本業の汚染を回避する「3ー2ー1」の施策

2023年11月23日
全体に公開

2023年4月24日に発刊した「新規事業を必ず生み出す経営」は、30余年、一貫して新規事業の道を歩んできた経験を、可能な限り当時の事実を思い出し、1年の歳月をかけて1冊のまとめあげたものでした。

数多くの失敗と幾ばくかの成功の実話には、「新規事業に関する汎用性と普遍性」が含まれています。守屋がこれまで参画させてもらったすべての新規事業から得た学びを、「共有知」として少しでも還元できれば、本書を書いた目的が果たされることになります。

そこで、本書のなかで、とくに企業の中で新規事業を立ち上げようとしている方にいつもお話しさせていただいている「本業の汚染を回避する3ー2ー1の施策」の部分を、本書より、抜粋&転載です。

(「新規事業を必ず生み出す経営」の「4章 新規事業に最適な体制を整える」からの抜粋&転載、7,493文字、13分目安。なお、同じく抜粋&転載シリーズ、「35,493文字で、伝えたかったこと」も別途の投稿あり)

3つの切り離し、2つの機能、1人の戦士

企業の中で新規事業を立ち上げようとしたときに、切り離したほうがよいものが3つ、付加したほうがよいものが2つ、選んだほうがよいものが1つある。過去に私が見てきた事例でうまくいかなかった新規事業は、この3点について明確に失敗していることが多い

 これを「3つの切り離し」、「2つの機能」、「1人の戦士」と私は呼んでおり、「3ー2ー1」の施策として、1つずつポイントを解説しよう。

 【3つの切り離し】① 資金

 まず本業から切り離したいものは「資金」だ。企業は、税務会計はもちろん、管理会計も「年度」で締めて管理している。上場していればその単位はさらに短く、四半期開示のサイクルだったりする。

 この当たり前におこなっている「会計」の仕組みが、新規事業の惨敗を致命的に構造化しているのである。

 よくある新規事業の惨敗シーンとしては、たとえば、こうだ。期初に、「よし、今期は新規事業に力を入れて新たな柱を生み出すぞ!」と方針を立てて、そのためのチームを発足、本業時間の一部を充てることで検討を開始する。

 ところが、下半期に差し掛かるころに今期の着地が厳しそうだとわかり、「新規事業の予算をちょっと削ろうか…」となる。または、逆に本業が好調な場合だと、「戦力を増強しよう!」となり、どちらに転んでも新規事業が調整弁にされてしまう

 どうにかして今期の決算を目標どおりに着地させようとすると、「今期中に利益貢献するものは是で、今期中に利益貢献しないものは非」となるのは当然のことだ。

 しかし、考えてほしい。自社の新規事業が世界初前人未到の新規事業であることは、まずない。つまりその事業は、どこかの会社の本業であるということだ。

 あなた自身が、自社の本業に会社のリソースすべてを突っ込んで全力でやっているのと同様に、既存事業者もその事業を全力で守っている。

 そういった既存事業者を相手に、「今期は業績が厳しいから新規事業はいったん止めよう」「今期は本業の調子がいいから新規事業のメンバーを本業にいったん戻そう」と新規事業を軽んじて勝てるわけがないのだ。

 また、そういった中途半端なことを繰り返すと、「どうせ社長は、本気で新規事業をやることはないだろう」「結局、ハシゴを外されるんじゃないか」ということになり、新しいことに挑戦する社風がいつまでたっても築かれることはない

 したがって、たとえば新規事業の予算は投資勘定として切り分け、本業のP/L(損益計算書)にヒットさせない策をとるなどして、本業の影響を受けないようにしてほしいのだ。

 新規事業は5年先、10年先の自社の収益の柱となるものだ。ここに継続的に資金を投じる決断は、未来の会社の数字をつくっていく社長にしかできない。したがって社長は、「なんとしてでも新しい事業を生み出す」という覚悟をもって、しっかりと資金を切り離していただきたいのである。

 【3つの切り離し】②意思決定

 2つ目は、「意思決定」の切り離しだ。企業には現場での会議、上司との会議、上司の上司との会議…と、ミルフィーユのように何層にも重なる会議体がある。

 あるいは、毎月1回や四半期に1度のペースで、今期の目標と実績を振り返る予実会議をやっていたりする。ましてや大事な意思決定ともなれば、社長以下、幹部揃っての場でおこなうというのが、企業における一般的な意思決定のやり方であろう。

