身近な人へ、企業から消費者へ、「感謝の気持ちを伝える」デザイン
正月のおせち料理のお供の「祝い箸」。両端が尖っているので片方を取り分けに使えて便利などと思ってしまうが、これにはちゃんとした意味がある。神様のために尖らせているのだそうだ。神の恵みに感謝し一年の恩恵を願う「神人共食」を生活道具の形で表した気持ちのデザインである。
千利休が客人をもてなすために杉で箸を作り、木の香りを楽しんでもらおうと両端を削ったのがこの祝い箸（両口箸）の始まりとされている。そのため「利休箸」という別称もある。余談だが、客人との距離感を縮めたわずか二畳の茶室「待庵」などの数々の名作を遺した千利休は、今の言葉で言うと、エモいデザイナーの元祖だったのではないかと思う。
祝い箸に話を戻すと、感謝の気持ちを表すことには「ウェルビーイング効果」があるようだ。
四大幸せホルモンの一つであるオキシトシン（愛情ホルモン）が、人との友好な関係性から分泌されることにこれまで書いた記事でも触れてきたが、感謝もその分泌を促すと言われている*¹。感謝される方も同様だろう。オキシトシン以外にドーパミンも出そうだ。
リモートワークの普及で価値が見出される「雑談」や、日本人に顕著な「かわいいもの好き」もこの幸せホルモンを分泌させる効果がある。
家族や友人、仕事仲間などの知り合いに「ありがとう」と言うのは、自分にその気持ちがあれば今すぐにでもできる。一方、メーカーやサービス業の会社が不特定多数の消費者一人一人に感謝を伝えるのは難しい。
だが、それを実践しているケースがある。
＜目次＞
【商品パッケージ】紙袋や外箱にメッセージを添える
【文房具】さりげなく感謝の気持ちを忍ばせる
【アメニティ】ウェルカム〇〇や来店ギフトでおもてなし
【商品パッケージ】紙袋や外箱にメッセージを添える
まずは、マックデリバリーの紙袋に添えられた「店員の直筆メッセージ」。日本マクドナルドが2017年に「スマイル0円」をメニューに復活させてから導入しているサービスで、注文時にスマイルも選択すると提供される。大量生産品のイメージが強いマクドナルドで、一つずつ手書きするのは作業的に負担が大きいだろう。が、だからこそこうした人間味のあるはからいが、利用者の心に響く大きな価値になる。ネットで画像検索していただくとわかると思うが、手の込んだイラスト入りのメッセージもあり、スタッフの個性も表れていてとても良いサービスだと思う。
AppleもiPodの時代には、パッケージを開封すると現れる「Enjoy」のメッセージで商品がユーザーを迎える気の利いた工夫をしていた。
「まごころ」と言うとスティーブ・ジョブズ氏のイメージに相応しくないのかもしれないが、ユーザーオリエンテッドな製品開発を心掛けていた同氏ならではの粋なデザインだった。
これらは、
商品パッケージが企業からユーザーへの「メッセージボード」になり得ること
を教えてくれる事例だ。廃棄物削減の必要性から近年は梱包の簡略化が進むが、パッケージの価値を高める一つの方法としてこの考えも有りなのではないか。
【文房具】さりげなく感謝の気持ちを忍ばせる
日本人の創造性が発揮される「文房具」もパッケージ同様にコミュニケーションツールになり得る。特に身近な人へ感謝の気持ちを伝えるのに非常に有効である。
コクヨが毎年開催している公募「コクヨデザインアワード」の2013年の受賞作品「MIZUHIKI BAND」（麻生遊さん作）は、その後「和ゴム」と名を変え商品化されている。世話になった人へのちょっとしたお礼に、借りた物の返却に、この輪ゴムを掛けることで気持ちを伝えることができる。貰った人はそれをまた誰かに物を渡すときに使える点も良い。シンプルな発想だが大変優れたデザインである。
紙製小物を手掛けるHI MOJIMOJIが2010年に発売した付箋「Deng On」は、職場の人間関係を良好化する（可能性がある）アイテム。キーボードのキーの隙間に挟んで立てられるようになっており、キーで隠れる部分にもメッセージを忍ばせることができる。
例えばこのようなことを書いて相手を喜ばせたりできる。ありがとうや褒め言葉は、もしかしたら対面で言われるよりも嬉しいのかもしれない。
そう言えば、以前書いた幸せを呼ぶ「遊び心のあるデザイン」｜前編：なくても困らないがあると嬉しいもので採り上げた「ニンテンドースイッチProコントローラーの遊び心ある隠しデザイン」も感謝の気持ちを表すものだった。
右のスティックを傾けると、奥の方に“THX2 ALLGAMEFANS!”（Thanks, all gamefans!）のメッセージがチラ見えする。
【アメニティ】ウェルカム〇〇や来店ギフトでおもてなし
ホテルや店舗では、ホスピタリティとして感謝の気持ちを伝えるサービスを提供している。高級ホテルの客室に備えられたウェルカムスイーツなどがそうだ。筆者も社会人になってまもない20代の頃、ラフな服装で出掛けた初めての海外出張時に現地のクライアントが手配してくれた客室がエグゼクティブルームで、ウェルカムアイテムの豪華さに歓喜すると共に、食べたら請求されないかドキドキしたものだ（余談）。
コロナ禍の2021年に開設された帝国ホテルのサービスアパートメントの歓迎アイテムは、お菓子とお赤飯だったようだ（入居された桐島ローランド氏の動画情報より）。六角形のゴールドの箱に収められていて顧客を敬う上質感がある。
シャネルが2019年にニューヨークに開業した「Atelier Beaute CHANEL」は、気軽に商品のお試しができる体験型の店舗だ。Nº5の香水ボトルと同じ八角形のフォルムの透明容器に収めた1回分のお試し用リップなどが並ぶ夢のような空間。
この店舗では、お気に入りの香水を染み込ませたロゴマークのブレスレットが記念品として贈呈されている。これは嬉しいおもてなしサービスだ。こうした来店ギフトもわざわざ足を運んでくれた利用客への感謝の意を示す役目を果たす。
相手も幸せにする「ありがとう」の言葉
「ありがとう」は、魔法の言葉だ。自分だけではなく相手も幸せにする。浜崎あゆみさんの曲で「今日も一日ありがとう」の歌詞で始まる歌（How Beautiful You Are）がある。彼女の曲を自分から聴くことはないが、この歌のこのフレーズは心に残った。時々思い出して心の中で唱えたりする。みんながそうであって欲しい。世界中の人々が一日の終りに「今日も一日ありがとう」と言える平和な一年であることを心から願う。
《脚注》
*¹ 参考文献：順天堂大学 Good Health Journal 「コロナ禍に。愛情ホルモン『オキシトシン』への期待」2022.1.13
最後までお読みいただき、ありがとうございました。(o^∇^)ﾉ
（トップ画像は、「てがきですのβ」のイラストと筆者が描いたマックデリバリーの紙袋の絵を組み合わせて作成いたしました）
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