであると言えます。

・スプーンに穴をあける

ラーメンなどの食事中に小さなスプーンや穴あきスプーンを使用することで、自然と摂取するスープの量が減り、結果として塩分摂取量も減少することが示されています。

小さなミンチ肉などが多く入っているラーメンを食べる時に蓮華を使うと思います。この蓮華(スプーン)の穴あき版を気の利いたお店では出してくれます。日本でも男子大学生を対象に、ラーメンを食べる際に穴あきスプーンを使用することが塩分摂取量に与える影響を調査した研究があります。36人の参加者は、スープの摂取量、食後の満腹感、美味しさが評価され、穴あきスプーンの使用が塩分摂取量を有意に減らすことが見出されましたが、満腹感や美味しさに差はありませんでした。

ただし、この研究では厄介な人も見つかっています。器を手で持って直にスープを飲み干してしまう、スープ大好き男性にとっては、穴あきスプーンは無力だったということで、このような人はある一定数いたということです。私もその一人かもしれません。反省です。

食器やカトラリーにも減塩ナッジは潜んでいる    UnsplashのGaelle Marcelが撮影

2. 食品に含まれる塩分に注意を向ける

・低塩の強調: 食品の包装やメニューに低塩分を前面に打ち出すことで、消費者の健康意識を高め、低塩分食品の選択を促します。具体的には、製品のパッケージ前面に塩分含有量や1日の摂取推奨量に対する割合を表示する方法です。このアプローチは消費者に正確な情報を提供するメリットがありますが、% Daily Valueの理解や塩分表記の統一が不十分であることから、より徹底した消費者教育が必要です。日本では「減塩」「適塩」「塩分控えめ」などの表現がよく使われます。

以前に栄養プロファイリングの記事で取り上げましたが、英国の交通信号機表示やフランスのNutri-Scoreなどの健康度を示す表示マークの採用を検討している国では、こちらの表記法に統一されるのかもしれません。

・過塩の強調: 過剰な塩分を含む製品に警告ラベルを表示することで、消費者の注意を引き、過塩を避けさせる方法です。このナッジは主に南米で採用されており、チリの過塩警告ラベルは世界の減塩公衆衛生策の中でもベストプラクティスの一つとされています。警告表示は消費者が理解しやすく、教育的要素が少ないにもかかわらず実効性があると評価されています。

3.ステルス減塩

・食品中の見えない食塩を減らす: 一般に実施されているのは、パンやパスタなど、感覚に影響しない食品の塩分を減らすことです。英国のCASH(塩と健康に関する国民会議)は、パンの製造における塩分量を業界が団結して減らすことで、結果的に国民の食塩摂取量を03年の9.5g/日から、2011年は8.6g/日まで減少させることに成功しました。これは、小麦製品の食感形成に必要なグルテンの働きに影響を与えないため、パンだけでなく、パスタやうどん業界などにも適用可能と言われています。

・減塩であることを知らせない: 減塩製品であっても、「減塩」という言葉を使わずに徐々に製品の塩分を減らす方法で、一般的にこっそり減塩と言われています。これは、「減塩」がもたらすネガティブな印象(味が落ちるなど)による購買意欲の減少を避けるためです。実際、ドイツの研究では減塩ラベルがあると、塩味が実際よりも低く感じられるという味覚の心理的な再設定が起こることが示されています。

減塩ナッジは減塩したことを知らせるナッジと知らせないナッジがある。  UnsplashのCharles Chenが撮影

4. 塩調味料の配置変更

・食卓やレストランで塩やしょうゆなどの調味料を手の届きにくい場所に置くことで、その使用量を自然に減らすことができます。英国では、塩を追加するための行動障壁を設ける形で、卓上から塩入れを撤廃するなどの措置がとられています。このような取り組みは、アジアの屋台でも同様に効果を発揮し、食事中の食塩使用量を減らすことに貢献すると考えられます。

