【ニュース上乗せ&基礎情報整理】ブラジルの自動車産業が変わる!(上)

2024年4月29日
全体に公開

上中下と分けてブラジルの自動車産業が大きく変わりつつある様子を紹介します。まずはブラジルの工業部門に関し、押さえておくべきポイントとブラジルの自動車産業を俯瞰します。続編(中)で次世代車生産国への変貌を目論むブラジル政府の新たな自動車政策と各社の投資計画について報告します。その後の続々編(下)でブラジル国内のEV販売状況と充電インフラ拡充に関する大企業とスタートアップの連携事例を紹介します。

岸田総理のブラジル外遊を前に、日本とブラジルの間で脱炭素社会に向けたハイレベル対話創設合意という報道も出ましたが、その背景を知る際の参考にして頂ければ幸いです。

フルセット工業の国とは言うものの・・・

 南米の産業というと鉱物・エネルギー、農畜・海産品などを思い浮かべる方はいるでしょうが、ブラジルは南米におけるフルセット工業国です。パーツを輸入してただ組み立てるというケースは他の南米諸国でもよく見られますが、素材、部品製造も含めた裾野産業が複数の主要消費財分野で存在する国は南米ではブラジルくらいです。ただ、ブラジルは、豊富な鉱物・エネルギー・農畜産資源も有するがゆえに資源関連ニュースが多く、どうしても資源大国のイメージを持つ人の方が多いのかなと思います。

 実際、輸出統計をみても、資源関連品目の輸出額が全体の3分の2を占めています。他方、工業に目を移すと消費財の輸出額のシェアは12.5%にとどまっており、しかもこの数値はこの10年で殆ど変化がありません。知識集約度の高い製品生産能力の指数ともいうべき経済複雑性指標(ECI:Economic Compexity Index)でブラジルの順位をみていると、1995年時点は25位だったものが2021年には70位(133か国中)にまで転落しています。この30年あまりで工業のプレゼンスは低下してきたわけです。

出所:Growth Labよりブラジルデータを抽出

工業の足かせは徐々にはずれている

 工業の地盤沈下、競争力減退の要素としてよく挙げられるのが、イノベーションの不足に加え、いわゆる「ブラジルコスト」と称される税制、労務関連法等の制度やビジネス慣習です(ビジネス環境と総称します)。国内で強い発言力を持つ全国工業連盟(CNI)は、2010年頃からそれらに加え、労働生産性の不足、基準・認証制度、知財保護、海外との通商・投資協定の締結などについても改善に向けた取り組みを政府に要望してきました。

 2014年の選挙で商工業者の支持を得られず辛勝したルセフ政権が発足した2015年以降、投資・通商協定締結が積極的に行われるようになりました。同政権は弾劾で2016年に終わりましたが、その後現在に至るまでに、70数年ぶりの労働法の改革、移転価格税制のOECD基準準拠変更、複雑怪奇で約60種類あるといわれる税制・社会負担金の改革法案の国会通過などが実現しました。以前は無理と言われたそれら制度の改革が進み、ビジネス環境は改善されてきています。

こうした中、2023年に3回目の政権を担っているルーラ大統領は、「再工業化」という選挙公約を実現すべく2024年1月22日に発表した「新ブラジル産業プログラム」により工業の刷新・国際競争力の向上に向けた取り組みを示しました。さらに自動車分野については、暫定措置令として2023年12月に新自動車産業政策(MOVER)を発表、さらにその詳細を記した補足令を今年3月26日に公布し、同政策に盛り込まれた施策に参加する企業の公募を行う(詳細は次回のトピックスに記載)など脱炭素社会の実現と次世代車の国内生産振興の両立に向けた施策を矢継ぎ早に打ち出しています。

2024年3月26日 MOVERプログラムに関する補足令署名式におけるルーラ大統領(左)とアルキミン副大統領(右)トム・モリーナ/NurPhoto ゲッティイメージズ提供

自動車産業概観

 工業部門の中でも、特に影響力を持ちかつ近い将来大きく変化することが見込まれているのが自動車産業です。ブラジルの自動車産業の規模は以下表のとおり、世界でもトップ10圏内の規模となっています。米州での自動車産業といえば米国、そして中南米ではメキシコの存在感が抜きんでていますが、ブラジルも無視できない規模です。

(注)国内業界のデータは全国自動車製造業者協会(ANFAVEA)の加盟企業のみ対象。出所:世界でのプレゼンスについてはOICAデータベース。その他はANFAVEAの2024年版年鑑より抜粋。

ただし、メキシコと違い国内向けの生産が主体です。メキシコの場合、国内生産台数の9割近くが輸出に向けられますが、ブラジルの場合は、輸出は生産台数の2割弱(2023年は18%)程度です。輸出先についても、自動車協定を結んでいるアルゼンチン向け、メキシコ向けが多く、欧米もあるものの、基本的に関税減免を含む協定で“下駄”をはかせてもらっている国向けです。

言い換えると下駄が必要なくらい競争力が不足しているということになります。国内に素形材、部品産業が存在するとはいえ、一定の水準に達しているサプライヤーは限られています。また、税制改革が進んでいるとはいえ、まだ施行されていないため、現状では税の重さも足を引っ張っています。消費者向け価格における税(工業製品に係る税:ブラジルの場合IPI)の割合の国際割合をみると、ブラジルは27.3%(排気量1,000㏄~2000㏄のガソリン車)となっています。10%台が多い他の自動車生産国より税負担が高い状況にあります。(続きは次のトピックス(中)で)

冒頭画像:1940年代のサンパウロのトラック組み立て工場(GM社) Archive HoldingsInc. ゲッティイメージズ提供

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