独断による注目スタートアップ3社 ~ 欧州随一のフードアグリテック・アクセラ「StartLife」のDemo Day 2023を総括

2023年7月3日
全体に公開

先月6月22日(日本時間21時~)、欧州随一のフードテック及びアグリテックアクセラであるStartLife(本拠地:オランダにある、欧州トップの食品科学における研究大学機関であるWaginingen大学のある、オランダに限らず欧州のフードテックでも指折りの産学連携/研究開発圏。食のシリコンバレー「フードバレー」としても有名であり、日本企業ではキッコーマンがここに常駐されています)が、毎年恒例ののDemo Day 2023を現地ならびにオンライン配信で実施されました。(当日の内容はこちらでご覧になれます。)

*注記: StartLifeは、Wildcard Incubatorとは日欧の連携パートナーの1社です)

国際豊かでバランスの取れた11社の登壇企業の国籍分布

今回は彼らにとって10期目にあたる支援先スタートアップ8社と、「アラカルテ」と称される彼らのサブ・プログラム(シード以降期にある、彼らの支援プログラムをゼロからすべてを必要としないものの、Post-Seed前後以降の段階でまだまだ本格的な社会実施に向けて支援を必要とするスタートアップが対象)の支援先3社の、合計11社が登壇しています。

当日の様子の一部。写真はStartLife代表者Jan Meiling氏による基調講演の光景。

今回のDemo Dayの総括として直感的に興味深く感じたことは、欧州のフートテック、アグリテックのスタートアップの注力/注目領域が、シリコンバレーを軸とした北米の同領域スタートアップと近づいてきている、という印象です。後述しますが、川下から川上にシフトしてきている、ということです。

さらに、国籍の幅広い分散も興味深く思われました。欧州からはイギリス、オランダ、ドイツ、あるいは今政争で混沌とするウクライナからも(*但し、彼らはこの政争を回避すべく、ポーランドに拠点を移すそうです。1日も早い政争の終結を強く願うばかり)、南米からもアルゼンチン発の登壇企業もあり、非常に国際色豊かな選抜をしています。

ところで、一瞬話題が脱線しますが、シリコンバレー発で世界有数のアクセラであるYC(Y Combinator)も以前にも増して最近ではドイツのOrdinary Seafoodをはじめ、世界的に認知度の高いアクセラでは国際色がさらに豊富になってきている印象を抱いています。そんな中、日本からの登壇企業が相変わらず少ないです。米のYCに関してはFOND(元AnyPerk)が2012年に卒業以降、ちょうど1年ほど前に、久しぶりに業務ソフト開発基盤を開発するTailorが見事に採択されましたが、まだまだ相対的に少ない印象ですね。

取り組み領域が食のバリューチェーンの「川下」から「川上」へシフト

次に、登壇企業のテーマ領域が、数年前の欧州勢と比べて変化を感じられた点が挙げられます

欧州からの2015年以降の主流的なフードテックスタートアップの代表的な企業を見ると、以下の通り、コンシューマー寄り(B2C)の部分を司る会社の比重が高い点がわかります。

出典: 仏DigitalFoodLab社(Nestlé社との共著)の「2023 State of the European Foodtech Ecosystem」より引用

この分布図は、2015年以降の欧州地域で創業されたフードテックスタートアップのうち、「ユニコーン企業(想定時価総額でUS$1billion超)」の代表例を時系列で示したものですが、ご覧の通り、一番数が多い領域は、日本上陸を果たしているフィンランド発のデリバリーサービス「Wolt」をはじめ、デリバリー系を中心とした、食のバリューチェーンの川下寄り(消費者・市場寄り・B2C)の事業が以前は多くを占めていたことがはっきりわかります。

しかし、一部のユニコーン的な代替肉スタートアップを除けばこれまでまだ北米と比ると何となく少なかった培養肉開発や、農業生産者側に寄り添うアグリテック領域への投資額の比重が2022年から相対的に大きくなり始めていますというより、前年2021年まであまりに突出していたデリバリー系事業者への成長後期のファイナンスが一巡して一気に減ったことで、全体の中のその他の比重が相対的に高まっただけ、という解釈ももちろんできますDigitalFoodLab社のMatthieu Vincent氏によれば、フードテック及びアグリテック領域への欧州域内の主要投資額全体では2022年は前年比36%減少したものの、先述のユニコーン企業が多いデリバリー系を取り除くと、実に21%上昇しています。

出典:仏DigitalFoodLab社(Nestlé社との共著)の「2023 State of the European Foodtech Ecosystem」より引用

今回のDemo Day 2023に登壇された企業の多くは、生産者側である農業現場のDX化の推進技術や、酵素、精密発酵をはじめとする「代替タンパク食品」開発といった「川上寄り」のテーマに力を注ぐ有力スタートアップが目立っていた印象です。

