世界と戦える長期視点の経営体制を

2024年7月24日
全体に公開

経済産業省は2024年6月26日、「持続的な企業価値向上に関する懇談会」の検討結果を「座長としての中間報告」として取りまとめを公表しました。

一部の企業では、コーポレートガバナンス改革も進み、経営変革が行われた結果、企業価値が向上しています。

しかし、日本企業全体では、依然として、ROE(自己資本利益率)、PBR(株価純資産倍率)等のパフォーマンス指標において米国・欧州企業と比較して差があるのが実情となっています。

この10年間、一部の企業を除き、多くの日本企業において、これまで指摘されてきた課題が解消されず、パフォーマンスが上げられなかったという課題に直面しています。

本懇談会での議論に先立ち、座長から8つの課題認識(座長メモ)を提示し、計4回の議論を行いました。その結果も踏まえて、「座長としての中間報告」では、以下5つの課題に再整理を行っています。

出典:持続的な企業価値向上に関する懇談会 座長としての中間報告 2024.6.27

今回はこの中から、課題②:長期視点の経営の重要性課題③:経営チーム体制の強化の必要性を中心に取り上げたいと思います。

長期視点の経営の重要性

日本企業の現状と課題

過去10年間、日本企業の利益率や資本効率は徐々に向上してきました。特に、海外展開や低金利による金利収支の改善が収益性向上に寄与しましたが、低ROE企業ではコストカットや自社株買いなど短期的な対応が多くなっています。

しかし、これらの短期的な対応策だけでは将来的な企業価値の向上には限界があります。次のステージでは、稼いだ資金を成長投資に振り向けることや事業ポートフォリオの組み換えを行い、長期的な視点での経営が必要となっています。

社会のサステナビリティを踏まえた「目指す姿」

企業が長期的な価値創造を続けるためには、社会のサステナビリティ(気候変動、人口増加、食糧不足、デジタル化の進展など)をリスクと事業機会の両面から適切に捉えることが重要です。

伊藤レポート3.0では、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の重要性が提唱されました。しかし、企業がこれらの取り組みを実践しても、投資家から適正に評価されないケースが多く、これが将来の成長期待に反映されないという課題も指摘されています。

事業ポートフォリオの組み換え

持続的な企業価値向上には、事業ポートフォリオの組み換えが極めて重要です。日本企業は、低収益事業の整理やコア事業への集中投資に遅れをとっています。

特に、事業売却や整理については、欧米に比べて低調です。米国企業は戦略的に事業ポートフォリオ経営を行い、シナジーを発揮して持続的な収益性を確保していますが、日本企業は足し算のみで引き算をしない結果、コングロマリット状態に陥りやすくなっています。

成長投資と企業の将来展望

日本企業は成長投資に対して慎重な姿勢を持つ傾向がありますが、これはデフレマインドが定着しているためです。低収益事業を抱えたままでは、企業の成長戦略も投資家には響かず、悪循環に陥る可能性があります。経営者は長期視点を持ち、企業価値の向上に最善の判断を下すことが求められます。

また、取締役会の役割も重要であり、経営者の判断を監督し、合理的であれば力強くエンドースする必要があります。事業の売却や再編も、適切なタイミングで行うことが重要です。特に、PEファンドの役割にも期待されており、構造改革が求められる低PBR企業などに対して、事業再編を促進することが求められています。

中期経営計画のあり方

中期経営計画は、社員の意識統一や当事者意識の向上に寄与してきましたが、経営環境の変化に応じた柔軟な見直しが必要です。欧米では、詳細な中期経営計画よりも、達成時期を区切らない目標指標が重視されています。日本企業も、将来のビジョンを含む長期戦略からバックキャスト型で中期経営計画を策定し、資本市場の成熟度に応じた再考が求められています。

日本企業が持続的に成長し、グローバル市場で競争力を維持するためには、経営チーム体制の強化と長期視点の経営が不可欠です。企業と投資家が共に取り組み、日本全体での改革が求められています。

経営チーム体制の強化の必要性

経営者に求められる能力の高度化

持続的に企業価値を向上させるには、経営者の十分な能力・経験を伴ったリーダーシップの発揮が不可欠です。経営者は常に長期視点で経営を行い、適切なリスクテイクを行いながら果敢に意思決定を行うことが求められます。

一方で、グローバル展開比率の拡大、不確実性の高い経営環境、コーポレートガバナンス改革の要請やESG(環境・社会・ガバナンス)への関心の高まりなどにより、経営者に求められる能力は昔と比べて格段に向上しています。しかし、日本固有の労働慣行の中で、優秀な経営者人材が育ちにくいという課題があります。

経営者供給制約問題

日本には経営者人材プールが事実上存在せず、各企業内及び市場において経営者人材が絶対的に不足しているという「経営者供給制約問題」があります。これは各社個別の課題ではなく、日本全体で取り組むべき課題となっています。

欧米では経営者人材の育成につながるビジネススクールが発展しており、経営者人材の流動性も高く、エコシステムが構築されています。一方、日本では、経営者人材づくりにおいて局地的・分散的な活動にとどまっています。本懇談会では、この状況を踏まえて、経営者人材づくりに取り組むことの重要性が指摘しています。

経営者を支える経営陣の重要性

経営者ひとりで企業経営を担うわけではなく、戦略、財務、人事、デジタルなどの各分野で一定の役割と責任を負うCxOの存在が重要です。効果的・効率的に機能する経営チームを組成することが求められます。

特にCFO機能の拡充は重要です。CFOは経理・財務のみならず、経営戦略の策定にも関わり、財務的な知見を加えることが期待されます。CFOを支えるFP&A(ファイナンシャル・プランニング&アナリシス)機能の強化も必要であり、これにより経営戦略の厚みが増し、投資家との効果的な関係構築にも寄与します。

さらに、経営戦略と人材戦略のマッチングを図るためには、CHRO(チーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー)の役割も極めて大きくなっています。CHROは企業の中長期ビジョンの実現のために必要な組織と人材のあり方を構想し、変革を推進します。しかし、日本企業では専門性のある役員を配置していない企業も多く、中長期的なCHRO人材パイプラインづくりが重要となっています。

経営体制のアップグレードを

企業が海外市場へ展開する中で、現地の組織・設備・オペレーションを多く抱えることにより、経営の複雑性が高まります。これをマネージし、タイムリーな経営判断を行うためには、従来の日本的経営を変える必要があります。

また、コーポレート機能の「仕組み化」やIT・デジタル技術の活用が重要であり、日本に軸足を置いた経営のあり方を、グローバル展開のステージに応じてアップグレードすることが求められます。

日本独自の労働慣行から脱却し、持続的な企業価値向上に向けたグローバルスタンダードに合わせた経営体制を築くことがこれからの経営強化には求められています。

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