「アレ」の写真がインパクトを生んだのはなぜ? 撮影者のフォースの使い道

2023年9月30日
全体に公開

少し前の話題になりますが、X(旧Twitter)で目にした方も多いであろう、写真。阪神タイガース18年ぶりのリーグ優勝から50分後の「アレ」。

道頓堀に飛び込む、まさにジャンプの瞬間が美しく切り取られた報道写真です。

共同通信・大阪支社のnoteに、この一枚の奇跡的な写真がどのようにして生まれたのかという背景が掲載されています。撮影者のコメントからは、報道カメラマンとしての責任と覚悟が伝わってきました。

写真は「撮ったら終わり」ではなく、その後どこで誰に見せるのか。そしてどういった批評やフィードバックを受けるのかまでを含めて、初めてメディアになります。

以前「ポートレート撮影の究極のコミュニケーションは、心理学『トンネル視野』と同じ?」という記事を綴りました。ここでは、ポートレイト撮影は、相手をShoot!する行為であり、乱暴な側面があることを綴りました。そして、撮影者と被写体の間には濃密なエネルギーの交換が起こり、それが写真が持つ画力に繋がっていることもテーマのうちでした。

今回の「アレ」の写真の一連の広がりは、「写真を見る人」も含めたメディアとしての力と広がりがあるトピックだったな、と感じています。

UnsplashのROBIN WORRALLが撮影した写真   

撮影者×被写体×写真を見る人=メディア

メディアが威力を持つためには「写真を見る人」の母数が増えることが条件となります。

その上で、撮影者、被写体、写真を見る人がどういった関係性で結ばれているかで、印象やインパクトが変わってくるだろう、というのが本日の趣旨になります。

1)撮影者と被写体が、どういった関係で結ばれているか

2)撮影者が「写真を発表する」ことに対して、どういった意味を見出しているか

3)被写体は「写真が他人に見られる」ことにどういった感情を抱くか

4)写真を見た人は、何を感じるか

ダースベイダー型

メディアでネガティブなインパクトをもたらした事例で記憶に新しいのが、YouTubeにアップされたスシローペロペロ事件でしょう。(写真ではなく動画だったわけですが、メディアとしての枠組みで取り上げさせていただきます。)

それぞれの関係性をみてみましょう。

1)撮影者と被写体の関係:

└良好とは言い難いです。撮影者である動画投稿者が、被写体であるスシローを最初から欺いているからです。(ご自身が被写体という考え方もあり、それでも自分を陥れるような行為に感じます)

2)撮影者が「動画を発表する」ことにどういった意味を見出しているか:

└より多くの人に注目され、インパクトを得ることを目的にしていました。

3)被写体は「動画を他人に見られる」ことにどういった感情を抱くか:

└被写体は、動画を見られることには否定的であることは想像に難くありません。

4)動画を見た人は、何を感じるか:

└動画を見た人は、嫌悪感や不快感などの、強いネガティブな感情を抱きます。言うまでもなく、「この強い感情」が一連の騒動を引火させており、撮影者はそれを狙っていたわけです。

UnsplashのPiotr Makowskiが撮影した写真   

少年はなぜこういった手法で世間の注目を浴びようと思ったのか…その背景は知りようがないので、一旦ここでは悪の道にフォースを使ったということで「ダースベイダー」と名付けることにします。

※ダースベイダーとは、映画「スターウォーズ」の中に出てくるキーキャラクターですが、元から悪だったわけではなく、愛を求めるがゆえに悪に転落していった…というのが趣旨です。

友情型

阪神タイガース優勝の「アレ」の写真を見ながら思い出していたのが、写真家・梅佳代さんの「男子」という作品でした。

ここでも、それぞれの関係性をみていきましょう。

1)撮影者と被写体の関係:

撮影者は少年たちの様子に魅了されており、かつ少年たちは「注目されて嬉しい」という子ども心を発揮しています。お互いへの意識が感じられて、撮影者と被写体の間の絆がこの画力に繋がっています。

2)撮影者が「写真を発表する」ことにどういった意味を見出しているか:

