やみつきになる触感で魅了する、デジタル時代の「物理的なUXデザイン」

2023年9月30日
全体に公開

昔、「∞(無限)プチプチ」という商品があった。荷物の配送時に使う気泡緩衝材のプチプチを潰す快感を無限に味わえるようにした「触感玩具」だった。と、過去形で書いているが、調べてみたら何と2021年に「∞プチプチAIR」に進化を遂げていた。公式サイト情報によると、旧モデルは2007年の発売以降、累計260万個以上販売している大ヒット商品だったのだ。

出典:https://toy.bandai.co.jp/series/mugenputiputi/
出典:https://toy.bandai.co.jp/item/detail/12010/

バンダイが、東北大学+日立ハイテクによる脳科学カンパニーNeUと共同で、20~30代男女33名を対象に行なった実験では、∞プチプチAIRで遊んだ人の方が遊ばなかった人よりも課題正答率や脳活動が維持され、安静時に心拍が落ちつくことが認められたそう*¹。元々の緩衝材は、そのためにあの形にした訳ではないが、プチプチの効果、恐るべし!という感じだ。

「触感」には、情動を刺激する要素があるらしい。

ヤクルト広報室が発行する健康・科学情報誌「ヘルシスト」に掲載されている、京都大学大学院人間・環境学研究科総合人間学部助教授の山本洋紀氏のお話によると、

触覚刺激は、自分の内側で生まれたパーソナルな感覚として捉えられる。
 (⇔視覚や聴覚は、刺激を自分の外にあると感じる)
触覚と視覚は互いに刺激し合う関係である。

とのこと。
この記事でも紹介されている「ラバーバンドの錯覚」(1998年に神経科学研究者のマシュー・ボトヴィニック氏らが発表)が、それを表していて興味深い。

出典:https://healthist.net/biology/1560/#:~:text=%E8%A7%A6%E8%A6%9A%E3%81%AF%E4%BB%96%E3%81%AE%E6%84%9F%E8%A6%9A,%E6%84%9F%E3%81%98%E3%82%8B%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%A0%E3%80%82

自分の手をついたての向こうに置き、目の前にあるゴム手袋が筆で触られると、自分の手が筆に触られているように錯覚し、ゴム手袋を自分の手のように感じてしまうそう。
こういう状況は、普段の生活であまりなさそうだが、人が怪我をした時に自分も痛く感じるのも、もしかしたら同じ知覚作用なのかもしれない。

近年は、デジタル領域においても触感を人工的に再現しようとする試みが行われている。

Playstation 5のコントローラー「DUALSENSE」は、触感提示技術を搭載し、ゲーム上のプレイヤーが受ける衝撃や感触を手元で実際に感じられるようにしている。

出典:https://www.playstation.com/ja-jp/ps5/

振動を感じさせるハプティックフィードバックと、張力を体感できるアダプティブトリガー。画面上の動きから受けるバーチャルな感触にリアルな感触が加わると、臨場感や没入感は倍増しそうだ。

ソニーは昨年、建設中のGinza Sony Parkに隣接する実験スペースSony Park Miniで、「床は人を旅に連れて行ってくれるのか?」と称したハプティクス床面の展示を行っていた。

出典:https://www.sonypark.com/mini-program/list/006/
出典:https://youtu.be/JhY6vV94zG8?si=Ap3dDjxziLbi54T-

水たまり、うす氷、砂浜の触感を微細な振動による触覚提示技術で床面に再現。触覚に視覚と聴覚を組み合わせたクロスモーダル知覚(五感の相互作用)で、足元にリアルな感触を与えるというもの。子供の頃、冬の朝の登校時に表面が凍った水たまりを踏んで割るのを競った思い出がある。あの感触は、快感だった。このハプティクス床面をオフィスに導入したら、ワーカーのメンタルヘルスに一役買うかもしれない。

出典:http://52.193.36.16/others/gashapon-bandai-officialshop/

「ガチャガチャ」のハンドルを回す感触も快感だ。あれは故意に硬くしているのではないか。力を入れ回し切った時の手応え、ガチャッという音、そしてカプセルが転がり落ちる響きがセットになってある種の達成感が得られる。あれがタッチパネルになったら魅力が激減するだろう。

