必読、たんぱく質の三原色という考え

2024年5月20日
全体に公開

調味料の白歴史に続いて、今回はたんぱく質の色について考えてみましょう。今回は、たんぱく質の三原色という言葉遊びのお話です。

私たちの網膜細胞は赤、青、緑の三つの光に応答し、それらの組み合わせによってほぼすべての色を生み出します。これが光の三原色と呼ばれるものです。そして、これらがすべて合わさると前回の白色になります。

一方、色の三原色という概念もあります。赤、青、黄色、すなわち信号機の色です。これらの色がすべて混ざると、白色とは対照的に黒色に近づきます。

今回は、光の三原色である赤、青、緑とたんぱく質という意外な組み合わせを考えてみます。視覚における光と色の三原色は科学的に確立された概念ですが、たんぱく質の三原色というのは、たんぱく質も私たちの心の中で三つの色に分類できるのではないかという妄想です。お茶でも飲みながらリラックスしてお読みいただければ幸いです。

たんぱく質の特徴を三原色に分けて考えると、そこから新しいコミニュケーションが生まれそうだ。  UnsplashのRafael Garcinが撮影

たんぱく質が不足するという「たんぱく質危機」の話は、前世紀から経済や景気変動の予測のように繰り返し話題に上ってきました。そして、今世紀では、開発途上国の人口爆発と急速な経済発展により、2050年には地球上の人類を支えるのに十分な量のたんぱく質が不足するという予測が再浮上しました。このたんぱく質危機の議論は、2012年頃から地球温暖化防止の危機感とも結びつき、2019年にEat Lancet Commissionの報告書で提案された「Planetary Health Diet」として一層の注目を集めました。現在では、動物性たんぱく源から植物性たんぱく源への移行、すなわち「たんぱく質遷移(Protein Transition)」の必要性は常識化しつつあります。

このたんぱく質論争は、世界的な農耕文化圏の植物性たんぱく質派と牧畜文化圏の価値観の衝突を引き起こしています。最近では、細菌や菌類、昆虫、培養肉といった新しいテクノロジーもこの議論に参戦し、気候変動や公衆衛生学者の真面目な議論から企業のマーケティング戦争にまで発展しています。たんぱく質摂取の多様化は、栄養価と環境負荷のバランスの取れた食事スタイルを推奨するだけでなく、私たちの倫理上の責務となる勢いです。

私は、たんぱく質源を大きく2つ、陸でとれるたんぱく質と海でとれるたんぱく質に分けて考えます。陸上でとれるたんぱく質はさらに2つ、牛・豚・鶏といった動物性たんぱく質と、大豆やナッツ類の植物性たんぱく質に分けられます。

欧米人は魚介類をあまり食べないため、たんぱく質危機の回避論の初期には陸上のたんぱく質摂取の多様化に注目が集まっていました。しかし、コロナ禍の2021年頃から、陸上のたんぱく質だけでは人類のたんぱく質欲を満たせないことに気づいたのか、新たなたんぱく質源として海産物が浮上しました。地球の表面積の7割を占める海洋資源の有効活用です。

これらの三つのたんぱく質源、すなわち動物性たんぱく質(レッドミート)、植物性たんぱく質(グリーンミート)、海洋性たんぱく質(ブルーミート)は、私には光の三原色のように見えます。この三つの色のたんぱく質源の組み合わせは、環境にも健康にも良い多様化されたたんぱく質摂取の啓発に役立ちそうです。

タンパク質の三つのカラー分類 

レッドミート(赤身肉) - 赤色
・ 特徴: レッドミートは主に哺乳類から得られる肉で、ヘム鉄を豊富に含み、筋肉の成長と修復に必要な高品質のたんぱく質源です。  
・ 例: 牛肉、豚肉、羊肉  

グリーンミート(植物性たんぱく質) - 緑色 
・ 特徴: グリーンミートは植物由来のたんぱく質で、食物繊維やフィトケミカルも豊富です。肉に比べて環境負荷が低く、持続可能なタンパク質源です。  
・ 例: 大豆、豆類、ナッツ、種子、テンペ、豆腐  

