『ファイナル・ファンタジー』と北欧神話——RPGを彩る伝承の物語

2023年12月28日
全体に公開

『ファイナル・ファンタジー』——通称『FF』は言わずもがな日本が誇る名作RPG。ここでは本シリーズに潜む北欧神話の要素や日本での発展例などを紹介していきます。

 本格的にプレイしたのがどの『FF』シリーズからだったか、記憶が定かでありませんが、気づけば『ドラクエ』とはまた一風異なるどこか儚くも幻想的な世界に引き込まれていました。初期シリーズのシンボルである光り輝くクリスタルはゲームの神秘的な基調を成していたように思います。そして冒険に付随する数々の魔法やアイテム。オーディン、ラグナロク、バーサク、ミッドガル——当初聞き慣れなかったカタカナの数々もすぐに馴染み、豊かな日常語彙へとストックされていきました。後から分かることですが、これらの用語は西洋の中世に伝承された北欧神話の中にかなりの材源を確認することができます。

 北欧神話はとりわけファンタジー関連の文芸創作で人気の題材で、独特の世界観を有しています。神々による巨人殺し、その身体から作られる天地——何とも奇抜な世界の創造から、舞台は中心に聳え立つ世界樹ユグドラシルとその下に住まう九つの領域に。個性豊かな神々と巨人が争い、ドワーフやエルフが息づく世界。天変地異と壮絶な激闘の末ほぼ全てが滅びゆくという悲劇的結末。こうした終末観が形成された背景に、地域の厳しい気候風土が関わっているといわれます。そもそも北欧神話とはデンマーク、ノルウェー、スウェーデン、アイスランドなどに伝わっていた物語の総称を指します。古代の北欧人は主に口伝えによって物語を伝承したため、北欧神話の内容は書き記された媒体でしか知ることができません。北欧は10世紀を境に徐々にキリスト教世界へと移行し、文字を記す文化が普及していきました。13世紀のアイスランドで『エッダ』(韻文と散文)と呼ばれる神話の根幹を成す書物が生まれました。これらの中に、彼らが改宗以前に有していた土着の思想=北欧の神々を信仰する世界が描き出されていたのです。

 アイスランドの建国はいわゆるヴァイキング時代(8世紀から11世紀)に遡り、9世紀の終わり、ノルウェーを逃れた人々がこの最西端の孤島に定住を始め、1000年にはキリスト教への改宗を受け入れました。ただ、新宗教が根付いてからも先祖伝来の物語を継承し、異なる価値観・信仰心をもつ先人の文化的記憶をアイデンティティの拠り所とする動きがみられました。過ぎ去りし前時代への憧憬と愛着により紡がれた伝承物語——元祖ファンタジーの精神こそが現代ファンタジーの一大源流を成している、といっても決して大袈裟ではないでしょう。

 北欧の文化遺産は今や世界に知れ渡り、日本のRPG界にも浸透するに至りました。『FF』(あるいはスクウェア作品全般)はとりわけ北欧神話にある用語や素材を積極的に取り入れています。いくつか思い浮かぶままに挙げてみましょう。

ゲオルク・フォン・ローゼン「オーディン」(1886年)

 まず召喚獣「オーディン」。召喚獣とは戦闘シーンを盛り上げる神話・伝説上の生物で、敵に大ダメージを与えてくれる頼もしい助っ人でした(人ではないか)。それもそのはず、オーディン(古北欧語:Óðinn、英語:Odin)は北欧神話における最高神、兄弟とともに原始の巨人を殺し天地を創造した張本人でもありました。数多の呼び名をもち、姿形を変えてあらゆる場面に顔を覗かせます。知識への貪欲さには際限がなく、己の体すら犠牲にするほどで、徐々に自身とその世界を破滅へと導くことに。後世に描かれるように、マントを羽織り、つばの広い帽子を深くかぶるその様は〈The魔法使い〉——『ホビット』のガンダルフや『ハリー・ポッター』のダンブルドアの原型ともいってもいいでしょう。オーディンは英語の「水曜日」“Wednesday” (“Woden” [Odin] の “day”)の語源であり、英語圏(ゲルマン語圏)の日常にその名をとどめています。

 「ラグナロク」という得体のしれない五文字は、たいていの場合ゲームの終盤に手に入り、最強クラスの攻撃力を誇る武器でした。北欧神話の「ラグナロク(古北欧語:"ragnarøk(k)r")とは神々の終末の戦いや世界の終末、天変地異や神々と敵対する者との激闘のなかで滅びゆく、その終末観を象徴する言葉です。絶大な力を有す武器と世界の滅亡とはなんと示唆に富む組み合わせでしょうか。「バーサク」という呪文は、そんな攻撃力を増幅させる魔法でした。敵への大ダメージが期待できる分、キャラクターの操作が不能となるばかりか味方までも攻撃してしまうという諸刃の剣。「バーサク」は「狂戦士」を意味する北欧語 「ベルセルク」(“berserkr”)から来ているのでしょう。“bear”と “serk”(英語 “shirt” に相当)から成るこの語は「クマの皮」を身に着けた人々が原義とされ、獣のようなうなり声をあげ戦う大胆不敵な戦士でした。狂乱時には剣や炎をもものともせず、敵味方見境なくなぎ倒す。また、集団の長のボディーガードを務めたり、若手戦士の儀式をとりもつエリートであったともいわれています。ちなみに “berserk” は19世紀の初頭に英語に入り “go berserk”「怒り狂う」として定着していますが、オーストラリアのスラングでは “go berko” と省略されます。さすがオージーです。

