人種差別的な職務質問という問題(レイシャル・プロファイリング)

2024年1月29日
全体に公開

本日、警察官による人種差別的な職務質問に関する訴訟が提起されました。

私も弁護団の一人ですが、なるべく客観的にその問題点や皆様から寄せられた疑問点を解説させていただきたいと思います。

外国人に職務質問してはいけないの?

私は法律に基づいて外国ルーツの人々に職務質問をすることは問題ないと思っています。例えば、強盗事件が起きて、その近くに犯人らしき特徴を有している外国ルーツの人がいた場合、職務質問をするのは当然でしょう。

問題は、法律に基づかない外国ルーツの人々への職務質問が行われているということです。

職務質問はいつでもどこでも行うことが出来るわけではありません。捜査機関が一般市民を止めてそのプライバシーに介入するわけですから、一定の要件があります。

警察官職務執行法2条1項 警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。

要するに、職務質問をするためには上記のような「不審事由」が必要です。この「不審事由」は動作や態度等が不自然かなどまわりの状況から判断して合理的に判断されます。

今回の裁判で問題とされているのは、「不審事由」がないにもかかわらず、「外国人風の見た目をしている」ということだけを理由に職務質問が行われたというものです。

「外国人」や「外国人風の見た目」というのは犯罪に関する「不審事由」ではありません。このように、警察が、人種・皮膚の色・民族的出自などを理由に個人を犯罪捜査の対象とすることは「レイシャル・プロファイリング」と呼ばれて世界中で問題視されています。

Getty Images のSteffi Loosの画像

外国人は犯罪率が高いから仕方がない?

そもそも、「外国人は犯罪率が高い」という言説は日本の犯罪統計上明らかではありません。

あるジャーナリストは、令和3年版犯罪白書(法務省法務総合研究所編)等を分析した結果として、国内の外国人と日本人の犯罪率の間に有意な差はないと報告しました。すなわち、2020年の刑法犯の検挙人数18万2582人のうち外国人は9529人でした。2020年の日本人の人口推計は1億2335万2000人で国内に滞在する・居住する外国人は633万6391人であることからすると、国内の外国人と日本人の犯罪率は0.15%で同じであるとされています。

CALL4ウェブサイト「人種差別的な職務質問をやめさせよう!訴訟|#STOPレイシャルプロファイリング」より引用

また、アメリカの研究では、特定の人種グループに焦点を当てて捜査をすることによって犯罪統計がその結果を反映して犯罪率が高くなることがあるが、これは自己成就予言(先行する思い込みがその後の思い込みや結果を生む現象)が生じているにすぎないとも言われています。

なお、仮に外国ルーツの人々の犯罪率が高かったとしても、やはりそれは「不審事由」には当たらないと思います。例えば、犯罪率が高い地域に住んでいる人であれば常に犯罪者の疑い(不審事由)があるかと言われたら、そうとは言えないのではないでしょうか。

職務質問は、あくまで異常な挙動などから怪しいと考えられる人に対して行われるべきであり、外国ルーツの人々だからといっていつでも行ってよいわけではないと思います。

Getty Images のYOSHIKAZU TSUNO の画像

本当に日本に差別的な職務質問があるの?

2021年1月、東京駅構内で「ドレッドヘアーは薬物を持つ人が多い」という理由で職務質問がなされたという動画がSNSで問題視されました。警視庁は後に全国調査を実施し、「ドレッドヘアーでおしゃれな人が薬物を持っていたことがあるから」と職務質問の理由を説明した事例について「不適切・不用意な言動があった」と発表しています。

6月にはムスリムの母子に対して警察官が不当な聴取を行った「ムスリム母子不当聴取事件」が起こり、12月にはアメリカ大使館が「レイシャル・プロファイリング事案が発生している」とツイッター(旧)で警告しました。

2022年に 東京弁護士会が行った「2021年度外国にルーツをもつ人に対する職務質問(レイシャルプロファイリング)に関するアンケート調査」(有効回収数2094件)によると、過去5年間に職務質問を受けたことがある人は62.9%にのぼり、このうち76.9%が不審事由はなかったと認識していました。

CALL4ウェブサイト「人種差別的な職務質問をやめさせよう!訴訟|#STOPレイシャルプロファイリング」より引用

更に、私たち弁護団は警察の職務質問のマニュアルにレイシャル・プロファイリングを推奨するような記載があることを発見しました。

「外国人は入管法、薬物事犯、銃刀法等 何でもあり!!」「一見して外国人と判明し、日本語を話さない者は、旅券不携帯、不法在留・不法残留、薬物所持・使用、けん銃・刀剣・ナイフ携帯等必ず何らかの不法行為があるとの固い信念を持ち、徹底的した追及、所持品検査を行う。」
愛知県警が若手警察官に配布した現場対応マニュアルから引用

以上のような具体的な事実、統計、内部資料からすれば、日本においてもレイシャル・プロファイリングが行われていることは否定できません。

やましいことがないなら職務質問くらい我慢すれば?