ブルーミート(海産物のたんぱく質) - 青色 
・ 特徴: ブルーミートは魚介類から得られるたんぱく質で、オメガ3脂肪酸やビタミンDなど、健康に重要な栄養素を多く含んでいます。 ・ 例: 魚(サーモン、ツナ、サバ)、エビ、カニ、貝類  

これらの三つのカラー分類を活用することで、さまざまな食品からバランスの取れたたんぱく質を摂取することができます。
たんぱく質の三原色の捉え方   筆者提案
赤い色のたんぱく質源  レッドミートは栄養価たっぷりだが、ヒトと地球の健康には良くない面を持つ。 created By GatGPT

レッドミート:赤色のたんぱく質

レッドミートには牛、豚、鳥、羊といった、私たちが一般的に「肉」と呼ぶものが含まれます。レッドミートは、アミノ酸スコアがほぼ100に近いものが多く、消化吸収率も90%以上とされています。これは、たんぱく質源としては非常に理想的です。適度に摂取すれば、飽和脂肪、たんぱく質、鉄分、ミネラル、ビタミン類をバランスよく摂取できる理想的な食品です。欠点は食物繊維が少ないことくらいです。実際、明治以降の日本人の栄養改善にも、レッドミートの摂取増が大きく貢献してきました。

しかし、この赤いたんぱく質は貧栄養の世界では頼もしい食資源でしたが、過栄養の世界では少々問題があります。特に牛肉などの赤身肉は、肥満やがんなどの生活習慣病(Non-communicable disease)のリスクを高めるとして、国際的な食品のリスク指標GBD(Global Burden Disease)では心筋梗塞や大腸がんの発生リスクを高める食品の一つとして名指しされています。現在では、健康面からもとり過ぎに注意すべきだとされています。

さらに、環境面でも牛肉に代表されるレッドミートは、ウォーターフットプリントや地球温暖化ガス排出量といった環境負荷指標で高得点を取り、環境に良くない代表的な食品群として位置付けられています。

赤色の感情的意味合い

私たちは赤い色にどんなイメージを持っているでしょうか?赤色と言えば、血と肉、赤ワイン、床屋のマーク、そして社会主義や共産主義国家の国旗の色を思い出します。国旗で使用されている色の中で赤色は最も多いとされています。また、「赤恥」や「赤裸裸」などの表現に使われるように、「赤」という言葉は日本語では「明らかな」や「全くの」という意味もあります。

東洋では「寿の色」とされ、呪術的な意味を持つ色でもあります。中国ドラマの婚礼シーンで深紅に飾られた男女や寝室、紅白饅頭の赤を思い浮かべることができます。呪術的な意味としては厄除けの意味もあり、古代日本では天然痘をもたらすとされる疱瘡神が赤色を嫌うため、天然痘の患者の周囲を赤色で飾る風習がありました。

赤色と食品の認知

赤色のイメージは私たちの食べ物に対する深層意識にも影響を与えています。赤色は血と赤身肉の色であり、動物性食品の「おいしさ」と結びつきます。赤ワインの色はフルーティなアルコールへの嗜好と結びつきます。唐辛子の赤は舌への辛み刺激を通じた熱い刺激や情熱的な感覚を呼び起こします。多くのアジア系の食品企業のロゴには赤色が使われ、アジアでは赤色と「満足感のあるおいしさのイメージ」は定着しています。私にとって赤い食品は、たんぱく質リッチで、どっしりとしたカロリーがあり、食欲を刺激する食品というイメージです。

それゆえ、Nutri-Scoreなどの欧米の食品の前面表示(FOP)では、赤色は食べ過ぎると体に悪い食品の目印となっています。貧栄養時代においてはエネルギー源を供給してくれる貴重な赤色系の食品は、過栄養時代においては注意して食べる食品となりました。しかし、ヒトの深層心理に根付いた感覚は簡単には変わらず、赤い食品は私たちに食べたい、手に取りたいという意識を根強く持たせています。