 「ミッドガル」は『FFⅦ』に登場する科学文明の栄えた都市で、世界のエネルギー市場を支配する「神羅カンパニー」という大企業の本拠地でした。薄暗いネオン街や高層ビル、魔晄炉と呼ばれる発電施設など、近未来風の佇まいからは太古の神話世界とのつながりを想像することは容易ではありません。ただ、「ミッドガル」とは明らかに古い北欧語「ミズガルズ」(“Miðgarðr”) から取られたもので、これは北欧神話における人間の住まう領域を指します(巨人ユミルのまつ毛で作られた「囲い」)。ミッドガルに渦巻く欲望や策略は「人間」の本性の一面と関わりますし、都市の荒廃や破壊、再生といったストーリー展開なども神話と重なり合います。なお、J.R.R.トールキン『ホビット』や『指輪物語』の舞台「ミドル・アース」(“Middle-earth”「中つ国」)はミズガルズの現代英語版です。北欧とイングランドの人々の民族的ルーツは共通の祖先(ゲルマン人)へと遡るため、北欧神話は英語話者の故郷の物語でもあるのです。

 ところで、群馬県安中市にある東邦亜鉛安中製錬所はミッドガルを髣髴とする夜景をもつことから「群馬のミッドガル」と呼ばれ話題を集めました。また、『FFⅦ』リメイクの発売で賑わう今、川崎市の工場では同種の夜景クルーズイベントが開催されたようです。日本各地に蘇るミッドガル——古代北欧人もトールキンも、ともに愛した神話世界が東の最果てでこのようなローカルな展開を遂げているとは想像だにしなかったでしょう。工場と神話という何とも摩訶不思議なコラボレーションは、『FFⅦ』を介して生まれた日本独自の「中世主義的ツーリズム」。面白い現象です。

 以上、ほんの数例ですが、『FF』シリーズにあるネーミングは語の無作為な羅列などでなく、北欧神話の素材をベースに独自に発展させ、ゲーム世界に取り入れられていることが分かります。さらにRPGが人気を博すことで、いにしえの資源は意外な形で継承され変容してゆくのです。

 こうした観点から、『FF』シリーズ初期から登場するモンスター「ウェアウルフ」に焦点を当ててみましょう。ウェアウルフ(“Werewolf”)とは狼に変身する人間です。北欧神話において狼は特別な存在で、その獰猛さは一方で恐れられ、他方で称賛されたようです。「フェンリル」という狼の姿をした巨大な怪物がいますが、最終戦争で拘束を解かれると、主神オーディンを飲み込み殺してしまいます。また、「狼の皮」をかぶって戦場へ赴くウールヴヘジン(古北欧語: úlfheðinn)と呼ばれる戦士は、過酷な環境や周りの状況にも動じず強大な力を発揮します(先述の「バーサーカー」に類する性質をもつ)。

Mabel Dora Hardy (1868-1937)

 そんな “wolf” の前に “were” がくっついた複合語が「ウェアウルフ」です。この “were” は一見〈be 動詞〉の過去形のようですがそうではなく、「男性」一般を指す名詞で、かつては頻繁に用いられていました。“were” と対になるのが “wife”(「妻」ではなく「女性」一般を指した)で、“were and wife” という表現は中世初期の英語文献にはごく普通にみられます。語頭の音が “w” で揃い、昔の読み方に従うと〈ウェーランドゥウィーヴェ〉という心地よい響きを連ねます。それもそのはず、これは「頭韻」という英語元来の韻の踏み方だったのです。しかし、どうでしょう。今日、結婚式では “husband and wife” が用いられ、これが「夫婦」の正式なフレーズとなっています。すなわち、“were” はもはや使われなくなった語彙=廃語というわけです。

 歴史の表舞台から姿を消した「男性」“were” ですが、“werewolf” という単語の一部として身を隠しつつも生き延びています。それだけではありません。『FF』シリーズではこの「ウェア」を冒頭に付すモンスターが多数登場し、活躍の幅を広げているのです。

——ウェアウルフ、ウェアタイガー、ウェアパンサー、ウェアラット、ウェアスネーク

加えて、この系統のモンスターに絶大な威力を発揮する「ウェアバスター」という武器もあります。本来の意味からすればこれは「人間の男討伐」となってしまいます。「ウェア」はすでに元々の語義を失い、おおもとの「ウェアウルフ」との連想を強める接頭辞のような役割を果たしているのでしょう。ただ、そのおかげでおぼろげとなった言葉に想像力が宿り、ヴァリエーションに富む種族の仲間が新たに創造されていったのではないでしょうか。

 RPG世界の要素は一見ランダムに散らばっているように見えて、西洋古来の言語文化の痕跡をとどめています。北欧神話に代表される中世ヨーロッパの物語は、その成立の初期段階から再生と創造を繰り返し、今に伝わっているといえるでしょう。現代のRPG作品はこの伝承の流れの延長にあり、新たな息吹をもたらす活気ある文化領域と考えることができるのです。

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