日本は再び半導体産業のリーダーとしての地位を確立できるのか?

2024年5月7日
全体に公開

経済産業省は2024年4月24日、「第22回 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会」において、経済産業政策新機軸部会 第3次中間整理(案)を公表しました。

本中間整理では、理想を示すビジョンというよりは、新機軸の政策の延長線上で、十分に実現可能な、一つのシナリオを、官民で共有することを目的としています。

この中から、半導体・計算資源について焦点をあてて解説したいと思います。

近年、デジタルトランスフォーメーション(DX)とグリーントランスフォーメーション(GX)の推進により、半導体や計算資源の需要は世界規模で増大し続けています。

この背景には、エネルギー効率の向上、電気自動車の普及、AI技術の進化などがあります。経済安全保障の観点からも、半導体サプライチェーンの強靱化と技術的優位性の確保が重要な課題となっています。

世界全体の需要構造の変化

半導体は、(短期的にはシリコンサイクルの影響で需要が変動するものの)DX、GXの影響を受け、中長期トレンドとしては需要が伸び続けています。

生成AIは、経済社会システムのあらゆる分野において利活用が急速に進み、クラウドと同様に重要な社会インフラの一つを形成しています。これに伴い、生成AIの開発や利活用に不可欠な計算資源とデータ整備の重要性はさらに高まり、需要が拡大しています。

DXに関連して、現在半導体が組み込まれていない製品にも半導体が組み込まれていくとともに、現在半導体が組み込まれている製品でも、その個数や性能が増大しています。

さらには、そうしたエッジ端末から送られてきたデータを処理するクラウド側でも、情報処理量が爆発的に増大しています。大量かつ高速な情報処理を行うデジタル基盤として半導体・計算資源の需要が拡大するとともに、量子などの新たな手法を用いた計算資源の技術革新も進展しています。

GXを背景として、電気自動車などのグリーン関連製品の制御に必要な半導体需要が増加しています。加えて、DX・AIの進展で増加する電力需要を抑えるため、エネルギー効率を改善させる半導体の性能向上が求められ、高付加価値な製品の需要が増加しています。

特に、汎用品ではなく、電力消費効率の高い、ユーザーや用途ごとに特化して設計された専用半導体(ASIC:エーシック)に対するニーズが高まっています。

世界全体の供給構造の変化

半導体は、2040年頃においても脅威・リスクに対する経済安全保障上の対応が必要となるところ、経済安全保障の観点から、自国内で供給体制を構築するか、有志国・地域間での連携により、供給体制の自立性を確保しています。

AIなどに必要な先端ロジック半導体については、研究開発及び製造に係る設備投資額が巨額にのぼるため、世界市場を固定された数社が寡占している状況です。

ASICの設計についても、設計開発に必要な金額が増大し、資金力や技術力のある限られたユーザーが担っています。

データ記憶に使う先端メモリ半導体は、継続的な設備投資と研究開発により、大容量化や低消費電力化を実現できる企業が競争力を得ています。

一方で、前工程においては、ムーアの法則に則った微細化や積層化が限界に達し、後工程の重要性が高まっています。

特に、同一チップ上に異なる機能を持つ半導体を集約し、効率的に連動させる先端パッケージ技術が不可欠となっています。高度な素材や実装技術の開発を行う企業が付加価値を獲得しています。

同時に、光電融合技術やメモリセントリックなど、革新的な技術が実装されています。

電力の変換などを担うパワー半導体等産業用スペシャリティ半導体では、酸化ガリウムやダイヤモンドなど新たな高機能素材を用いたハイエンド品において、研究開発力が市場シェアを握っています。

低価格や汎用的なローエンド品については、中国やグローバルサウスが市場シェアを伸長させる一方で、用途に応じて市場セグメントが細分化され、多数のニッチ企業が存在しています。

半導体製造装置や部素材は、半導体そのものの市場成長に伴って市場が大きく成長しています。加えて、上記の半導体市場の変化やPFAS規制などの国際環境の変化に合わせて、プレーヤーも変化しています。

計算資源は、生成AIなどのイノベーションツールが、幅広く経済社会で利活用されることなどにより、大量かつ高速な情報処理を行うデジタル基盤の需要が拡大しています。

これに伴い、AI用の計算資源(開発用、推論用)を中心に、国内での整備や、省電力化・高効率化を見据えた計算資源の研究開発も拡大しています。

日本の事業構造の変化

1980年代に世界シェア1位を誇った日本の半導体産業は、その後大きくシェアを落とし、特に先端ロジック半導体については、TSMCやJASMの熊本への進出までは、その生産基盤が国内に存在していませんでした。

このため、半導体産業の復活及び経済安全保障の観点からのサプライチェーン強靱化に向けて、大胆かつ迅速な設備投資や研究開発投資に対する支援策を実施しており、今後も投資を促進することができれば、半導体生産の世界シェアを15%以上確保することができる可能性があります。

