注目株Jasper AIの「成長の壁」
生成AIの注目株として知られている、カナダ発のAIライティングツール「Jasper AI(ジャスパーAI)」が苦境に立たされています。
同社はOpenAIのパートナー企業として、早期から技術にアクセスすることで、ビジネスユースケースに特化してプロダクトを構築。立ち上げ約2年でユーザーは10万人超え、そのうち4分の3は、毎月80ドル以上を支払う熱狂的な顧客を抱えていました。
しかし、2023年に入ってから、突如人員削減、成長鈍化、社内評価額引き下げ、CEO交代と、ネガティブなニュースが相次いでいます。
☕️coffee break
Jasper AIが設立されたのは2021年2月のこと。
創業者3名全員がマーケティングに知見がない中で、マーケティング代理店事業を立ち上げた経験があったからこそ、マーケターがAIを活用して、より業務を効率的、かつ成果を上げられるように開発されたAIライティングツールです。
「Jasper AIの紹介動画」
主な利用シーンは、ブログ執筆(SEO最適化も可能)、コピーライティング、SNS/メールマーケティングなどです。
驚くべきは、サービスのリリースからわずか半年でARR(年間経常収益)が1500万ドルを突破するロケットスタートを遂げたことです。
2022年10月にはシリーズAで1億2500万ドルを調達し、設立から18ヵ月で評価額15億ドルのユニコーンになりました。
これほどの高評価につながった急成長の要因は大きく3つ。
- リリース前からマーケティング・コミュニティを運営していたことで、最初のユーザー獲得、口コミでの拡散に成功した
- マーケターによるマーケター向けの開発で過去の文章をアップすると、文章のトーンを模倣することができるなど実用的なシーンで使える
- OpenAIのパートナー企業として、大規模言語モデル「GPT-3」に早期アクセスして、プロダクトに技術を組み込んでいた
🍪もっとくわしく
順調に事業成長を遂げるも、2022年末に大きな事業リスクに直面します。
OpenAIによる無料のAIチャットボット「ChatGPT」のリリースです。
Jasper AIはパートナー企業であるため、OpenAIが2022年11月末を目処に事業開発を進めている情報を早期にキャッチしていました。
Jasper AIは無料〜月額99ドルで提供しているため、無料でほとんどの機能が利用できる「ChatGPT」がリリースされると、顧客が離反するかもしれない。
そう考え、12月には世界211カ国で100万人以上のユーザーを抱えるブラウザ拡張サービス「Outwrite」を買収しました。これにより、ユーザー獲得に加え、Jasper AIが外部サービス(Gmail、Wordpress、Google Document、HubSpot、LinkedInなど)上でも利用できる拡張機能の提供に動いたわけです。
こうした戦略もあり、2022年12月時点では10万人以上のユーザーを抱え、そのうち4分の3は、毎月80ドル以上を支払っている熱狂的な顧客となったんです。
2023年1月にはARRが9000万ドルを突破。2月には年内にARRが1億4000万ドル、24年末までに2億5000万ドルを目指す事業計画を策定しました。
しかし、初夏になると、事業成長スピードが想定よりも鈍化しており、年内のARR見通しを少なくとも30%下方修正したことがわかりました。
これまではマーケターに特化して顧客を獲得してきたものの、新たなユーザー層へと拡大するにはChatGPTが立ちはだかり、想定よりも苦戦しているわけです。
加えて、一部の従業員を解雇。プロダクト責任者も就任から1年が経たないうちに退社しました。
そして、ストックオプション算定のための社内評価額も20%引き下げ、15億ドル→12億ドルに。
9月には創業者兼CEOが取締役会長に異動し、Dropboxの元プレジデントであるティモシー・ヤング氏が新CEOとして入社しました。
ビジネスユースがメインのJasper AIをさらに事業成長させていくには、創業者がCEOを退任してでもDropboxのプロダクト・営業組織を3年にわたり指揮していたヤング氏の手腕が不可欠だと考えたわけです。
🍫ちなみに
個人的には、Jasper AIの3人がぶち当たってきた壁は、これが初めてではないので、今回も乗り越えていくのではないか、と期待しています。
2014年、「就職するのは嫌だから、自分たちで何かやってみよう」という思いから、3人の起業家人生はスタートしました。
小さなSaaS企業を2社を立ち上げるも、どちらも失敗。次に目をつけたのは、オンラインマーケティングの支援でした。
実店舗を構えている中小企業はオンラインでの顧客獲得に苦戦しているため、Facebook広告やSEO、ランディングページの作成まで、全てのオンラインマーケティングを支援する事業に取り組んだわけです。
契約を獲得するにつれ、収益の50%を分配して業務委託に案件を任せるも、1年間どれだけ働いても、月商25,000ドル規模が限界。
そこで、経験したマーケティング事例を全て教材にして、オンラインでマーケティングを学べるコミュニティを事業化しました。
その間に創業者の1人であるエンジニアが、B2Bの訪問者を購入者に転換するサービス「Proof」をテストで立ち上げて、ウェビナーを開催したところ、1日で80人が1000ドルずつ支払ってもらい、最初の成功体験となりました。
「さらに良いプロダクトを構築して、会社を拡大する糸口を見つけたい」
そう思い、アクセラレーターのY Combinatorに参加して、本格的に事業として立ち上げ、成長戦略を模索します。
このProofは、あっという間にMRR(月次経常収益)が7万5000ドルに達するも、そこからはなかなか事業成長させることができませんでした。
同時期にCEOは、マーケティングコンサル事業も小さく立ち上げており、B2B SaaS企業のFacebook広告のコピーを作成する過程で、「AIでコピー作成を代替できるのでは?」と思い、テストを行ったのち、再びピボットを行います。
かくしてJasper AIを2021年2月に立ち上げるわけですが、ここに来るまで実に5〜6社を立ち上げては撤退を繰り返してきたのです(Proofは現在も運営を継続しています)。
立ち上げから事業拡大期に移行したJasper AIを、経験豊富なCEOとともにいかに再構築できるか、注目です。
サムネイル画像:Unsplash/Martin Martz
更新の通知を受け取りましょう
投稿したコメント