そのような疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが、レイシャル・プロファイリングを受ける側の見え方は全く違います。

今回の裁判で原告となった方々は「1日のうちに2回職務質問されたこともある」「100回近く職務質問を受けてきた」などと話しています。

これは、日本で生活する間はずっと警察から「不審者」扱いされているということです。警察にとってはたった1回の職務質問だとしても、彼らからすれば何十回目の職務質問であり、まるで自分が日本にいてはいけない存在のように思えて来るそうです。

なかには、中学生のころからずっと職務質問を受けてきた人もいました。生まれも育ちも日本で、国籍も日本なのに、見た目が外国人風というだけで何十回も職務質問を受けてきた人もいます。私たちの学校にいた外国ルーツの子も、同じような体験をしていたかもしれないのです。

職務質問を受ける側からすれば「我慢すればよい」というような問題ではないということが分かります。

UnsplashのNik Shuliahin が撮影した写真     

他の国ではレイシャル・プロファイリングの問題はどうなっているの?

アメリカでは、黒人男性らがニューヨーク市を相手としてレイシャル・プロファイリングが人種差別であるという訴訟を提起したところ、裁判所は人種的マイノリティの権利を侵害するものであり憲法違反であるという判決を下しました(Floyd判決)。

アメリカだけではなく、世界中で同じように差別的職務質問を違法とする判決が下されています。例えば、自由権規約委員会はスペインにおける黒人男性への職務質問事案において、レイシャル・プロファイリングが自由権規約26条に違反する不当な差別であると認めています(通報No.1493/2006)。

日本も批准している人種差別撤廃条約は人種差別の撤廃を締結国に求めており、世界中でこのレイシャル・プロファイリングはなくすべき問題とされています。

UnsplashのKyle Glennが撮影した写真     

なぜ外国人差別が生まれるのか?

人間は物事を常に頭の中でイメージしながら生きています。この処理の中では効率化のために物事を分類するカテゴリー化が行われます。このカテゴリー化にはそのカテゴリーのイメージが伴うところ、イメージに一致する出来事に注意が向いてしまいます(認知的確証効果)。このようにして、様々なカテゴリーに対するイメージ(ステレオタイプ)が出来上がっていきます。

ステレオタイプが形成されていく中では偽の情報が入り込むことによって事実無根の誤ったステレオタイプ(偏見)が形成されていくことがあります。実際には関係がないにもかかわらず関係するものと捉えてしまうことは錯誤相関と呼ばれ、2つの稀な事柄に遭遇したとき、それらの事柄同士が結びついた状態で記憶に残りやすくなることからこの錯誤相関は生じると考えられています。特に、少数派である”外国人”と、非日常的出来事である”犯罪”はともに稀で目立ちやすく、それらが同時に起こる「外国人犯罪」というものに関する錯誤相関を生じさせます。

つまり、我々は「外国人」というカテゴリーを頭の中に持ち、それには何らかのイメージがあります。外国人犯罪の報道などに触れるたびに、それが目立ちやすい事柄であるために脳に残りやすく、外国人は怖いというイメージが構築されていきます。外国人は怖いというイメージに沿った外国人犯罪の報道には特に注意を向けてしまい、そのイメージは間違っていなかったんだと思い込んでいきます。このようにして、外国人は犯罪率が高いという偏見が形成されていくのです。

また、ステレオタイプに従って行動することで、そのステレオタイプにあてはまる結果が生まれてしまうという行動的確証効果(又は自己成就効果)というものもあります。どういうことかというと、「外国人は怖い」というイメージを抱いた人はその外国人を避けたり視線をそらすようになります。そうすると、そのような扱いを受けた外国人の方も相手から拒絶されていると感じて態度がぶっきらぼうになり、「外国人は怖い」というイメージが定着してしまうのです。警察官の場合は、「外国人は怖い」という偏見に従って職務質問を続けているとかえってそのような反応が返ってくることになりますし、外国人をターゲットとして職務質問を繰り返して分母が偏ることによって外国人犯罪の摘発数が上がっていき、「外国人は怖い」という偏見が深まってしまうのです。

UnsplashのUnseen Historiesが撮影した写真     

訴訟提起にあたって

私は冤罪を研究する中で、偏見や差別がどうやって生まれるかを知り、外国人差別が冤罪の原因になっているということを知りました。例えば、ネパール人が犯人に間違えられてしまった東電女性社員殺人事件という冤罪事件もあります。レイシャル・プロファイリングという言葉も、アメリカの冤罪の教科書に冤罪原因として書かれていたために知ったのです。

また、海外から日本にやってきた友人は、やはり職務質問をよく受けることがストレスだと言っていました。私自身、海外で差別されて嫌な気持ちになったことがあり、海外からやってくる人たちに日本でそのような体験をしてほしくないと思っております。日本には”人種差別が行われる国”になってほしくありません。

日本におけるレイシャル・プロファイリングの改善については、既に1万8000通を超える署名も集まっています。私たちと同じ想いの方はたくさんいるのだと思います。

今回の裁判については、下記のCALL4のウェブサイトにて訴訟資料を公開しており、裁判に係る費用のためにクラウドファンディングも実施していますので、ご協力願えますと幸いです。

プロフィール

西 愛礼(にし よしゆき)、弁護士・元裁判官

プレサンス元社長冤罪事件、スナック喧嘩犯人誤認事件などの冤罪事件の弁護を担当し、無罪判決を獲得。日本刑法学会、法と心理学会に所属し、刑事法学や心理学を踏まえた冤罪研究を行うとともに、冤罪救済団体イノセンス・プロジェクト・ジャパンの運営に従事。X(Twitter)等で刑事裁判や冤罪に関する情報を発信している(アカウントはこちら)。

今回の記事の参考文献

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