【検証】ラクスル報酬設計は株主総会で承認されるか?(+先日設計考察の答え合わせ)

2023年10月18日
全体に公開

9月12日に公表され話題となったラクスル新社長の報酬設計。私も発表当日にトピックスの記事を公開し、多くの方に読んでいただきました。今回、当事者のインタビュー記事が公開されていたので、「答え合わせ」をしてみたいと思って読みました。自己採点ですが、ほぼ満点ではなかったでしょうか(笑)くれぐれも、私はインサイダーではなくアウトサイダーです。

内容解説自体は以下の前回トピックスを参照いただくとして、今回はインタビュー記事を読んだ上で、大事だと思った点をまとめておきたいと思います。当事者である新CEO、当事者である報酬委員長、そして自ら社長交代を経験した創業者(SmartHR)という3名がインタビューにて報酬設計について発信している内容は、日本では初めてではないでしょうか。私の発信も含めて、報酬設計の重要性が日本でもっと認知され、スタートアップ・エコシステムの発展の起爆剤となり、そして日本全体のROE/PBRの向上に繋がればと思います。

総論雑感

今回株式報酬設計は3階建てですが、「規律、期待、覚悟」という3つのキーワードはしっくりきます。私もSmartHRの報酬委員長を含め多くの上場未上場スタートアップの報酬設計に関わっていますが、ラクスル社が重視した「ステークホルダーとアラインしているか」「付与者にとって納得感があるかどうか」という2点は私もいつも強く意識している点です。

「ステークホルダーとアラインしているか」⇨ ステークホルダー・アライメント
「付与者にとって納得感があるかどうか」⇨ 実効性の担保

報酬設計で意識している重要ポイント2点

なぜこれが大事かというと、株式報酬設計は株主価値の一部を切り出して経営者に付与するものなので、ステークホルダー(株主)の承認事項となっており、これがコンフリクト(利害関係)がある状態だと、原則反対されることが多くなるからです。さらに、ステークホルダーとの関係性を良好に保つ上で、企業価値の向上は極めて大事であり、その点でベクトルがしっかり揃っていることが大事だからです。私は、これを「ステークホルダー・アライメント」と呼び、極めて重要なチェックポイントと考えています。

もう一つは付与者の納得感。これはなぜ大事かというと、付与者(経営陣)もステークホルダーであり、付与者のインセンティブや目標と合致(アライメント)していないと、結局頑張りきれないし、頑張り方のベクトルがずれてしまい、最終的にはステークホルダー全体のアライメントが乱れてしまうからです。付与者もステークホルダーの一部と見なせば当然大事だというのが私の考え方です。

その上で、もう一点補足しておきたいと思います。通常、報酬設計を行い際にはベンチマークを必ずします。ベンチマークとは、比較対象として適切な会社を選定し、その報酬設計や水準を調査し、平均値や最大最小値などレンジを把握するものです。これ自体は有効な方法ですし、報酬設計の合理性や競争力を確認する上では不可欠とも言えます。ただ、それには副作用があります。それは「現時点で浸透」している報酬の「平均値」になりがちだということです。

結果的に、ステークホルダー・アライメントも納得感も十分に吟味されないことが多くなりがちなのです。平均値が会社にとって最適であり、納得感があるものとは限らないからです。だからこそ、報酬委員長としてこの2点をバランス感をもって担保できるかが力量が求められる部分であり、資本市場経験(IR含む)というスキルセットや、取締役会や経営陣との関係性(対話の前提)など通常の経営力・ガバナンス力の有無が、報酬設計の成否に大きく関わってくるわけです。

実際に設計してみて難しさを感じたのは、報酬というテクニカルな部分だけでなく、人事的観点などさまざまな要素が入り交じることです。会計やリーガル、税務が連携することはもちろん、投資家との対話も重要なので、IRの知識も必要です。そのうちの1つでも欠けてはいけない。コーポレートとして極めて高度なレベルが必要
NStockインタビュー記事より抜粋
ラクスル決算説明資料より

改めて会社側が意識した設計のポイントを列挙しておきます。

RSU・・・10年しっかりコミットしてほしいという「信頼」の証。同時に、「粗利成長率15%」という「規律」の証でもある。

有償SO・・・高い業績条件に対する大きなリターンとなるための「期待」の証

買付・・・永見さんが銀行や会社から資金を借りてリスクを負い、松本さん及び市場から買い付けるものであり「覚悟」の証

投資家の賛同が得られるか?