私もこのことを直感的に体験したことがあります。東日本大震災直後、メディアで一時的な生産と流通障害による食糧不安が報じられ、私もコンビニに買い出しに行きました。そこで目にしたのは、普段は敬遠されがちなカロリー密度が高く栄養の偏りのある赤色系の商品がほぼ空っぽになっており、健康に配慮した緑や青色系のパッケージの商品が残っている光景でした。

マーケティングの世界では、赤色は情熱的なおいしさを呼び起こし、ヒトの食欲を刺激して商品を手に取らせるための色として大活躍しています。

青色のたんぱく質源  ブルーミートは飽和脂肪が少なく不講和脂肪がく、開発次第でヒトと地球の健康に良いたんぱく質源として注目されている。  Created By GatGPT

ブルーミート:青色のたんぱく質

ブルーミートに属するたんぱく質は魚介類に含まれる動物性たんぱく質であり、そのアミノ酸スコアと消化利用率はレッドミートとほぼ同等と言われています。ただ、ブルーミートは不飽和脂肪酸(DHAやEPAなど)を豊富に含み、飽和脂肪酸が少ないため、循環器系リスクが低いたんぱく質源として注目されています。特に心血管と脳の健康に良いとされ、日本人の健康長寿の要因の一つとして、このブルーミートを挙げる研究者もいます。

青色の感情的意味合い

青色はヒトの感情において、とても興味深い色です。青色は代表的な寒色であり、冷たさや清々しさを感じさせます。古代の文化では、青色は特別な意味を持つ色とされ、しばしば死や超自然的なものと関連づけられました。多くの場合、畏怖や忌避の感情を引き起こしていました。

例えば、古代ギリシャでは青色を神秘的なものや恐ろしいものを形容する言葉として使い、古代ローマでは喪服の色としても使われました。中国では、青色はこの世とあの世を結ぶ門である豊都鬼城の門が青く塗られており、触れると死を招くとされていました。中東やエジプトでは、青色は神秘や超自然的な力を象徴し、死者を守る色として用いられることもありました。

しかし、12世紀に入ると、特に聖母マリアが着る服の色が明るい青に変わったことで、西洋のキリスト教社会では青色の価値観が一変しました。聖母マリアへの崇敬とともに青色は美しい色として広く受け入れられるようになったそうです。

青色と食品の認知

食の世界における青色は、自然界における青色の食品がほとんど存在しないため、長らく結びつくことはありませんでした。海の青色としょっぱいイメージが重なることで、減塩した製品をしょっぱく感じさせるための感覚ナッジのマーケティングに応用されることがある程度です。

しかし、SDGsの議論が進む中で、2050年の食糧危機、特にたんぱく質危機が浮上するにつれ、青色と食品を結びつける新たな造語が生まれました。それが「ブルーフード」です。このブルーフードには魚介類や海藻類など、海の食糧資源が含まれます。ブルーフードをたんぱく質視点で捉えたのが「ブルーミート」という概念です。

ブルーミートには、動物性たんぱく質だけでなく、最近注目されている海藻の植物性たんぱく質も含まれます。海藻はたんぱく質、カリウム、食物繊維が豊富であり、陸上での食資源開発と比較して地球温暖化ガス排出やウォーターフットプリントにおいても優れており、地球にやさしい新たなたんぱく質源として期待されています。

2019年の世界の農地面積は1,244 Mhaで、南米大陸の広さに相当します。世界の農地拡大は過去20年間に加速しており、特にアフリカでは年間の拡大率が2倍近くになっています。新しくできた農地の半分は自然の植生や樹木からで、SDGs目標15(陸の豊かさも守ろう)との矛盾し、農地拡大には限界が見えています。

地球上で海洋が占める割合は7割です。この7割の海のほとんどは未利用であり、新たな食糧生産地としての可能性を追求しようという動きが加速しています。世界の近海の養殖システムはまだ発展途上であり、多くのビジネス家が新たな投資対象として海洋資源に目を向けています。たんぱく質資源開発の視点から、新たな海洋資源の利用が期待されています。

