番外編―② 「豊洲市場に学ぶ、上場の意義と非上場化の流れ」

2023年11月25日
全体に公開

最近は上場企業が非上場化するケースが増えているので、本日はこれに関して考察をしてみたいと思います(※ここでは株式会社を前提に考えていきます)。表題の写真は私が実家の愛媛で釣り上げたアジなのですが、この写真の伏線回収は後ほど♪

なぜ上場するのか?

当たり前の話ですが、非上場を語るにはまず上場する意味を理解せねばなりません。そもそも株式会社というのは、所有と経営を分離する会社形態です。小規模の株式会社の場合は創業者が100%の株を持っているケースもあり、必ずしもこの限りではないですが、事業規模が大きくなれば株式を新たに発行して第三者に買ってもらい、新たな株式の所有者が増える代わりに会社に資金が入ってくる事になります。事業の拡大に伴って資金が必要となる中で、新たな株式を買ってくれる投資家を簡単に見つける事が出来ればそれで良いですが、それは金額が大きくなるほどに困難になっていきます。そこで出てくるのが、不特定多数の投資家にアクセスが出来るように株式を取引所に上場するという選択肢なのです。

豊洲市場に魚を置いてもらう為には?

私の実家では父親が漁師をやってますので、これを魚に例えてみたいと思います(表題の写真は、私が実家に帰って釣り上げたアジです。メチャクチャ大きくないですか!?)。もし、釣った魚を買ってくれる人を自分で探すとなると、近所を一軒一軒訪ね歩き「魚を食べませんか?」と聞いて回らないといけない。それには手間もかかりますし、大した量を売ることも出来ません。もしかしたら、とろとろしている間に魚は腐ってしまうかもしれない。この状態が、株式会社(この場合は魚)が上場していない状態だと思ってください。

そこでもっと大量に魚を売りたいと思えば、どうするか? そう、豊洲市場に持っていけば良いのです!豊洲市場には魚を買いたい人が国内から来るだけでなく、外国人の観光客もやってくるでしょう。それだけたくさんの人の目に触れるのであれば、もっと高い値段で大量に売れる可能性が高まるはずです。このように、豊洲市場に魚を置いてもらっている状態が、株式会社が上場していることになります。

自分が釣った魚が沢山の人の目に触れ、「豊洲ブランド」を手に入れられるのであれば、漁師さんにとってこんな良い事はありませんよね。しかし、豊洲市場の人からしたらどうでしょうか?どこの馬の骨とも分からない漁師さんが釣った魚を置いておくと、もしかしたら魚が腐っているかもしれず、それが豊洲ブランドを傷つけてしまうかもしれない。豊洲に魚を置くからには、シッカリした漁師さんが釣った魚であることを確認するはずです。

豊洲市場では我々だけでなく、外国人の観光客も魚を買っていくでしょう。もしかしたら、とある給食業者が魚を大量に仕入れていき、それが学校の給食に使われる事もあるかもしれません。そんな豊洲市場に腐った魚が置いてあったらどうなるか?外国人の観光客は二度と豊洲に来なくなるでしょうし、給食を食べた子供たちはお腹を壊す事になるでしょう。みんな「豊洲の魚は最高!」というブランドを信じて魚を買い、そして裏切られる事になってしまうのです。そう考えると豊洲ブランドを維持していくために、漁師さんの素性や輸送方法に関して厳しい開示を求め、定期的にチェックをしていく事が必要になるのは当然ですよね。

「上場コスト」とは?

話を株式会社に戻します。東京証券取引所には世界中の投資家が株を買いに来ますし、我々が将来受け取る年金の原資は上場企業に投資されています。にもかかわらず、シッカリとした開示をせず、株価の上昇に熱意を持たない上場企業が存在しているとすると、不正問題や株価の低迷という形で我々の社会に対して悪影響を与える事になります。そうならないように、東京証券取引所は上場企業に対して厳しい内部統制や開示義務を求めている訳で、これが取引所に上場する際に必要となる「上場コスト」と言われるものです。

正直、これまでの日本ではこの「上場コスト」があまり認識されていませんでした。しかし2015年にコーポレートガバナンス・コードが制定され、ようやく「上場コスト」に対する認識が高まりつつあります。そのような環境下において、「上場コスト」に見合うメリットが無いという判断で非上場化するという動きが立て続いているのです。これは、漁師さんが「豊洲に魚を置いてもらうのは大変だから、やっぱりやめよう(泣)」と言って、また自分で近所に魚を売り歩く生活に戻るという事です。

つい先日は大正製薬HDが7000億円程度の非上場化、少し前にはベネッセが2000億円程度の非上場化を発表し、このトピックスの運営母体の親会社であるUZABASEや東芝も非上場化ました。これ自体は「上場コスト」の認識が広まった成果であり良い流れなのですが、この非上場化を詳細に見ていくと、そこにはイロイロな事情がある事が分かります。

非上場化において、「誰が」買うか?