報酬設計は10月26日定時株主総会にて株主に是非が問われます。普通決議事項ですから、過半数の賛成が必要です。ポストIPOスタートアップのみならず報酬設計の先行事例として、投資家の賛否は今後の事例にも影響を与える注目ポイントです。

記事を拝見すると、10月26日の定時株主総会に向けて必ずしも賛同できない株主が存在することがわかります。その背景として、国内機関投資家を中心に議決権行使ガイドラインを満たしていない提案については賛成できないという背景があると読み解けます。

議決権行使ガイドラインとは、ISSやグラス・ルイスなど、機関投資家向けに議決権行使を行う際の判断基準を開示している機関であり、コーポレート・ガバナンスの進化、会社法の変化に応じて、日々基準を見直している機関です。機関投資家は基本このガイドラインを参照しており、これに準拠するか否かは機関投資家固有の判断にはなりますが、極めて機関投資家の議決権行使に影響を与える存在です。

機関投資家は、経営陣への株式報酬付与など、株主総会での決議を要する議案について、それぞれに議決権行使ガイドラインを定めています。株式報酬について、「譲渡可能になるまでの期間がx年」といった条件を満たしていないと、原則その議案に対して反対する、といったことを行います。
NStockインタビュー記事より抜粋

今回の設計では一部議決権行使ガイドラインに沿っていない内容が含まれるようです。その点において、海外機関投資家でも反対票を投じる可能性はあるが、原則、ステークホルダー・アライメントが取れているという反応をもらっており、多くが賛成に回るという手応えを感じているようです。

ここまでは海外、国内いずれの機関投資家についても同じなのですが、海外投資家の方々は「CEOにインセンティブ付与がない会社には投資したくない」と、企業価値向上のためにCEOへインセンティブを設計することは望ましいことだ、として、報酬設計の趣旨や全体感を理解した上でほとんどの方々が賛成の意向を表明してくれています。
NStockインタビュー記事より抜粋

一方で、国内機関投資家はガイドラインに沿っていないという形式基準に沿った判断をする可能性が高い投資家が一部いるという含みを感じました。実際の判断はわかりませんが、報酬設計後進国である日本を見ている投資家と、グローバルな報酬設計をベースに投資行動をしている海外機関投資家で判断基準に差が出るかは注目したいところです。日本のエコシステムを発展させるには、機関投資家もステークホルダーの一部ですので、会社だけではなく投資家も一緒に進化、発展していければと思います。

一方、国内の機関投資家についていうと、日本ではラクスルで提示したような報酬パッケージの前例がなく、検討に時間を要しているケースが少なからずあります。
NStockインタビュー記事より抜粋

議決権行使の票読みはどうなる??

外野がどうこういうことではありませんが、議決権行使のポイントを整理してみましょう。

議決権を有する株主構成を見てみましょう。実に73%が機関投資家であり、過半数の賛成を得るためには機関投資家の賛成が不可欠になります。

ラクスル決算説明資料より

株主権利日は7月31日ですから、新社長交代前の株主に「新社長への信任」「報酬制度」への納得感を問うことになります。7月31日の株価が1,403円、報酬制度発表日の9月12日には1,533円をつけていましたが、現在1,168円と17-24%程度株価が下落しています。希薄化分は3%程度ですから、株価だけ見ると厳しい評価とも言えます。一方、この1ヶ月、日経平均はほぼ横ばいですが、マザーズ 指数は10%程度下落しており、この影響を加味すると少し弱ぶく味というところかもしれませんが、いずれにせよ株価だけ見ると、いったん様子見の投資家も多いのかもしれません。

仮のケースで票読みをシミュレーションしてみましょう。過半数を上回るには、以下のような得票になります。このケースで79%になります。

海外機関投資家(43%):仮に議決権行使比率が100%、賛成90%とすると39%得票

国内機関投資家(30%):仮に議決権行使比率が100%、賛成50%とすると15%得票

個人投資家(12%):仮に議決権行使比率が100%、賛成80%とすると10%の得票

役職員(15%):仮に議決権行使比率が100%、賛成100%とすると15%得票

機関投資家の判断が最も重要ではありますが、個人投資家の議決権行使行動(行使するか、賛成するか)が次に重要になります。最も悲観的なケースだと、国内機関投資家がガイドラインに沿った判断を一律した場合になりますが、その場合は海外機関投資家と個人投資家の賛成率がざっくり2/3程度必要になります。

議決権行使の結果は、それが公表されてからみてみたいと思いますがので、今日のところはこの辺りで。

報酬設計という日本が最も遅れている分野の進化こそ、日本の復活、競争力を変えていくキードライバーだと思います。是非、皆で注目していければと思います。

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