 一方、新規事業は、その事業が初期段階であればあるほど、顧客のそばにいる最前線の人間が、その時その場の意思決定でどんどん動いていくべきである。つまり、本業の意思決定のペースと新規事業の意思決定のペースは、まったく違うものなのだ。

 さらにいえば、会議体の格が上がれば上がるほど、社内向け作業の負担は大きくなり、新規事業を担当する部署みずからの判断だけでなく、事前の関係部署への根回しや、経理や財務への確認など、起案の前段階での実質的な承認の取り付けが必要となる。

 上司への報告や、上司の上司への報告をするために、丁寧なパワーポイントを用意する必要もある。

 しかし、そこまでして準備しても、会議出席者はその事業の顧客でもなければ、新規事業の経験者でもない。

 つまり、「やったことのない人が、やったことのない人に、やったことのないことを、やらせるかやらせないか決めるために、入念な準備をさせる」という、およそ費用対効果の合わない惨状が広がっているのだ。

 そもそも、厳密なチェック機能は、新規事業においてはあまりメリットにならない。ディフェンシブな役回りを担当している役員であれば、リスクを洗い出すことが思考のクセになっているし、そもそもそれが責務である。

 そうした人が意思決定の場にいると、本業に比べて明らかに粗削りで不確実な新規事業は、突っ込みどころが満載で黙っていられないはずだ。

 たしかに、会社として致命傷を負ってしまう訳にはいかないが、課題ばかりを指摘してブレーキを踏みっぱなしでは、新規事業はなかなか前に進まない。より大事なことは、課題を指摘することではなく、勝機を見出し、勝ち戦へのシナリオに導くことなのだ。

 ゆえに、意思決定の体制は最低限必要な社長と担当責任者、つまり「承認する側」と「付議する側」だけでミニマムに進め、迅速に動ける「意思決定体制」にする必要がある。

 ちなみに、新規事業の意思決定は、本業よりもかなり細切れにおこなう必要がある。なぜかというと、半年後、1年後まで突っ走るだけ突っ走ると、「いまさら引けない」という事態に陥る可能性が非常に高いからだ。

 それまでに費やした労力やおカネや時間を惜しんで、それが今後の意思決定に影響を与えることをサンクコスト効果というが、戻れないくらい遠くまで行ってしまうと、戻ったほうがよい場合でもロスが大きすぎて戻れなくなってしまう。

 まして、1、2年先くらいまでだいたい見通せる既存事業と違って、新規事業は1年先どころか数か月先も不透明で、一番最初に机上で考えていた事業構想はほとんど事実と違っていたというようなことが当たり前に起きる世界である。

 そのため、たとえば1つの施策を30日ほどで振り返って、「15日目で右に曲がったのがよくなかったから、次は左に曲がってみよう」という具合に、細かく関所を設けてしょっちゅう前進か後退か判断をする、ということが基本の作法となる。

 こうした理由からも、本業の意思決定とは切り離し、独自の最適なタイミングでの意思決定ができる体制が必要なのである。

 【3つの切り離し】③評価

 3つ目は「評価」の切り離しだ。本業における評価は、今期の売上や利益の予実達成、遅延のない業務計画の遂行などでおこなわれる。つまり、短期的な目標を達成するための予実精度と失敗回避が求められる、ということである。

 目標数字ははじめから決まっており、失敗は許されない。もし大幅な未達に終わってしまえば失格の烙印を押される。そういう世界である。

 一方の新規事業は、誰もやったことのないことに挑戦するわけだから、本業と同じ評価基準で評価されたら、それこそ、チャレンジしたものが損をする構造になってしまう。 

 したがって、新規事業の評価は、「失敗しても手を挙げた時点でマル」、「もし事業を成功させたら花マル」というくらいにしなければ、挑戦に向けた前向きな風土はつくれない。

 それに、新規事業の評価は、社長にしかできないはずである。なぜなら、今期の売上利益やシェア獲得という誰にでもわかる指標ではなく、「5年後に20億円を稼ぐ新規事業の〝芽〟を育てた」、あるいは「自社の新規事業の勝ちパターンを定める重要なノウハウを、〝失敗〟から導き出した」などの功績は、長期的な視点で会社の数字をつくっていく社長にしか判断できないからだ。

 さらにいえば、社長は、事業の成功度合いに応じた利益分配的な報酬制度など、新規事業に最適なインセンティブ(賞与)設計も併せて検討していただきたい。

 もちろん、評価や賃金体系を本業の基準から切り離し、新たな社内規定を公式につくり始めるとなれば、大変な時間と労力が必要となってしまう。ゆえに、まずは運用面での「特例扱い」で始めてみるのも一考だ。

