テレ味覚は可能なのか?(1)

2023年3月26日
全体に公開

第31回現実科学レクチャーシリーズ振り返り(1)
現実とは「感覚器をメディアとしたコンテンツ」

明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科教授・学科長 宮下 芳明先生

講演のまとめはこちらhttps://reality-science.com/2022/12/vol-31/

宮下先生にお会いするのは今回が初めてだった。もしかしたらどこかですれ違っていたかもしれないけど、きちんとお仕事について対面で話すことは今回が初めて。今回も初対面と言ってもZoomだけど。

僕が宮下先生のことを気になり始めたのはSNSでの投稿だった。特に明治大学の総合数理学部に移籍されたあたりからの投稿がとてもセンスが良く、ちょっと普通の研究者離れしている印象が強かった。簡単に言うとカッコよかった。

今回のレクチャーシリーズでフィレンツェ生まれという生い立ちを聞いて、フィレンツェ生まれでない広島生まれの僕は単純にずるいと思ったけれど、宮下先生に「そんなこと言われても、仕方がないじゃないですか」と言われて、たしかにそうだと思った。

ヒトは誰も出生地を自分で選べないし、本当にどこで生まれたのかも実は定かでなかったりする。僕が広島生まれだと思っているのも、単に親に言われた物語を信じているだけだ。そう考えると、現実を常に疑いつづけている現実科学者としてはちょっとドキドキする。

宮下先生のラボではいろいろな研究が行われていて、その一連の流れを今回のレクチャーシリーズでは紹介いただいた。やはり一番面白いと思ったのは味覚への挑戦だ。

HCI(Human Computer Interface)と呼ばれる研究領域があって、個人的にはHCI研究者に知り合いが多い。レクチャーシリーズでは、これまでも初回の稲見先生や、暦本先生に登壇いただいている。

HCI領域で実用になっているのは、五感のうち視覚と聴覚を対象としたものが殆どである。コンピューターは最初は計算は出来たとしても、現在のようにディスプレイを持たなかったし、意味のある音を発することも出来なかった。

コンピューターを使うには、コンピューターに対してコンピューターが分かる形で情報や指示を与えないといけないし、その処理結果を何らかの形でヒトが理解できるように変換するインターフェイスを構築する必要がある。その研究の延長に今の映像表示用のディスプレイや、デジタルサウンド再生のシステムがある。初期のコンピューターに計算をして欲しい場合、まずコンピューターの理解しやすいインターフェイスを作ることからはじめなければならなかった。初期コンピューターのプログラムは、たとえばパンチカードのような物理的なオブジェクトが使われ、入出力や保存に利用されていた。

そこから、テキストが表示できるディスプレイが発明され、さらに画像やCGが表示できる現在のような視覚インターフェイスになった。コンピューターとなんでも表示できるディスプレイがセットであることが当たり前だとみなさんは思っているかもしれないけれど、そこには研究者たちの半世紀以上の地道な研究が必要であったし、今でもウェアラブルなMRデバイス開発のような形での研究は続いている。

私たちは、コンピューターに限らず、あらゆるコミュニケーションに五感を利用する。視覚や聴覚インターフェイスがそれ以外の感覚と異なっているのは、それを離れたところから複数人で共有できるからだ。実際は、見え方や聞こえ方は頭部の位置と視点・視線によって異なっているものの、時間的な同期はなされているので、同じ情報を共有しているという実感を持っている。それが視覚や聴覚において、コンテンツの内容によらず一定の客観性があると勘違いさせる要因である。

自分が何かを見たり聞いたりして、周りの人に「今の見た?」「今の聞いた?」というように確認が出来れば、たとえそれぞれが異なった情報を得ていたとしても、客観的に存在する万人共通の情報、つまり一般的な意味での「現実」(=基底現実)だと勘違いする。この勘違いがわたしたちが現実に向かい合う時の最大の阻害要因になっている。

一方で、味覚や嗅覚や触覚などは、視覚や聴覚とは違い、完全に主観的な感覚だと素直に受け入れられがちである。身体の感覚器と刺激の関係性が一意に決まっているので、僕が食べているものや触れている全く同一のものを、他の人が同時に体験することが出来ないからである。

そのように考えると、主観的な感覚と客観的な感覚という二種類の感覚が存在するように見えるけれども、実際は私達の感覚はすべて主観的なものであることがわかる。感覚刺激を光や空気を媒介にして、刺激点から離れていても感じることが出来るかどうかの違いを、僕たちは主観と客観というように間違って感じている。

客観的感覚というものは存在しない。

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