半導体のサプライチェーンを一国のみでまかなうことはきわめて困難であることから、半導体の安定供給確保等に向けて、有志国・地域との連携を図ることが重要となっています。

生成AIについては、生産性向上や人手不足の解消など様々な社会課題の解決や社会の発展に向けたキーテクノロジーとして、経済社会システムの様々な業種・分野で、その利活用が進むとともに、クラウドと同様に重要な社会インフラの一つとして捉えられることになります。

このため、生成AIの国内開発力強化や利活用促進に向けて、これまでにないスピード感で設備投資や研究開発投資、開発環境整備等に対する支援策を実施しており、今後も投資を促進することができれば、国内発のAI モデルのシェアが拡大していくとともに、社会インフラの安定供給を確保することができるでしょう。

製品供給体制

日本は、破壊的技術革新が進む分野や技術的に優位な分野の研究開発を進めるとともに、有志国・地域との協業によりコア技術の流出を防ぐことで、その他の国・地域に対する技術優位性を継続的に確保し、高付加価値製品を海外に輸出しています。

経済安全保障の観点からは、サプライチェーン上のミッシングピースを埋めるべく、国内生産拠点の整備を行いつつ、特定の国・地域への過剰依存構造を防止・是正しています。

先端ロジック半導体は、ノード別にそれぞれ国内で一定の生産能力を確保しています。特に、持続的なファイナンスや政府によるガバナンス・技術流出防止措置を講じることを前提に、次世代半導体(2nm、Beyond2nm)の国内での量産化により、世界市場の中で一定のシェアを確保しています。また、国内ユーザー企業などにおいて、ASICの設計開発が進み、国内における設計とファウンドリの好循環が成立しています。

先端メモリ半導体は、NANDやDRAMともに、研究開発と設備投資を継続し、高速・小型・省電力な製品で一定のシェアを確保しています。さらに、先端ロジック半導体に必須となる混載メモリ技術や、スピントロ二クスなどの技術開発が進み、実用化し、量産化に至っています。

また、光電融合技術やメモリセントリックなど、ゲームチェンジングな革新的技術の開発が進み、実用化し、量産化に至っています。

先端パッケージ技術は、光チップレットやアナデジ混載SoC(システムオンチップ)の技術開発が進み、実用化に至っています。また、これら技術を活用した国内生産拠点の整備が進んでいます。

産業用スペシャリティ半導体のうち、パワー半導体については、酸化ガリウムやダイヤモンドなどの新たな高機能素材を用いたハイエンド品の技術開発が進み、実用化に至っています。加えて、こうした新たな技術も軸としつつ、日本企業が1社当たりのシェアを高めています。その他のローエンドなパワー半導体やマイコンについては、特定の国・地域への過剰依存構造を防止・是正しています。

アナログ半導体については、用途に応じて細分化された市場セグメントにおいて、ニッチ戦略を採用しており、複数のグローバルニッチトップ企業が存在しています。

半導体製造装置や部品素材は、破壊的技術革新が進む分野や技術的に優位な分野の研究開発を進めるとともに、有志国・地域との協業によりコア技術の流出を防ぐことで、その他の国・地域に対する技術優位性を継続的に確保し、高付加価値製品を海外に輸出しています。

生成AIモデルについては、モデルの研究開発を進めるとともに、開発や利活用に不可欠な計算資源やデータの整備を進めています。これにより、国内発のモデルが様々な業種や分野で活用されることが期待されています。また、AIの利活用が進むことによって、更なる計算資源の高度化(高効率化・省電力化)に向けた研究開発が行われており、利活用側と計算資源の供給側でのエコシステムが構築されています。

供給体制の制約要因

人口減少社会において、大規模な半導体投資プロジェクトを進めるに当たって、上下水道や道路などのインフラ整備が課題となっています。そのため、地方自治体との連携を図りながら整備を進める必要があります。

半導体人材の不足も課題です。製造現場における人材については、地域の特性に合わせた地域単位での産学官連携により、人材の確保を図っています。また、次世代半導体の設計や研究開発などを担う高度人材についても、海外の知見を取り入れながら育成を図っています。さらに、ソフトウェア人材の不足も課題となっており、日本においてもデジタル人材育成に積極的に取り組んでいます。

今後の展望

半導体産業は、DXとGXの進展に伴い、世界的な需要増加が見込まれます。これに対応するため、日本を含む各国はサプライチェーンの強靱化や技術革新に向けた投資を進めています。

特に日本は、先端技術の国内生産能力の確保と人材育成により、再び半導体産業のリーダーとしての地位を確立しようと取組の強化を進めています。

今後の大きな動きの一つとしては、国策としてのラピダスの動きです。

これからの数年間が、グローバルな半導体市場において、日本は再び半導体産業のリーダーとしての地位を確立できるのか、非常に重要な時期になるでしょう。

応援ありがとうございます!
いいねして著者を応援してみませんか



このトピックスについて
樋口 真章さん、他1650人がフォローしています