市場がパニック状態の時にポートフォリオを評価する方法

2023年10月6日
全体に公開

今週は早速ですが、前回の記事で触れた重要なポイントについて深めていきたいと思います。わたしの懸念は、スタートアップの世界が今、必要以上にパニック状態に陥っているのではないかということです。それは非合理的であり、非常に有害なことです。

先週説明したようにわたしたちは現在、業界の危機に面しているのではなく、ごく一般的な「市場停止」の状態にあるのです。この一時停止はその都度固有のものですが、インフレ、企業業績、地政学などの不安定さという基本的な要素が組み合わさって起こるものです。

わたしが特に伝えたいことは、市場が停止しているときにも、起業家、ベンチャー投資家、LP投資家が生産的に対応する方法はあるということです。その方法として、Sozoベンチャーズでどのようにポートフォリオの状態を評価し、CEO(起業家)に対する適切な支援を行っているのかをご紹介します。特に起業家への支援の在り方については、日本のエコシステムのイノベーションリーダーに知ってほしいことです。

前回の記事でも述べた通り、共同創業者の中村幸一郎は、日本でパニックが拡がっていると言っています。これは、時代遅れの会計制度が原因となっており、アップデートする必要があります。その中で重要となる信頼の構築は、感情的なスキルであると同時に、約束やコミットメント、感情や誠実さによって築き上げ、維持する必要があり、わたしたちが積極的に行うダイナミックな活動です。

では、市場全体が大きく停滞している状態のときに生産的なベンチャー投資家となるにはどうすればよいのでしょうか?VCとしてはこの市場の状態に苛立ち、怒り、パニックになることもあるでしょう。しかし、良い機会と捉えることもできます。自社の状態を評価し、起業家の様子を確認し、会社としての戦略的な軌道修正を行う機会にもなります。

Sozoベンチャーズ、あるいはその他の良いVCは、コミュニティのメンバー、特に投資先の経営陣の安泰を最優先事項にします。なぜならば経済状況によって最初に大きな打撃を受けるのが彼らだからです。わたしたちが支援している起業家には、典型的な特徴があります。まず「天候」にあまり左右されません。何があってもとにかく前に進みたいという思いがあり、どんなときも楽観的な見方をします。ポートフォリオの成長が鈍化し、手元資金が縮小している「停止状態」の今こそ、VCが起業家との関係を強化し、支援するまたとない機会なのです。こういうときこそ、起業家たちは心の奥底にある懸念や恐れを共有し、VCからのさまざまな支援に対してオープンになるのです。それに対してわたしたちは最高の力を発揮しなければなりません。困難なときが、一流のVCにとって評判を高める絶好の機会なのです。

スタートアップの状態は大きく3つのパターンがありますが、停滞期に彼らを支援するためにはそれぞれを理解する必要があります。最初のパターンは、基盤が強く順調に成長している企業です。このような企業は帳簿価額は下がるかもしれませんが、長期的にはそれほどは問題になりません(このことについては今後別の記事で掘り下げたいと思います)。こうした企業に対しては離れたところで見守り、必要があれば声を掛けてもらえる体制を整えれば良いでしょう。

その反対に全くうまくいかず、この先も見込みがない企業があります。その多くは一部を売り渡すか、完全に廃業となります。これは関与している全員にとって難しい決断となります。しかし、早めに解決すれば皆が他のより楽しいアイデアに注力できるようになります。

わたしたちSozoベンチャーズで働く全員が、リスクとリターンの計算を通じて、Zoom、Coinbase、Squareのような大きな成功の陰には、うまくいかなかったアイデアが相当数あることを知っています。そのため、最も優秀で経験豊かなLP投資家は、VCが損失を素早く償却し、より有望な投資先にリソースを投入することを望みます(VC業界では「間違っていたときは1倍の損しかしないが、正しかったときには100~300倍の儲けになる」という教えがあります)。そのため、わたしたちはどんなに辛く、惨めであっても、そのような決断をする必要があるのです。

最も難しいのは、上述の両極端の中間にある企業です。将来有望ではあるが、まだ拡大展開できる販売モデルを見つけ出すことができていない、もしくは粗利率がプラスで推移していない企業との仕事です。わたしはCEOがこの難問を解きながら進路を決めていく支援をするときにやりがいを感じます。おそらく経験が豊かなVC仲間は同じように考えているのではないかと思います。まさにこうした状況でわたしたちは実際の変化をもたらすことができるのです。

そして、これがVCとして役立つことの本質だとわたしは思います。しかし、難しさもあります。わたしたち投資家が手助けすることに前向きでも、こうした状況に置かれた起業家はわたしたちの関与を歓迎しないことがあります。たとえ最もうまくいっているときであっても、ほとんどの起業家が基本的に投資家を信頼していないからです。経験不足あるいは倫理観の欠けたベンチャー投資家によって起業家の状況対応がうまくいかなかったり判断を狂わせたりしてしまったという、過去の積み重ねやストーリーがあまりにもたくさんありすぎるのです。そうした悪いストーリーは緊密な起業家ネットワークの中で出回ってしまいます。

起業家が市場の現実に直面し、楽観性が低下し、突き進もうとする意欲がくじけているときは、こうした心理的な距離によって極度のパニックが起こる可能性があります。また、コミュニケーションを最小限にし、自分の身を守ろうとする根強い本能が暴走することがあるのです。

だからこそ、VCは起業家や投資家との信頼構築をすることが最も重要であるとわたしは信じています。そしてSozoベンチャーズもそれを目指しています。スタートアップの世界のルールは誰にとっても初めてなので、信頼構築は厄介なものです。Sozoベンチャーズでの信頼構築の大部分は、パートナーにわたしたちが世界をどう捉え、どのように積極的な行動を取るつもりなのかを教育することです。そして、そのためのシンプルなルールは次の通りです。これは、わたしの最初のメンターであるMorgan Holland Venturesのジム・モーガンに教わりました。「机もあり、電話もある。さあ良い取引をしなさい。」この言葉は腹立たしいくらいにシンプルですが、時がたつにつれて理解できてきました。まずレベル1で理解すべきことは、良い取引というのは、安く買って高く売ることです。シンプルですよね?

レベル2は、理解するのがより難しくなります。株式購入からIPOや買収の成功までの間に起こることは、あまりに変化が激しく予測不能なため、リアルタイムでの「評価」を算出しようとするのは不可能です。しかし、共同創業者の中村幸一郎によると、これが日本でのビジネス慣行であり、根拠の無いパニックの主な原因なのです。わたしたちが取るべき重要な行動は、落ち着いて今の瞬間に集中し、顧客をさらに喜ばせたり、ユニット・エコノミクス(顧客1人当たりの採算性)を高めたり、ビジネスの文化をより良いものにできるように起業家を支援することなのです。

もし、わたしたちがこの仕事を正しく行ってきたのであれば、わたしたちは過去数年の安定的な成長や資金繰りのために、起業家を持続的、積極的に支援してきたということになります。「今あなたとあなたの会社で本当は何が起きているのでしょうか?」と率直に尋ねるような関係ができているはずです。

(監訳:中村幸一郎(Sozo Ventures)、翻訳:長沢恵美)
(図版:Unsplash/Tonik)

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