 そして、将来的には軌道に乗った新規事業はカーブアウト(自社の事業の一部を切り離して、新会社として独立させること)したうえで、担当した社員には株式保有させるなど、創業経営者であれば当たり前のインセンティブを設計していただきたい。

 なんのインセンティブもないローリスク・ローリターンでは、新しいものを生み出す原動力としては迫力不足だ。

 独立起業のようなハイリスク・ハイリターンでは、わざわざ社内起業という選択肢をとっている意味がない。だから、わが社なりのミドルリスク・ミドルリターンを設計することで、企業における新規事業の加速につなげるのである。

 【2つの機能】支援と型化

 3つの切り離しと併せて、新規事業の開発部署には2つの機能を付加したほうがよい。それは、新規事業の最前線で戦っている外戦部隊が、内戦に手間をとられないようにするための「支援機能」と「型化機能」である。

 「内戦」というのは、少しでも本業に競合する可能性がある事業はご法度とか、これはどこどこの部署の管轄だから…というような社内調整であったり、根回しであったり、それこそ社内の利害対立、足の引っ張り合い、弱い者いじめまで、ベンチャーには存在しない、社内への配慮や既存部署との調整が発生することの比喩である。

 たとえるならば、事業を開発する担当者はボールを持ちながら、ひたすら前を向いて走っているようなものだ。ボールを持っているから両手はふさがっている。そこに、横から矢が飛んできたり後ろから切りつけられたりしたら、ほぼ無抵抗でやられてしまう。

 企業の規模が大きくなってくると、部署が違うと互いに何をしているのかが見えにくくなり、ましてや本業とは違う新しい事業は、試行錯誤の真っただ中にいると、先週、今週、来週で言うことが変わってしまうことが当たり前に起こる。

 そうした状態の中では、新規事業はともすると「単に知らない」ではなく、「一体、あそこは何をやっているんだ」「どうして見込みもないのに、あんなにリスクをとるんだ?」「頼むから本業の邪魔だけはしないでくれ」…と、社内に不満を含んだ声が上がる可能性がある。

 さすがに面と向かって「お前らは数字もつくらずに遊んでいる」と言う人はいないかもしれないが、社内にそのような心の声を少しでも感じてしまったら、事業に一意専心、100%没頭、というわけにはなかなかいかない。

 こうしたことを回避するためにも、新規事業の現場で何が起こっているのかを、適時適切に本業のみんなに知ってもらい、「新規事業で私のもっているノウハウが必要なら協力するよ!」というように、力を貸してもらうための「本業と新規事業との接着剤」のような機能が必要となるのだ。それが、「支援機能」である。

 また、その事業がうまくいってもいかなくても、その事業創出活動から「何を学び、何を得て、次にどう生かすのか」、新規事業に関するノウハウの蓄積と可視化が必要だ。

 なぜなら、せっかくの経験値も、放っておけば個人にしか蓄積されない。それを、「組織の経験値」とするために頑張る担当者が必要ということだ。それが、「型化機能」である。

 「ボールを持って走る人」が止まらずに全力疾走できるような支援機能ならびに、これからボールを持って走る人が同じ転び方をしないようにする型化機能を、新規事業開発部署には付加しておくことをおすすめする。

 【1人の戦士】

 「1人の戦士」とは、新規事業開発を担う人材のことだ。新規事業を形づくるうえで、担当者個人の力は非常に大きな意味をもち、どんな担当者を選ぶのかが事業の成否を分ける

 というのも、企業によく見られるような、悪い意味で「業務」と割りきってしまい、その事業を「自分ごと」として捉えることのできない新規事業担当者を配置しては、他にどんなリソースがあろうと、その事業は朽ち果てていくのが関の山だからだ。

 そもそも、給料日は給料が振り込まれる日だと思っている企業の担当者と、給料日は給料を払う日であり、売上をつくらなければ来月の生活がままならないかもしれない独立起業家とでは、「覚悟ベース」で大きな違いがある。

 そして、この事業にかける想いや切迫度合いの大きさは、事業の生死を分ける決定的な違いとして表れてくるため、ここにこだわりをもつ必要が大いにあるのだ。

 では、最適な人材を社内から発掘するためには、どのような工夫が必要かといえば、まずは大前提として、社長自身が当事者意識をもってやるということだろう。

 そもそも、新規事業はわが社の将来の収益をつくるものであり、だとすれば会社の未来を部下に創らせるというのは、社長の責任放棄以外の何ものでもない。だから、社長みずからがやるという当事者意識をもち、そのうえで社長直轄で専任者を置くことだ。