実はここ2,3年のうちに、欧州でもかなり代替タンパク食品開発でお金が集まっており、培養肉開発ではオランダでiPS細胞で培養肉を開発するとされるMeatableや、2013年に世界で最初に一個2,000万円以上もするハンバーグを披露し、日本から三菱商事も出資をしたMosa Meats、プラントベースではスロベニア発でシリコンバレーのYC Winter 2021卒業のJuicy Marblesといった会社が続々と頭角を現し始めてきています。彼らへは、日本企業も水面下で触手しているようです。

出典:siftedの記事より引用。引用元:https://sifted.eu/articles/alt-meat-competitors-europe

今回のDemo Dayの独断なる注目企業3社

さて、今回登壇した11社中、筆者が注目した登壇スタートアップ3社は、以下です。

Nano In Green (ARG)

Nano in Greenホームページ

注目した理由①: 

「精密発酵」というキーワード。

同社は、精密発酵により、植物性食品を強化する機能性成分を合成し、その結果高栄養化や最適な栄養バランス、新しい風味ならびに食感を再現を可能にする技術に取り組んでいます。

精密発酵とは、英語でそのまま「Precision Fermentation」と言われますが、「発酵」においても「伝統的な発酵(Traditional Fermentation)」「バイオマス発酵(Biomass Fermentation)」とならび、世界的に注目をされている発酵の概念の一つとされていますね。より専門的なご説明は本稿では割愛しますが、端的に言えば、「 微生物(細菌や酵母など)を活用してタンパク質や脂肪等といった目的成分を生成する発酵技術」です。

最近は発酵の中でもこの「精密発酵」の可能性と今後に期待が日本国内からも寄せられ始めており、彼らの技術力と具体的な用途に関心を示す日本の企業も出てきそうな気が致します。

Sun Bear Biofuture(英国)

Sun Bear Biofutureホームページ

注目した理由②: 

「パーム油×環境保全」というキーコンセプト。

パーム油の市場規模は、Digital Journalによれば、2021年の506億ドルから2027年には655億米ドル(CAGR4.3%)に達すると予想されています。一方で、このパーム油の生産が森林破壊による地球の生態系の異変とそれに伴う気候変動への悪影響が指摘されています。 彼らは、発酵の自然なプロセスと現代の科学技術を融合させることで、環境への影響を最小限に抑えつつ、自然由来のパーム油代替品を生産することを目指すようです。

初期の主なアプリケーションとしては、農業現場での活用を目指すそうですが、彼らのように自然を破壊しない新たな自然由来の油脂成分は、代替肉開発で風味や味覚、触感を従来の動物性肉と同じレベルに持っていくための欠かせない素材とされていますので、将来的には農業領域から食領域への応用も是非とも期待したいところです。

Ekolive(ドイツ)

Ekolive社ホームページ

注目した理由③: 

「バイオスティムラント(Biostimulant)」というキーワード。

昨年頃から、日本国内でもこの「バイオスティムラント」という概念が少しづつ話題化しつつあるようです。このバイオスティムラントとは、「植物や土壌により良い生理状態をもたらす様々な物質や微生物」と定義されます。文系である筆者がしっくりくる表現としては、「植物に肥料を通じて栄養を取り込むのではなく(=外部からのPush)、植物そのものが栄養価を取り込む栄養吸収力を強化する農業素材(=内部からのPull)」が、バイオスティムラントであると認識しているところです。

バイオスティミュラントとは? バイオスティミュラント(以下、BS)は日本語に直訳すると「生物刺激剤」である。近年、ヨーロッパを中心に世界中で注目を浴びている新しい農業資材カテゴリーだ。BSは、植物や土壌により良い生理状態をもたらす様々な物質や微生物である。これらの資材は植物やその周辺環境が本来持つ自然な力を活用することにより、植物の健全さ、ストレスへの耐性、収量と品質、収穫後の状態及び貯蔵などについて、植物に良好な影響を与えるものである
- 日本バイオスティミュラント協議会https://www.japanbsa.com/biostimulant/definition_and_significance.html

さて、このドイツのEkoliveは、独自の生物分解技術を駆使した有害化合物の分解、独自のバイオスティミュラントを連続的に生産することであらゆる工業廃棄物等から発生するような有毒化合物の分解を果たしていくことを可能とし、地球環境の保全を目指すそうです。

以上、駆け足気味ですが、ちょうど先週実施されたばかりとのこともあり、我々Wildcard Incubatorも日欧で連携するStartLifeが開催したDemo Dey 2023を簡単に総括させて頂きました。

いずれもシード期が多く、まだまだこれから開発が本格化していく要素も想定されますが、地球環境の破壊を停めるべく、賢明な研究開発と社会実装に取り組む彼らを、洋の東西を挟みながらも応援していきたいものです。

次回のコラムは恐らく、米国生まれの、日本の伝統素材を欧米的に活かしたアイディアで注目を浴びるスタートアップについて触れる予定です。では、また次回のコラムをお楽しみに。

*是非、本連載コラムの「フォロー」もお願い致します。フォロワーの読者の皆様のテーマ的なリクエストもなるべく取り上げて参りたいと考えています。

(カバー写真:StartLifeのウェブサイトより引用)

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