学習を加速させることによって生き残る

2023年8月11日
全体に公開

2023年7月25日、Sozoベンチャーズはスタンフォード大学で、科学技術振興機構(JST)とセミナーを共催しました。その目的は、テクノロジーの事業化、特に国が投資している基礎研究の事業化に関するベストプラクティスを明らかにすることでした。

先週の記事でもお伝えしましたが、Sozoベンチャーズの役割は、科学者、ベンチャー投資家、優れたアクセラレーターや育成の仕組みを構築した人、起業を研究している研究者など、この分野で最も優れた専門家を集めることでした。また、Sozoベンチャーズのメンバーが終日ファシリテーションを行い、各発表の議題や論点の整理を行いました。

わたしたちはイベントの直後に、参加した政府関係者からたくさんのポジティブなフィードバックをもらいました。そして多くの人が、当日の議題や専門家たちの話の内容への驚きを口にしていました。

VC業界にあまり触れてこなかった優秀な人に多いのですが、JSTや官僚の方々は、新しいテクノロジーによって導かれる未来、例えばAIによって人々の働き方がどう変わるのか、ゲノムが医療にどう影響を及ぼすのかといったことについての議論が行われるものと想像していたようです。また、スタートアップにどう適切な資金提供をするのかといった議論が行われることも期待していました。しかし、そのようなテーマはこのイベントの主要なトピックではありませんでした。

私たちのセッションでは画期的なイノベーションを起こすために必須の基本的な要件を短時間で学ぶことを目指しました。中でも人的資本や重要な成功要因を中心に議論しました。

その重要な成功要因とは、「今どれだけ速く学び、これからさらに速く学ぶにはどうすれば良いか?」ということです。

わたしたちが招待した専門家は、知的財産の事業化を行う科学者、そうした事業アイデアに投資しているベンチャー投資家、起業家を育成するプラットフォームのリーダーのいずれであっても、この点を主要なテーマとして話しました。

イノベーションの世界では、いかに学びを加速させることができるかがすべてです。その理由はシンプルなものです。NewsPicksのこれまでの記事でも説明してきた通り、Sozoベンチャーズが重視しているマインドセットは「投資の仕方が正しければ、起業家は100%の時間を未来を生み出すことに費やせるはずだ」というものです。これこそがわたしたちのすべきことなのです。

優れた起業家は、世界のあらゆる潮流に目を向け、そこから未来像を描き、その未来をつくり出そうとします。彼らが資金調達のために様々な企業で行うプレゼンテーションは、実は未来について、また彼らの事業アイデアがその未来の中でいかに大きな影響を与えるのかについて、わたしたちに教えてくれている授業のようなものです。だから、わたしたち投資家は、いつでも学ぼうとする姿勢をもつことが重要です。イノベーションのエコシステムの中にいるすべての人にとって、この学ぶ姿勢は大切なものです。

今回のイベントの最初の登壇者は、ストックホルムが本拠地のCreandumのステファン・ホルゲソン氏です。彼の話の主なテーマは加速学習の価値についてでした。彼はSpotifyの創業者のダニエル・エク氏の話をしました。エク氏は、ソニーのウォークマンが世界的に成功したことから、持ち運び可能な音楽が人々にとっていかに魅力的であるかを認識しました。ただし、ウォークマンで聴ける音楽は持ち運べるカセットの数に限られていました。

エク氏はまた、パソコン上ではびこっていたLimeLightやNapsterといった違法なファイル共有アプリの状況を見て、手元でストリーミング可能な音楽に対するニーズもあると考えました。また、自動車送迎サービス、読書、メッセージのやり取りといった人々の行動が、どんどんスマホに移行していることにも気づいていました。そして、彼は音楽レーベルが競争相手ではなく、最も強力なパートナーにならない限り、Spotifyの成功がありえないことも理解していました。そのため、彼は自分の描くビジョンがいかに魅力的なものかを音楽業界の人々に伝え、彼のビジネスの実現につなげる方法を考えなければなりませんでした。