大正製薬やベネッセの場合は経営陣が株を買い取って非上場化する形であり、MBO(Management Buy Out)と呼ばれます。これが無事に成立すると、経営陣(≒創業家)がほとんど全ての株式を保有する形になります。このように経営者がほとんど全ての株式を保有している状況を、我々は最近よく耳にしましたね。そう、あのビッグモーターです!株式会社においては経営者が絶大な権力を持つ中で、投資家が経営者に対するけん制機能を果たす事で、「権力が腐る」事を一定程度阻止できます。でも「経営者=投資家」の場合は、経営陣に対する牽制機能が全く効かない独裁体制となるのです。独裁というと悪いイメージを持つ方が多いですが、必ずしもそういう訳ではありません。もし素晴らしい経営者が独裁を行ったならば、その会社は素晴らしい成長を遂げるでしょう。しかし、ダメな経営者が独裁を始めてしまうと、もうどうにもなりません。従業員はさっさと会社に見切りをつけて、転職活動をするしかなくなってしまいます。このように、独裁体制の会社となってしまうのが経営者が買い手となるMBOなのです。

一方でUZABASEの場合は、カーライル・グループというファンドが買い手です。この形態の場合、これまでは複数の投資家の声に耳を傾ける必要があって大変だったので、「株主の数を少数に限定して、事業の再構築を加速させましょう」という事になります。これはとても合理的な選択なのですが、もし少数の株主とのソリが合わなかった場合には、逃げる場所がありませんので結構ツライ感じになります(←決して、カーライルさんがどうという訳ではありませんよ!)。このようなケースにおいては、買い手のファンドの「人となり」をしっかりと確認する事が重要ですね。そしてその後は、数年の非上場期間を経て再度取引所への上場を目指す事となります。

それ以外にも、とある企業の子会社が上場している場合に、親会社が買い手となる場合もあります。親子上場というのは日本には多いですが、米国ではほとんどありません。なぜならば、上場のメリットは享受するものの株主の言う事には耳を貸したくはない(※親会社が過半数以上の株式を持っていれば、だいたいの株主総会の決議は親会社の意のままになる)という「おいしいところ取り」は、株主の声が強い米国では許されないからです。日本では「親会社のお財布」的に子会社を上場させてきた歴史的経緯がありますが、日本でも少しずつ株主の声が強くなり、上場子会社を売却をするか完全子会社化するかによって親子上場の解消が進んでいるところです。もちろん親子上場が全てにおいて悪という訳ではなく、上場子会社が上場企業にふさわしいガバナンス体制を備えているのであれば、許容される部分もあるかとは思います。

非上場化において、「いくら」で買うか?

手法に続き、次は買取価格に関してです。昨今はPBR1倍の話題が良く聞こえてくる中、非上場化の際の買取価格がPBR1倍未満の場合をよく見かけます。これって、経営者がちゃんとした経営をしてこなかった為にPBR1倍を割れていて、そしてPBR1倍未満で株式を買い取るという訳で、株価の上昇を信じて待っていた株主からしたら踏んだり蹴ったりです。非上場化するにしても、「上場会社としての最低限の責任を果たした上で」というのが道義なのではないでしょうか。

非上場化において、「なぜ」買うか?

最後に、非上場化の裏側にある意図の話です。最近はESGの流れが強まり情報開示が強化されており、特に化石燃料を使ったビジネスを手掛けている上場企業に対する圧力が強くなっています。このような圧力をかわすために、化石燃料を手掛けている企業を非上場化するようなケースも存在するのです。化石燃料を使ったビジネスに対する株式市場からの監視が届かなくなった場合、消費者や労働者が監視をしなければならなくなる事を、我々は肝に銘じておかねばなりませんね。

以上、最近たて続いているMBOに関する考察をまとめてみましたが、上場は一つの選択肢でしかないという事をご理解頂けましたら幸いです。長文にお付き合いいただき、ありがとうございました!

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