自分事として体感する物理的な触感UXは、究極のエモーショナルバリュー

様々なものがデジタル化し、タッチ操作や音声入力で物理的な要素が少なくなる現状においても、このように「手応え〜心地よい抵抗感」は、人々にささやかな幸福感をもたらしている。幼い頃からスマホが存在するZ世代にインスタントカメラ「チェキ」が人気なのも、ひょっとしたらあの撮影した感を体現する物理的な動きにあるのではないか。

UXデザイン(UX=User Experience)は、アプリなどの画面のUIデザインに限定して語られることが多いが、それだけではない。「物理的なUXデザイン」もある。むしろそのリアルな触感が、リラックス効果などの脳に良い刺激を与えることから、ウェルビーイングデザインとしての優位性もある。

プチプチやガチャにあるようなやみつきになる感触は、実用的なプロダクトにもみられる。そこで、筆者がこれは!と思うものをピックアップし、以下の視点で考察してみる。

① クリックやスライドの感触が快感なプロダクト
② レトロな操作感を敢えて残して魅力とするデジタル製品
③ あまり歓迎されない自然現象をエモーショナルな体験に変える生活用品

① クリックやスライドの感触が快感なプロダクト

歌舞伎町タワーのトイレで筆者撮影

比較的新しい商業施設や劇場のトイレに入ると、TOTOのウォシュレット用の「エコリモコン」に遭遇する。このリモコンは、スイッチを押す度に電磁誘導で発電して通信する仕組みにしているため、電池も電源も不要であるのが特徴だ。その点でも非常に画期的なのだが、わたしはこのスイッチの「カチッ」とする押し心地が、たまらなく気に入っている。恐らく、発電のために必要な操作性なのではないかと推測するが、∞プチプチ同様に、癒しの幸せホルモンが分泌されているような気分にさせてくれる。

出典:https://www.dyson.co.jp/lighting/csysb2b.aspx?sc_device=default

2015年に発売されたダイソンのLED照明器具「Csys」のアームの動きも快感だ。建設用クレーンからヒントを得た、滑車と錘の原理で左右上下にスライドする「3 Axis Glideモーション」の動きの感触が心地よい。適度な抵抗感があるのが、その心地よさをもたらしている。

出典:https://www.dyson.co.jp/lighting/csysb2b.aspx?sc_device=default

② レトロな操作感を敢えて残して魅力とするデジタル製品

出典:https://instax.jp/mini_evo/#top

スマホのカメラ性能の向上の煽りを受け、デジカメ市場が縮小傾向にある中で大ヒット商品となった富士フイルムのインスタントカメラ「Instax mini Evo」。デジカメなのに敢えてフィルムカメラにあった「巻き上げレバー」をプリントボタンとして搭載している。アルミと黒の革シボの組み合わせもレトロだが、巻き上げレバーはさらに昭和だ。

出典:https://youtu.be/UnveFHcLp6M?si=F1YlKzowt4PHi_9w

このレバーを引くと裏側の画面に表示される写真がスライドして、まるで画面の中からプリントされたように印画紙が排出される。このギミックもきっと、ユーザーにとって同製品の大きな魅力になっているのだろう。

以前、「なくても困らないが、あると嬉しい遊び心のデザイン」について書いた。そこではイースターエッグと呼ばれる、デザイナーがこっそり忍ばせたいたずらっぽい表現を採り上げたが、この巻き上げレバーの仕掛けのような物理的なUXデザインも同じように、なくても困らないが、あると嬉しい幸せのデザインである。

物理的な煩雑さがなくなり、すっきりとした見た目になったデジタル製品が、敢えてレトロな操作感を残してそれを魅力とするのは、プロダクトの「ポストモダン現象」と言えるのかもしれない。20世紀に建築史上に現れた、機能美を追求しシンプルさを極めたモダニズムのムーブメントに対抗して、古典建築の様式美をアイコンとして採り入れたポストモダンが誕生したように、近年のプロダクトにおいても進化の過程でユーザーを楽しませるエモーショナルな部分まで削ぎ落とされることを阻止しようとする作り手の気持ちが自然と働いているように感じる。