デイリーテレグラフ紙の記事によると「Spotifyのアイデアは、物議を醸したファイル共有ネットワークのNapstarが機能しなくなり、それに続く音楽ダウンロードサービス、Kazaaが台頭してきたときにエクの頭に浮かびました。彼が言うには『海賊版の横行を法律で取り締まることは難しいことに気づきました。法律で取り締まることは確かに海賊版を減らすことへの一助になりますが、それでも完全に取り除くことはできません。問題を解決するための唯一の方法は、海賊版よりも優れていて、同時に音楽業界の収益にもつながるサービスを生み出すことでした。それがSpotifyになったのです』」ということです。

ここでの学びは、エク氏が常に学び続けていたということです。彼は何百もの似たようなアイデアが出てくる中で重要な成功要因を理解しようとしました。彼は今も毎日のように学び続け、進化する顧客のニーズや潜在的なパートナーへの理解を深めるために常に世界の動向を調査し続けています。このような動向を捉える中で、彼は最終的にRolling Stone(訳注:アメリカの音楽や大衆文化を伝える雑誌)、Facebook、CrowdAlbum、Starbucksといった多様な企業とのパートナー関係を結びました。

ファンドであるCreandumもシード段階から投資していましたが、常に学び続けなければなりませんでした。Spotifyは今やよく知られていますが、淘汰されたCrowdmix、Grooveshark、Rdioといった音楽ストリーミングのサービスがあったことを覚えている人は少ないでしょう。これらのサービスには、ダニエル・エク氏の学習スピードに追いつくような謙虚さ、好奇心、学ぶ力が欠けていたのです。

エク氏とパートナーになった大きな音楽レーベルは、素早く学ぶ貪欲な経営者がおり、Spotifyが与えてくれる機会を理解することができました。だからこそ提携関係を結んだのです。初期の頃は、ほとんどのアーティストや音楽レーベルがSpotifyに対して非常に脅威を感じていました。これは工業社会のマインドセットをもっている人にはありがちな反応です。

Universal Musicはエク氏が提案する未来の可能性に目をつけ、2008年にいち早くパートナーとなりました。その際、先発企業としての優位性を得ると同時に、Spotifyの株の3.3%を保有することができました。提携している期間中、他のレーベルが苦境に立たされて解散する中、Universal Musicは収益をほぼ3倍に伸ばすことができました。

Spotifyの初期の従業員も、賢く速く学ぶ力が十分にあったからこそ、GroovesharkやRdioに飛びつくのではなく、エク氏と働くことを選択したのです。エコシステムの中で勝ち続ける人は、いつでもできる限り速く学び続けているのです。

わたしたちVCも同じように学び続けることが求められますが、それがさらに何倍にもなります。わたしたちは日常的に幅広い業界(金融、保険、エネルギー、食品の安全、医療、合成生物学、その他多数の業界)の変化について、最新情報を把握し続けなければならないのです。わたしたちは毎日、様々な業界でSpotifyのようになりうる企業と会っており、それぞれのテクノロジーや動向に精通していなければなりません。彼らがアイデアを教えに来てくれるときは、わたしたちが彼らのビジョンを「理解」できるために意欲的で有能な学び手にならなくてはいけないのです。永遠に学び手であるというマインドセットが必要なのです。

JSTとのスタンフォード大学でのセミナーの後半では、事業の成長を促進するプラットフォームや起業について研究する研究者を世界中から呼びました。次回の記事では、スタートアップが学習する文化を構築できるように支援するために、彼らが用いている最先端の方法論や学習成果を測定する方法について掘り下げていきたいと思います。

(監訳:中村幸一郎(Sozo Ventures)、翻訳:長沢恵美)  

応援ありがとうございます!
いいねして著者を応援してみませんか



このトピックスについて
樋口 真章さん、他1099人がフォローしています