ゲーム世界と西洋異国体験—RPGの鉱脈

2023年11月14日
全体に公開

 幼い頃、ブラウン管を通して夢中になったRole Playing Game。略称RPG、今や日常言語にまで浸透したゲーム・ジャンルの一つです。

 RPGと聞くと、

 スライム、ゴブリン、エルフ、チョコボ、世界樹の葉、ラグナロク、エクスカリバー(あるいはエクスカリパー)

 などのワードを思い浮かべ胸高鳴ります。

 それは勇ましい戦士の冒険物語。王国存亡の危機に立ち上がった伝説の勇者が、試練の果てに邪悪な魔王を倒し世の平和を取り戻す、これが典型的な筋書きでしょうか。沼地や山岳、洞窟や大海原を練り渡り、凶暴なモンスターとの戦いを通して経験値を積んでゆく。強力な武器や魔法・アイテム、そして特殊な能力・技術(スキル)をもつ仲間の加入は欠かせません。危険と困難の果てにようやくたどりつく「ラスボス」との決戦。RPGの道のり—〈冒険のフィールド〉—は長く険しいものです。

 それゆえ感情は揺さぶられます。強いモンスターと遭遇したときのスリル、新たな仲間が加わったときの喜び、冒険の記録が消えたときの絶望感、複雑な迷宮をクリアした後の達成感、魔法の絨毯に乗り未踏の地を一気に駆け抜ける爽快感など。なにより、文字通り与えられた “role” を “play” するうちに、全ての出来事がまるで自分に降りかかったことのように思わせるあの没入感といったら。かくして、冒険のフィールドは私に豊かな経験値と楽しい思い出を授けてくれたのです。

 あまりプレイしなくなった今でも、RPGのサウンドを聞くたびに心に染みわたり、あの頃の懐かしい記憶と興奮を呼び起こします。これはもはや個人の郷愁にとどまりません。一体誰が想像したでしょうか、東京オリンピックの開会式のあの一幕を、歴代のRPGの楽曲が流れたあの感動的光景を。冒頭を飾った『ドラゴンクエスト』の「序曲:ロトのテーマ」をはじめ、複数のゲーム音楽が会場に鳴り響き、各国を代表する〈勇者たち〉の行進を讃えました。『ドラクエ』の序曲に象徴されるように、それはRPGが日本の誇る一文化となったことを鮮烈に印象づけた瞬間でした。

 世界に発信される日本のRPG文化、一方で幼少期の私にとってそれは異国への扉を開くような体験でした。アイテムやモンスターなどカタカナ表記で溢れ、異文化の感触がそこにはありました。聞き慣れない地名や呪文の名前はいつしか心地よい言葉となり、非日常が日常風景の一部となっていました。

 また、RPGの舞台は機械やテクノロジーが発展した現代的な空間というよりも、城下町やエルフの村、草原や深い森といった自然の残る昔風のセッティングでした(移動手段も車や電車ではなく、やはり「馬車」がしっくりくる)。『ドラクエ』シリーズのタイトルを見ても、「そして伝説へ…」「幻の大地」「過ぎ去りし時を求めて」など古めかしく幻想的なフレーズが並びます。RPGの魅力の一つ、今思えばそれは異国の趣かつ過去の面影を残す世界観にあったのかもしれません。

 私は「英語」文化のルーツやその変容について研究していますが、ある時、小さい頃にぼんやりと抱いていたこうした感覚があながち的外れでなかったことを知り、気持ちが高揚したことを覚えています。現に、日本のRPGはその黎明期から主にアメリカのコンピュータゲームを経由し、西洋の古い神話や伝説を数多く取り入れていたのです。とくに〈中世〉と呼ばれる時代の物語は重要な資源となっています。西洋中世に紐づく有名な物語として、アーサー王伝説、騎士道ロマンス、グリム童話、北欧神話などがあります。これらは「ファンタジー」世界と抜群の相性を築き、RPGに格好の素材を提供し続けています。

 思えば、21世紀はファンタジーの大作とともに幕を開けました。2001年に公開された映画『ハリー・ポッター』シリーズ、そしてピーター・ジャクソン監督の映画『ロード・オブ・ザ・リング』三部作は2001年から2003年に公開され(日本では2002年から2004年)、爆発的人気を博しました。これらの映画や原典の小説はやはり中世の文学素材を用いて魔法の世界を作り上げています。1980年代後半に産声をあげた『ドラクエ』や『FF』シリーズは、後のファンタジー隆盛へ弾みをつけたことでしょう。それは決して「ファイナル」ではなく新たな「ファンタジーRPG」の始まりだったのです。

 今日、ポップカルチャーに潜むこうした西洋中世の歴史的遺産は注目を集め、研究がますます盛んに行われています。映画やアニメ、マンガに加え、RPGは大衆文化の重要な一角を占めています。中世の文化がどのように受容され変容していったかを探る営みは総じて「中世主義研究」と呼ばれます。この学術的動向の背景には、きっと私のようなゲーム経験をもつ世代が増えたことも関係しているでしょう。RPGを単なるフィクションとして片づけるのはもったいない、興奮と楽しみを共有し学術的にも裾野を広げていきたい、という思いが感じられます。

 RPGに広がる〈冒険のフィールド〉は歴史文化が刻まれた創造的な土壌、西洋文明を知るための知識の泉。そう捉えることでまた違った面白さが発見できるのではないでしょうか。本トピックスでは、私の中のおぼろげな記憶をたよりに、ポップカルチャーに眠る教養の鉱脈を探ってみようと思います。

応援ありがとうございます!
いいねして著者を応援してみませんか



このトピックスについて
樋口 真章さん、他108人がフォローしています