5.  塩代替品の提供

ハーブやスパイス、食酢やうま味を含む食材を使った味付け方法を提案することで、食品の風味を損なわずに塩分摂取を減らす代替案を提供します。この取り組みは、別の記事でも詳しく紹介したいと思いますが、大手食品企業が特に力を入れている分野の一つであり、消費者に対して塩分の代わりになる様々な選択肢を提供しています。

塩代替の開発は大手食品企業の関心を集めている          UnsplashのNikoli Afinaが撮影

6.  ポーションコントロール

食事の量を制御することは、外食や加工食品の選択において塩分摂取を抑える非常にシンプルで効果的な方法です。小さなポーションサイズを選ぶことで、無意識のうちに塩分の摂取量を減らすことができます。このアプローチは、食べ過ぎが塩分の過剰摂取につながることを防ぎます。日本でよくある推奨法は、味噌汁などには野菜のグザイをなるべく多くいれて、スープの量を減らすことです。飲食店や食品メーカーが積極的に小サイズを提供することが鍵となります。

8.  塩分摂取の可視化

塩分摂取量を可視化するツールやアプリを利用することで、一日の塩分摂取量を把握しやすくします。消費者が自分の塩分摂取量を正確に知ることで、減塩への意識が高まります。私たちはどのくらい塩を摂取しているか答えることができる人はほとんどいません。塩はあらゆる食品に潜んでいます。特に塩は、うどんやパスタ、パンといった穀物食に隠れて共存しており、私たちは味覚だけを頼りに塩摂取を調節することはできません。近年、尿中のナトリウム/カリウム比を測定できる簡易測定法が発展していますので、おそらく、近いうちにお家で血圧と同じように塩分摂取量について知ることができるようになるはずです。

9.  減塩レシピの提供

家庭での調理において、美味しく減塩できるレシピをインターネットや料理本などで提供します。ハーブやスパイスを使ったレシピや、塩分を感じさせるうま味成分を活用した料理法など、具体的な方法を紹介することが有効です。ぜひ、味の素グループのレシピサイトを見てみてください。減塩してもおいしさを損なわない秘訣が満載です。

10.  社会的認知の変化

これが最も重要です。塩分過剰が原因となる疾患は主として高血圧や脳・心疾患などの循環器病疾患で、見た目ではわかりません。一方、カロリー過剰に起因する肥満は体系変化という美的な見た目にあらわれます。そのため、減塩は減カロリーより行動を起こすモチベーションが得にくいことが指摘されています。メディアや教育を通じて、社会全体の塩分に対する認知を変え、減塩することがカッコいいなどといった常識を変えるなど、低塩分食の普及を目指すことが重要です。有名人や専門家による減塩の推進も効果的です。また、減塩製品を経済的に魅力的にするための価格政策を導入します。例えば、減塩製品の価格を低く設定する、健康に良い選択肢に対して補助金を提供するなど大胆な政策介入も重要です。

これらの行動ナッジング戦略は、人々が塩分を過剰に摂取することの健康リスクに気づき、減塩を促進するための効果的な方法として提案されています。減塩のための行動ナッジング手法は、個人の健康習慣を改善するだけでなく、公衆衛生の観点からも重要な役割を果たしています。これらの戦略を実施することにより、無理なく塩分摂取量を減らし、長期的な健康増進につなげることができるでしょう。

社会的認知なくしては減塩の達成は難しい     Unsplashのmostafa merajiが撮影

感覚ナッジ 9

減塩のための感覚的ナッジは、人々の感覚を刺激して塩分摂取量を無意識のうちに減らすことを目的とした方法です。以下に、9つの感覚的ナッジの例を紹介します。学術的に興味のある方はチャールズスペンス氏のこちらの論文をお読みください。

1.  ビジョンナッジ:視覚の利用

• 食品の色: 色彩は食品の塩味の知覚に影響を与えることが示されています。色は、特に塩味に関連する感覚的情報として機能し、塩味の期待を形成するのに役立ちます。例えば、昔の研究では、チキンストックやブロスにオレンジブラウン色を加えること、または醤油の色の濃さを変えることで、塩味の期待が変化することがわかっていました。このアプローチの課題は、甘い食品と比べて、塩辛い食品がさまざまな色で提供されるという複雑さです。しかし、上記のオレンジブラウンや茶色は特定の塩味文脈では確かに効果があり、最近の研究では、多くの文脈で、白色や青い色が塩味感を強めることが確認されているようです。

