モヤる「女性活躍」を人類学と考える:「活躍」よりも欲しいのは?

2024年3月5日
全体に公開

3月8日、「国際女性デー」。この日に限らず、国際〇〇デーなるものは個人的にちょっと苦手です。「世界はこうあるべきですよねっ?」という圧、世界を一つの価値のもとにまとめ上げようとする呪いの言葉を、その背後に聞き取ってしまうからです。その一方で、昨今の日本で叫ばれる「女性活躍」にモヤモヤすることがないわけではありません。 前回の「多様性」に続き、モヤるシリーズ第二弾として、今回は「女性活躍」を人類学+アフリカの力を借りて考えてみたいと思います。やや長めです。

「両立」じゃないとダメですか?

仕事の話の時――「(家庭との)両立、頑張ってね」「両立されてすごいですね」残業や飲み会の時――「お子さんは、今日は大丈夫なの?」
自分のまわりの経験から。働く女性あるある、か…?

いずれも悪意のないエールや気遣いなので、個人的にはありがたく思います。が、少々モヤモヤするのは、同じく子どもを持つ男性にはあまりかけられない言葉なのではないかということです。

あくまでもわたしの印象ですが、「活躍している」と取り上げられる女性の多くは、家庭(私)と仕事(公)を「両立していること」が評価ポイントの一つになっているような気がします。男性役員へのインタビューなどでは「両立」が強調されることは比較的少ないのではないでしょうか。今後は変わっていくでしょうが、「両立」に対する評価や期待が女性に集中しがちな現状は、「家庭」を女性の領域とみなす思考がまだ根強いことを物語っています。もちろん、両立それ自体は尊いことですが、「両立してるよね」という確認(?)が一方に偏ることは、「活躍」のターゲットたる女性たちの、ひいては社会全体の息苦しさになってはいないでしょうか。

Getty Images/Olga Kurbatovaによる

なぜ「両立」が期待される?:「女性=自然=家庭」説とその否定

ジェンダーに関する文化人類学の研究では、「女性=自然、男性=文化」仮説というのがありました(※1)。出産を担う女性がより“自然”に近く、それゆえに育児に始まる家庭におけるケア・私的な領域を女性が担当し、自然を耕してできる“文化”・公的な領域を担うのが男性とする性別役割分業説です。結果、「自然(女性)を統御・保護するのが文化(男性)」という一種の上下・優劣関係が出来上がり、各地で男性優位の文化が形成されたというのです。女性に「両立」が期待されがちな現象も、女性≒自然≒家庭とする見方が一部にあるからかもしれませんね。…が、この仮説には批判も多いです(※2)。

“自然”は出産のみならず、病気、老い、介護など、性別や世代に限らず、あらゆる人間が直面するものです。以前、「男性の出産」の慣習を取り上げました。「女性のみ」とされる出産の領域ですら、破壊しようという文化もあるのです。

性別役割分業は、人間に自然に備わっている本質や固定的なものではなく、時代や地域によって互換可能なシステムの一つです。ご存知の通り、システムは不具合を起こすのが常なので、アップデートが必要です。

ジェンダーギャップ指数:アフリカにボロ負けする日本

システムアップデートのためのツールの一つが、毎年世界経済フォーラムが発表するジェンダーギャップ指数です。数値だけで判断するのも問題だとは思いつつ、わたしが毎年どうしてもみてしまうのは、研究対象であるアフリカの国々と日本の位置関係です。よく目にする簡略ランキングではアフリカが除外されることが多いので作ってみました(図)。

出典:Global Gender Gap Report 2023より抜粋 ※サハラ以南アフリカは49か国中36か国がエントリー

北欧諸国が上位を占めることから、「やっぱり北欧は進んでるよね~」で終わりがちなこのランキング。アフリカ勢にボロ負けしている日本の状況を見ると、「アレ?」ってなりませんか?直近のランキングでは、日本より上位にはナミビア(8位)、ルワンダ(12位)をはじめ、サハラ以南アフリカの29カ国がランクイン、日本より下は7カ国のみ。紛争国・貧国として知られるブルキナファソ(109位)やシエラレオネ(112位)よりも日本は下なのです。

この指数は男女間の格差がどれくらいあるかを示したもので、政治・経済・教育・保健(※3)の4部門に分かれています。日本の足を引っ張っているのは政治(138位)と経済(123位)部門です。が、教育部門(47位)と保健部門(59位)も、意外にもボツワナ(両部門1位)をはじめとするアフリカ勢に負けています(※4)。「アフリカ女性の地位向上を!」という広告を電車内にぶらさげている場合ではないかもしれません。

「マミートラック」はリーダー職?@アフリカ

確かにアフリカは政治・経済部門に強いです(※5)。例えばルワンダ(総合12位、政治部門9位)では、女性議員の割合は6割を超えます(日本は1割強)。わたしの経験上、アフリカには、女性=リーダー向きとする考え方も一部にあるようです。

わたし:アフリカって女性の政治家多いよね
友人:アフリカでは「ママ」は強い。大勢の子どもを持つ「ママ」は、子どもたちをコントロールする方法を知ってるだろ?だから政治家やリーダーに向いていると考えるよ。
アフリカの友人との対話より

多産多死が当たり前の土地で、赤ん坊を腰にくくりつけてマーケットを取り仕切るアフリカのママたちは、たしかに強い。…じゃあ子どもを持たない人はリーダーに向かないのか!結局両立ありきじゃないか!と激しくモヤる一方、家庭と仕事を対立的に考えがちな私たちに対し、家庭での役割と仕事での役割を連続的なものとして捉える視点は新しいのかなと思います。産後女性の「マミートラック」の一つがリーダー職とは!

