「恐れ」に打ち勝つには

2023年4月4日
全体に公開

このシリーズではこれまで、あなたを突き動かすエンジンとなる天性の才能目的意識について説明してきました。しかし、パフォーマンスを最大限に高めるには、あなたの動きを抑制する力についても理解する必要があります。

そこで、この記事ではイノベーションを邪魔する摩擦や抵抗の原因について明らかにしたいと思います。ただし、この記事を読むにあたって、まずは自分のエネルギーを最高の状態にしなければ、他の話は何の意味もないということを心に留めておいてください。

ごく簡単に言うと、人は良いエネルギーのときと、悪いエネルギーのときがあります。良いエネルギーは、自分の天性の才能を自覚し、目的意識をもち、オープンにコミュニケーションをとり、全員が同じゴールに向かうよう努力しているときに生まれてきます。

このすべてが、スタートアップが感動的な顧客体験を素早く開発し市場に届けるための「信頼」の基礎となります。このような「心の状態/あり方」になるには、あなたの頭、心、感性の知恵を結集し、知能指数(IQ)と心の知能指数(EQ)を最大限に活用する必要があります。

良いエネルギーの状態でなくなるときは、たいてい頭で判断しているときです。特に苦手な状況や理解できないことに直面しているときにそうなりがちです。

しかも、頭で判断しているといっても、脳の最も古く原始的な器官である扁桃体の反応に支配されているときです。扁桃体は我々の祖先である爬虫類にまで遡り、すべての動物がもっている器官です。小さなナッツくらいの大きさしかない扁桃体は、数十億年前に進化し、現在もあまり変わっていません。その役割はただひとつ、自分の命を守ることです。それも不安や恐怖を感じることで身を守るのです。

進化の過程で、わたしたちは「脅威」に対して、逃げるか戦うかの2つの反応をするようになりました。一般的に「闘争・逃走反応」として知られているこの反応は、野生動物にもよく見られます。扁桃体は現代社会で生活する上ではあまり関係のないものになってきていますが、今でも脳の中で非常に活発な部位です。

扁桃体にとってはすべてが脅威に映るため、扁桃体に支配されてしまうと、人生で最もワクワクする機会から自分を遠ざけてしまうことにもつながります。

「恐れ」は創造性を殺します。バルネラビリティ(弱さを見せる勇気)や正直さも殺します。だから、イノベーターにとって最大のチャレンジは「恐怖に打ち勝つこと」なのです。なぜならばイノベーターの世界では、あらゆることが早く動き、大きな驚きや恐怖を感じることが多いからです。

シリコンバレー銀行(SVB)の突然の破綻のように、専門家にすら次の週に何が起きるのかが予測不能です。この脅威に溢れた世界では、反射的に感情を「コントロール」しようとします。つまり、感情を隠したり押し殺したりしようとしてしまいます。しかし、このシリーズでも紹介してきた通り、自己認識力やバルネラビリティが重要であり、感情をコントロールしようとすることは最悪な戦略であることが明らかです。

実際に、恐れ、怒り、悲しみといった不快な感情がときおり沸き上がることがあるでしょう。そのときにはぜひその感情を認識し、それを受け入れてください。そしてその感情を深く味わってください。鍛錬を重ねれば、その感情を全身で感じ、体から出す方法を身に付けることができます。

仏教の僧侶であり、多くの著書をもつティク・ナット・ハンは『怖れ 心の嵐を乗り越える方法(Fear: Essential Wisdom for Getting Through the Storm)』(2022年、徳間書店)の中で、恐怖を克服するためのいくつかの方法を紹介しています。まずは恐怖を感じていることを認め、体全体で受け入れ、呼吸を通じて感じます。そして、恐怖の感覚が薄れ、消えるまでそれを繰り返すのです。

最高のイノベーターになるには、過去の工業社会の人々とは異なる思考をしなければなりません。その思考は、深い自己認識、揺るぎない価値観、深い信頼に基づくつながり、変化に向き合う柔軟性から生まれるものです。今は、工業社会のような秩序のある予測可能な世界ではないのです。だからこそ、新しいあり方、つまり行動を重視するあり方が重要です。その行動は感情から生まれてくるものです。

あなたのエンジンとなる天性の才能や目的意識は、人生を豊かにするさまざまな感情を呼び起こしますー驚き、創造性、喜び、興奮、幸福感。

しかし、すべての感情が同じ川を流れていることを念頭に置いてください。恐れ、怒り、悲しみを押さえつけたり、せき止めたりすると、心からの喜びや興奮も感じることができなくなってしまいます。

工業社会では、「一切何も感じない」ことが求められていました。決められた時間で、一定の品質の仕事をこなし、次の日はそれよりももう少しうまくやるように教えられました。

もしもあなたが真のイノベーターであるのなら、すべての瞬間、時間、毎日「感じること」を選択する人生になります。終わりなき実験の世界に入るので、何ごとも不思議に思い、無限の可能性を受け入れ、最終的には楽しむことを学ばなければなりません。

実験には驚きがつきものですが、その多くは残念な結果になるので、何かを「感じること」以外にできることが無いのです。イノベーションの世界で最も多くの人が感じるのは「恐れ」です。しかし、いったんイノベーションの法則や行動のあり方を理解してしまえば、何も恐れることはなくなるのです。

NeuroLeadership Instituteの共同設立者であるデイビッド・ロックは扁桃体がいかにして恐れを引き起こすかを示すフレームワークを開発しました。彼は、人類は種の保存のために安全と生き残りのための5つの要因を10万年前に進化させたと言っています。

この5つの要因は、現代の発展した世界では、人々の脆弱なエゴを脅かす以外にはほとんど意味をなさないのですが、扁桃体の形も機能もバージョンアップされていないので、今でもすべての瞬間にわたしたちの恐れを引き起こす役割を果たしています。

このフレームワークは、5つの要因「Status(ステータス)」「Certainty(確実性)」「Autonomy(自律性)」「Relatedness(つながり)」「Fairness(公平性)」の頭文字をとってSCARFモデルと呼ばれています。

原始時代の世界では、この5つの要因のいずれかが脅かされると、生き残りの可能性が減ってしまいました。この5つの要因にはすべての人が反応しますが、人それぞれパターンや重みが異なります。自分のSCARFの特徴については、オンラインでテストを受けることができます。

自分のSCARFのパターンを知ることで、他の人との合意形成や関係づくりに役立てることができます。例えば、あなたが「公平性」を他の要因にくらべて重視していることがわかれば、あなたと仕事する人は、意識してより良い契約を結んだり、報酬や取り分についてのコミュニケーションをより明確に行うようになるでしょう。「自律性」を重視する人には実験を許容し、自分で決める裁量を与えることが重要になります。

わたしは「確実性」を重視するので、同僚、友人、家族には良いことも悪いこともできるだけ何でも共有してもらえるように、はっきりと求めるようにしています。「知らない」ということは、わたしにとっては生き地獄なのです。

前に進もうとするあなたのエンジンの力を弱めるのは、恐れ(もしくは怒りや悲しみ)そのものではありません。そのような感情を認める感性が欠落すること、その感情を健全な方法で自分の体全体で受け入れられなくなることで、不思議に思ったり驚いたりする感性を失ってしまうこと、その「感情の欠落」こそが足かせとなってしまうのです。

(監訳:中村幸一郎(Sozo Ventures)、翻訳:長沢恵美)
(写真クレジット:Unsplash / Brett Jordan)

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