• 食器の色:食品だけでなく、食器の色も減塩を誘導できます。明るい色や特定の色の食器を使用することで、食品の味わいの知覚に影響を与え、塩分の少ない食事でも満足度を高めることが知られています。日本食はなぜ健康的でおいしいのか?それは食器の美しさだと言われる所以はそこにあるのかも知れません。

•    食品の盛り付け:食品を盛り付ける方法や形状を変えることで、塩味の満足度を高めることができます。例えば、食品を縦長に盛り付けることで、味の強さを強調する効果があるとされています。

塩味の記憶を呼び起こす食品の色彩で塩味感を増強できることもわかっている。  UnsplashのGoodEats YQRが撮影

2.  アロマナッジ:香りの利用

塩分を減らしつつも味を維持するためには、特定の香りを目指すアプローチが有望です。食品と共存すると見なされる香り、例えば醤油や乾燥ハムの香りは、それらが塩味と関連しているため、塩味の食品にこれらの香りを加えることで知覚される塩味が強化されることが示されています。この現象は臭気誘発味の強化(Olfactory-Induced Taste Enhancement, OITE)として知られており、特定の塩味のある香りを加えることで食品の塩味の知覚を高めることができます。しかし、異なる塩味の香りを組み合わせて効果を高めることができるかどうかはまだ明らかではありません。

この味と香りのナッジの組み合わせにより、塩分摂取量を減らすだけでなく、塩味の満足度を維持することも可能です。色彩ナッジは食品の視覚的提示を通じて塩味の期待を形成し、アロマナッジは食品の香りを利用して塩味の知覚を強化します。これらのアプローチは低塩食品の許容可能な味と風味プロファイルを維持するための有望な感覚的手法として認識されています。

塩味記憶を呼び起こす香りも有効な減塩感覚ナッジである。    UnsplashのBattlecreek Coffee Roastersが撮影

3.  ソニックナッジ:音の利用

ソニックナッジは食品の塩味知覚に影響を与える音の特性を利用するアプローチです。バックグラウンドノイズが塩味(および甘さ)の認識を抑制する一方で、塩辛い味に関連する特定の食品消費音(例えば、ポテトチップスを騒々しく食べる音)は知覚される塩味を増加させることが示されています。これにより、音を利用して食品や飲料の知覚される塩味を調節する新しい可能性が開かれます。

音楽やサウンドスケープに特定のソニック特性を持たせることで対応する味の特性を強調できる「ソニック調味料」の概念があります。具体的には、高音は知覚される甘さの強さに影響を与え、低音は苦味の知覚に影響を与える可能性があります。音楽のテンポは、人々が食べる速さや消費する量、そして食べ物を噛む速さに影響を与える可能性があります。デンマークで実施された大規模なオンライン調査では、塩分濃度は、減衰時間が長く、聴覚粗さが高く、リズムが規則的な「塩辛い」サウンドトラックを作ることに成功しています。

スウェーデンの研究者たちは、この「塩辛い」サウンドトラックが消費者のパンの好みと、パンを食べたときに感じる塩分のバランスに影響を与えることを報告しています。このような研究成果は、食品の味わいに対する音の影響を明確に示しており、塩分摂取を減らす戦略として音の利用が有効であることを示唆しています。

ソニックナッジを利用することによって、消費者は食品の塩味をより強く感じることができるため、実際の塩分の使用量を減らしても食品の満足度を保つことが可能になります。このアプローチは、レストランや家庭での食事、さらには食品製造業者にとっても、塩分過剰摂取のリスクを減らすための有効な手段となり得ます。