 間違っても、営業部や技術部などの既存事業に責任をもっている事業部長に兼任させてはならないし、その事業部に新規事業の責任を負わせてはならない。なぜなら、事業部に今期の既存事業の利益責任を負わせているかぎり、その収益を優先するのは当然のことだからである。

 今期の収益を生まない新規事業活動に人と費用を投入すれば、今期の収益を喰ってしまう。たとえ5年先に自社の収益の柱になるといっても、足元の利益責任を負っている立場の人間にすれば、今期の赤字は許容できない。だから、新規事業はあくまで社長直轄とし、その責任は社長が負うしかないのである。 

 さらに、専任の担当者には、経営者候補となる社内のエース級人材をつけることだ。たとえ、その人間が抜けることによって大きな打撃を受ける部門ができても、である。

 トップ人材を既存事業に縛りつけておきたくなる気持ちはわからなくもないが、それでは新規事業を軌道に乗せることはできない。それに、一軍を投入することは、「この新規事業を絶対に成功させるんだ」という、社長の強い意志を社内に浸透させるうえでも効果的である。

 そのうえで、前述したように評価を本業から切り離し、減点主義ではなく加点主義でモチベーションを与えるようにする。

 まずは手を挙げた時点で評価する。そして事業の成功度合いを見ながらさらに加点していく。そうやって、社内のトップ人材が迷うことなく、新規事業に挑戦できる環境を整えていってほしいのだ。

 「立ち上げ」のプロを育てる

 また、新規事業を「継続的」に生み出せる組織づくりを望むのであれば、1人の戦士を「新規事業のプロ」に育てるべく、連続して新規事業だけをやらせておくという人事戦略もあり得る。

 かつて、私がミスミに入社したときに創業社長の田口弘さんから、「新規事業だけを延々とやっている人は誰もいない。うまくいくとその事業の責任者になって出ていってしまい、失敗すると二度とアサイン(任命)されなくなってしまう。だから、先人の失敗が引き継がれず、いつまでたっても同じ失敗を繰り返すから、新規事業は死屍累々なんだ」と言われ、田口さんのもとで2社にわたり20年間も新規事業だけをやり続けたように、とにかくバッターボックスに何度も立たせて、長期的な戦略として社内に新規事業のプロを育てるのだ。

 社長はたしかに経営のプロであるが、新規事業のプロではない。下手をすると、事業を起こしたのは創業の1回だけ、あるいは後継社長なら0回の場合もある。

 つまり99%の経営者は新規事業の「量稽古」を積んでいない、ということである。これでは、そうそう上手くいくわけがない。

 もちろん一朝一夕に新規事業のプロが社内に育つことはあり得ないが、自社のモノサシを定め、量稽古を積ませていくことで、新規事業の成功確率は必ず上がっていくことになる。

 「本業と新規事業は違う」ということを全社で理解する

 以上、本業の汚染を回避する「3ー2ー1」の打ち手は、「本業と新規事業は別物である」という前提に立てば、なんでもない当たり前のことである。  

 そして大事なことは、こうした仕組みをつくるのは大企業のほうがずっと難しく、中小のオーナー企業ならば、社長の一言で一気に変えることができるということだ。

 まず社長が「絶対に新しい事業を生むのだ」と覚悟を決め、そのうえで全社に「なぜ新規事業をやるのか、どんな新規事業をやるのか」というモノサシや方針をはっきりと示すこと。そして、社長直轄体制のもとに専任者を置けば、中小企業の多くは本業の汚染を回避できるのである。

 一方、大企業は、こんなシンプルにはやれない。私の経験でいえば、3年同じことを言い続けて、ようやく一歩前進という感じだったりする。

 そうした重篤な病を患っている大企業に対する処方箋としては、法人を分け、物理的にも隔離する「出島戦略」をおススメすることが多い。出島組織をわざわざつくるということは、管理も含めダブルコストになるので、必ずしもベストだとはいえないが、本業の汚染から逃れるには有効な手段だと思っている。

 社内起業なのだから、まっさらからの起業でないことは明らかである。だとしたら、その企業の強みを最大限に生かすべきで、本業の社員たちと対立せずに協力してやれる体制を、「3ー2ー1」の施策を参考にして築いてほしい。

 本業と新規事業は違う。その前提に立ったうえで、本業があるからこその新規事業、というものを、創り上げてほしい。

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