写真家として作品を発表するということは、「自分にしか撮れないものを撮り、自分の名前で社会に発表していく」という覚悟を持った取り組みです。コミットメントが非常に高く、人生をかけたシャッターだといえます。

3)被写体は「写真を他人に見られる」ことにどういった感情を抱くか:

ここが、様々に分かれる点です。被写体は、全国の人に見られたくて写真に写っているわけではありませんが、「紙になる」ことへ喜びもあるかもしれません。一方で、親御さんからの反対や非難の声はずいぶんと大きかったことも聞いていますが、許容できる親御さんもいるように感じます。

4)写真を見た人は、何を感じるか:

写真を見た人は、ユーモラスさ、少年の初々しさ、うめかよの世界観などに、強いポジティブな感情を抱きます。中には「道徳的に考えてけしからん!」と思う方もいるかもしれません。それでも世間の評価というのは概ねポジティブなものだと言えるのではないでしょうか。

Unsplashのtyler nixが撮影した写真

言うまでもなく、この「強い感情」が、うめかよの作品が世の中に広まり、うめかよが写真家としての地位を築く重要な要素になっています。

「アレ」の写真は?

同じように、関係性を見てみましょう。

1)撮影者と被写体の関係:

撮影者は、その瞬間の出来事に心が奪われており、無心でシャッターを押している状態。撮影者が一方的に被写体を観察している状況です。

2)撮影者が「写真を発表する」ことにどういった意味を見出しているか:

報道カメラマンとして「自分にしか撮れないものを撮り、自分の名前で社会に発表していく」という覚悟を持った取り組みです。コミットメントが非常に高く、人生をかけたシャッターだと言えます。

3)被写体は「写真を他人に見られる」ことにどういった感情を抱くか

ご本人しか分からないのですが、感情は一つではないようにも思います。この時の行動を「写真として残し誰かに見られたい」という意思を持っていなかったとしても、この様な形で残ることに嬉しさを感じる側面はありそうです。

4)写真を見た人は、何を感じるか:

写真を見た人は、この奇跡的な瞬間に対する驚きや、高揚感、ユーモラスさを感じて、強いポジティブな感情を抱きます。一方で、「社会のルールを破り、写真が拡散されて、道徳的に考えてNG」だと思う方も当然いるでしょう。それでも世間の評価というのは概ねポジティブなものだったように感じます。

・・・と、これらはいずれも、私の想像の域を出ません。

UnsplashのInja Pavlićが撮影した写真   

ポジティブインパクトの源になるもの

想像の域の中からのお話にはなりますが、見えてきたのは、4)でポジティブなインパクトがネガティブなインパクトを上回るには、

1)撮影者と被写体の関係:

2)撮影者が「写真を発表する」ことにどういった意味を見出しているか:

まずはこの2点において、誠実さやプラスのエネルギーのようなものが欠かせないのではないか、ということです。

3) 被写体は「写真を他人に見られる」ことにどういった感情を抱くか:

この点についても、何かしらポジティブな感情が生まれる、もしくは生まれるだろうという予測も可能であることのが欠かせないのではないかということです。

UnsplashのCraig Melvilleが撮影した写真   

撮影者がいないと、写真や動画のメディアは生まれません。

撮影者が、まずは被写体に対して責任と覚悟を持っており、被写体と双方向のコミュニケーションが生まれていること。それがポジティブな感情で結ばれていること。クリエイティブな行為であること。

「ポジティブ」というと、楽しい、嬉しいなどの柔らかい感情をイメージしやすいでしょうか。それ以外にも、明るさや使命を感じる方にフォースを使うようなイメージです。

そこが起点となり、さらに奇跡的な瞬間が撮影された時、被写体もその行為を受け入れ、その因果として、ポジティブな感情を伴ったインパクトが生まれる…。

現在は、「注目される量=お金」という図式でメディアの経済圏が成り立っているので、混同してしまったり、大切なことが見えづらくなっている側面がありそうです。

それでも、フォースの使い道は、長い目で見た時に人生のルートに大きく影響するのではないかと、それなりにそれなりに年数を重ねて生きてきた中で感じます。

TOP画像:UnsplashのJametlene Reskpが撮影した写真   

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