食品が出す様々な音も減塩のための感覚ナッジに利用できる     UnsplashのKelly Sikkemaが撮影

4.  テクスチャーナッジ:食感の利用

食感ナッジは、食品の物理化学的構造を調整し、塩分の知覚を変化させるアプローチです。例えば、ラザニアのような層状の加工食品で塩を非対称に分配することにより、塩の総量を減らしつつ、知覚される風味を維持することが可能であることが示されています。この方法は、味覚受容体が密集している口腔の特定部位をターゲットにすることで、より効果的な塩味の配信を可能にします。また、溶液の粘度が知覚される塩味や甘さに影響を及ぼし、サービングボウルの粗い表面テクスチャがポテトチップスの知覚される塩味を高めることも実証されています。

これらの音と食感のナッジは、食品の塩味知覚に影響を与える革新的な方法を提供します。ソニックナッジは音の特性を、食感ナッジは食品の物理化学的構造をそれぞれ調整することで、消費者が食品から受ける塩味の知覚を微調整し、塩分摂取量を減らすことを目指しています。これらのアプローチは、塩味の満足度を維持しながら塩分摂取量を管理するための有望な手段として注目されています。

5.  温度ナッジ

食品や飲料の温度を調整することで、味覚の知覚を変えることが可能です。甘味やうま味は体温付近の30~35度で最も強く感じられ、体温から離れるほど弱くなります。アイスクリームを甘く感じさせるためには、常温よりも多くの砂糖を使用する必要があります。一方で、苦味や塩味はその逆で、冷たい食品では塩味が強く感じられる傾向があります。適度に冷たい料理を提供することで、塩分を少なくしても満足感を得やすくなります。

テクスチャーや温度感覚など、味覚以外の感覚を操作して減塩につなげることもできる   Unsplashのbady abbasが撮影

6.  時間ナッジ(食事のペーシング)

食べるペースを遅らせることで、食事中の味覚の感度を高め、より少ない量で満足感を得られるようになります。箸の使用や、小さなスプーンの提供、サービング間隔の長さなどを調整することで、食事をゆっくり楽しむことができ、結果として無意識のうちに塩分摂取量を減らすことができます。バイキングスタイルの食事も、食事のペーシングのナッジを活用する良い機会です。

7.  体験ナッジ(過去の食事体験)

食事体験にポジティブな感情を結びつけることで、味わいへの満足度を高め、おいしさを追求することへのこだわりを減らすことができます。幸せや満足感を感じる環境を作ることにより、食品への満足度への依存を低減させることが可能です。これは塩味食品にも当てはまります。食事体験が豊かであればあるほど、食品そのものへの塩味への依存を減らすことができます。

8.  物語ナッジ(ストーリーテリング)

食品や料理にストーリーや背景を加えることで、食事体験を豊かにし、味わいに対する期待値を変化させます。料理の由来や使用されているハーブの特性について説明することで、塩分が少ない料理であっても満足度を高めることが可能です。レストランでシェフやサービススタッフが行う気の利いた説明は、感覚ナッジの一環として、効果的な減塩ナッジと言えます。

食体験を操作することで減塩につなげていく       UnsplashのSyed Ahmadが撮影

9. 空間ナッジ(食事空間のムード)

食事空間の総合的なムードの演出は、食事体験に大きな影響を与えます。食事をする環境の照明や音楽を調整することにより、食品の味覚知覚に影響を与え、減塩への無意識のサポートを提供することがあります。柔らかい照明や落ち着いた音楽は、食事の満足度を高め、塩味への依存を減らす効果があります。ヘストン・ブルメンタールが経営するレストラン「Dinner by Heston Blumenthal」は、このようなムード演出で世界的に有名です。

これらの感覚的ナッジは、減塩を目指す上で革新的かつ効果的なアプローチを提供します。塩分摂取の減少は健康にとって重要であり、これらの方法は、消費者が塩分を意識的に管理し、健康的な食生活を送るためのサポートを提供することができます。食文化や習慣の変化を促すことで、より健康的な社会の実現に貢献することが期待されます。

今回は減塩に向けたナッジについて紹介しました。ぜひスーパーやレストラン、そしてパッケージ製品のどこにナッジが潜んでいそうか注意を向けてみてください。

注意して観察すると、スーパーマーケットは企業のナッジノウハウの詰まったの展示会に見えてきます。  UnsplashのHanson Luが撮影

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