出典:https://youtu.be/HMfGv1O3tHU?si=BkMWSOh5axXbt-yR

来年発売予定のMINI Cooperの新型EVも、インターフェースを円形のタッチパネルにして新規性を出す一方で、

MINIの愛好者にとって大切な要素である「トグルスイッチ」は、なくさずにキープ。

出典:https://youtu.be/HMfGv1O3tHU?si=BkMWSOh5axXbt-yR
出典:https://www.apple.com/jp/watch/

Apple WATCHの「デジタルクラウン」も、スマートウォッチでありながら従来の腕時計を象徴するリューズを搭載。

こうして見ると、デザインの評価が高いブランドほど、物理的な触感によるユーザー体験を大事にしている印象がある。

③ あまり歓迎されない自然現象をエモーショナルな体験に変える生活用品

出典:https://theshopyohjiyamamoto.jp/shop/goods/goods.aspx?goods=DK-U01-906-3-02

憂鬱な状況を快楽に変えるプロダクトもある。

ファッションブランドのヨージヤマモトが2017年にdiscordブランドから発売した「Umbrella」は、生地が雨を弾く音を楽しめるようにした傘。ポリエステルを超高密度で織った生地で水滴を弾くようにした、福井洋傘の濡れない傘「ヌレンザ」をベースに、生地の張り具合や骨のカーブを細かく調整し、雨が当たる音と心地よい音に調音したものである。140,800円する高額商品なので、欲しくても買えないが、その雨音の響きは体験してみたい。
雨音には、1/fゆらぎ(規則性と不規則性が調和したリズム)のヒーリング効果があるようで、脳がα波を発する高周波が含まれているそうだ*²。普通の雨傘でも癒されるということになるが、この調音傘ならより一層α波が放出されるのではないか。先に挙げたソニーのハプティクス床での水たまりやうす氷の触感再現にも近いものがある。

出典:http://info.pref.fukui.jp/tisan/sangakukan/jitsuwafukui/fashion/177.html(福井洋傘のヌレンザ)

デジタル時代においても「物理的な手応え」はマスト

こうして書いていて、改めて考えると物理的な感触が心地よいものが激減していることを実感してしまう。デジタルのタッチ操作の方が、物理的な縛りがなく機能を拡張できるメリットがあるので、そちらに移行するのは無理もないが、自分の内側でパーソナルな感覚として捉えるリアルな触感刺激がなくなるのは寂しい。

自分の話で恐縮だが、大昔に琴を習っていた時に、琴屋に行くと店の奥で職人さんが三味線の弦を張っているところをよく見掛けたのを覚えている。それがとても羨ましく憧れた。竿の上部にある糸巻きをキュッキュッと音を立てて回すのが気持ちよさそうに見えたからだ。

子供の頃の思い出にはそうした物理的な感触がある。スマホネイティブなZ世代やα世代にもそういう感覚はあるのだろうか。近所の公園で小さい子どもたちが水鉄砲を手に駆けずり回っているのを見ると、昔と変わらないのかなとも思う。「手応え」は、人間の本能的な欲求にあるのかもしれない。ウェルビーイングが重視される時代に「物理的なUXデザイン」の取り組みも活発になって欲しい。そして、わたしたちを魅了して欲しい。

  最後までお読みいただき、ありがとうございました。(o^∇^)ノ
(トップ画像は、「てがきですのβ」のイラストを組み合わせて作成いたしました)  

《脚注》
*¹ 出典:NeU「【共同実験】株式会社バンダイの新製品『∞プチプチAIR』の集中・リラックス効果を検証しました」2021.6.15

*² 出典:SOUND DESIGN「『雨の音』がストレス解消に良いのはなぜ?オフィスBGMによる休憩時の『雨の音』効果」2018.5.18

トリニティ株式会社は今年、25周年を迎えました!(^ω^)☆

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