GettyImages/poco_bwによる

もっとも、アフリカには隣近所、親族をあげて育児を行うサポート体制があるのですが。アフリカには伝統的に「王母」や「女王」が存在した王国もあり、女性が公的な場でリーダーであること自体はそんなに不思議ではないです。これも、女性=家庭とする性別役割分業が最近出来上がったシステムの一つに過ぎないということを物語っています。

ツール化・商品化する「男女平等」への警鐘

とはいえ、しょせん指数は指数に過ぎず、アフリカには男性優位・家父長的な社会が多いことも事実です。わたしは若年女性の「女子トーク」に参加させてもらうことも多く、この社会を生き抜いてきた彼女たちの社会や人間を見抜く力にたびたび驚かされます。彼女たちが「要注意」として語っていたのは、「ナンチャッテ男女平等ワカッテル風(ふう)」の人たちです。どんな人たちでしょう?

「ナンチャッテ男女平等」人間とは…〈check!〉  公の場では声高に「男女平等大事、ワカッテル」アピールをする。〈check!〉「近代的な自分」を演出し、公的機関から助成金を得ようとする。〈check!〉「男女平等」は出世やイメージアップのためのツールでしかない。〈check!〉 家に帰ると、夫であれば威張り散らすばかりで何もせず、妻であればそのような夫に従順に仕えるのを当然の規範とする。
ウガンダ(ランキング78位)の首都カンパラにおける「女子トーク」より

ランキング上位のアフリカにナンチャッテな人々が存在するということは、日本にも近々登場するでしょう。…あるいはすでに?彼女たちの慧眼が示唆するのは、「ナンチャッテ」の人や企業ばかりを増やしても仕方がないということです。国際女性デーも、女性活躍も、数値目標もけっこうですが、それらを企業や社会の単なる「イメージアップ」「ブランド力」のための魅力的なツールや商品で終わらせない意志が必要になってくるのではないでしょうか。「目標達成!イメージアップ終了!やれやれ、おーい母さん、メシ!」では、見せかけの「活躍」の陰で追い詰められる人が増えるばかりです。

Getty Images:Eonerenによる

「活躍」以前に、「ふつう」をください

では、ナンチャッテにならないためにはどうしたらよいでしょう?「女性活躍」が叫ばれ、男性がソンをした気になる、責められている気になる、結果、両者の分断が深まっていく…この本末転倒の動きを、労働者の一人として懸念しています。「女性=自然=家庭」説で否定されたように、「自然」(出産、育児、病気、介護、老いetc.)に向き合わなければならないのは人間すべてであり、性別にかかわらずその「必要」は生じます。メディアに流れる諸々の声を聴いていると、「活躍」よりも、「活躍」を成し遂げるための最低限の「ふつう」こそが、必要とされているような気がします。

「ふつう」…【誰でもためらわず、後ろ指を指されることなく、「自然」や「必要」に向き合える】くらいのことを意味しているつもりです。これの、なんと難しいことか。誰もが(←大事!)「ふつう」を手にできる。これなくして、誰かの「活躍」はあるのでしょうか?

余裕のない社会にあって、こんなのは甘ったれた理想論にすぎない、と批判されるかもしれません。が、「せめてふつうでありたい」という謙虚で小さな希望くらいは、持ち続けることのできる社会であってほしいと願います。

トピ画:Getty Images/ Kuntalee Rangnoiによる(追記:「国際女性デー」で画像検索したら、お花やらピンクやらハートばかりでモヤったので、テナガザルにしました。テナガザルは両性ともに子育てに参与するようです。)

※1 アードナー、E.とS. オートナー、『男が文化で女は自然か?:性差の文化人類学』山崎カヲル監訳、晶文社、1992年。

※2 例えば、自然/文化という対立図式が西洋中心的発想であること、自然/文化に女性と男性の役割を割り振らない文化もあること、両性ともに多少とも「自然的」「文化的」であること、といった批判があります。

※3 正確には、政治的エンパワメント、経済参画・機会、教育機会、健康と生存。

※4 例えば、教育部門ではほかにはレソト、ナミビアが同列1位、保健部門では、同列1位にモザンビーグ、ジンバブエなどアフリカ8か国がランクイン。ただし、サハラ以南アフリカにはエントリーしていない国もありますので、これがすべてではないです。が、それにしても意外な順位ではあると思います。

※5 政治では日本より下位はナイジェリア(142位)1か国のみであとの国々は日本より上。経済では日本より上位に32か国、下はチャド、ベニン、マリ、セネガルの4カ国のみです。

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