緑色のたんぱく質源  グリーンミートは飽和脂肪が少なく、食物性繊維とフィトケミカルが豊富な、ヒトと地球の健康に良いたんぱく質源として最も注目されている。  Created By Chat CPT

グリーンミート:緑色のたんぱく質

グリーンミートである植物性たんぱく質は、動物性たんぱく質の代替として、現在最も注目されている人と地球の健康の救世主とされています。私たちの祖先は樹上生活で熟した果実と緑の葉を主な栄養源として生活していたビーガン族だったと言われています。もともとは植物性たんぱく質を摂取して生活していたのです。

しかし、気候変動がこの平和な樹上生活に終止符を打ち、新たな食資源、特にたんぱく質源を求めて地上に降り、サバンナに出てきた頃から肉の味を覚えました。その過程で火を使った調理を発明し、少ない胃液と短い腸でも肉を消化吸収できるようになり、異様な肉食への執着が始まりました。

グリーンミートは動物性たんぱく質と比較してアミノ酸スコアが低く、含まれるビタミン類も少なく偏りがあるため、複数の植物のたんぱく質を組み合わせて摂取する必要があります。消化吸収率も約70%から80%と、動物性たんぱく質と比べて低めです。栄養面では他のたんぱく質源と比較して劣りますが、3つの大きな利点があります。

1. 豊富な植物繊維: グリーンミートは腸内細菌のエサとなる植物繊維を豊富に含んでいます。

2. 低脂肪: 脂肪をあまり含まないため、健康的です。

3. フィトケミカルの豊富さ: 最近話題のフィトケミカルを豊富に含むため、特定の消化器がんの予防効果も期待されています。

これらの利点のため、GBD(Global Burden Disease)ではたんぱく質を多く含む野菜や豆類は摂取を推奨すべき食物群として分類されています。

緑色と感情、食品の認知

「みどり」という言葉は平安時代になってから使われ始め、もともとは「瑞々しさ」を表す意味で使われました。やがて、新芽の色を指す言葉へと意味が広がり、緑色は新鮮さや成長を連想させる色とされます。

緑色は緑黄色野菜で最も多い色です。「青野菜」と「緑野菜」、「青々とした葉っぱ」と「緑みどりした葉っぱ」で生じるイメージの違いからも分かるように、青色は固くて尖った冷たいイメージを持ちますが、緑色にはしなやかで柔らかい、少し丸みを帯びた優しい感じがあります。大自然のこの優しい緑色、つまりネイチャー感や、緑黄色野菜と健康を推奨する政府キャンペーンが、私たちに緑色の食品は人と地球の健康に優しいというイメージを定着させました。

食品の前面表示(FOP)においても、緑色は最も栄養価に偏りのある食品(赤色)の対極に位置し、栄養バランスの取れた栄養価の高い食品を意識する色として確固たる地位を築きつつあります。

この緑色のイメージは、青色と同様にSDGsの議論の中で、ナチュラル感、健康感、環境フレンドリー感と結びつき、緑色の食品とたんぱく質は人と地球の健康に良い食品の代名詞となっています。

たんぱく質の色分類とその役割  
・ レッドミート(赤身肉): 筋肉の成長と修復に重要なタンパク質源であること。 
・ グリーンミート(植物肉): 健康維持と環境保護に貢献する持続可能なタンパク質源であること。 
・ ブルーミート(海産肉): 脳の発達と心臓の健康に役立つ栄養素を含むこと。
それぞれの色分類の特徴について    筆者作成
たんぱく質の三原色という捉え方は、ヒトと地球の健康な食生活のための啓発に役立つかもしれない。  Created By Chat GPT

深く知る: たんぱく質危機論争を振り返る

栄養学がもたらした戦後の第一のたんぱく質危機(Great Protein)

20世紀初頭から後半にかけて、たんぱく質の食品化学と栄養学が進歩し、兵士の健康や人間の成長におけるたんぱく質の重要性が次第に認識され始めました。そして、第二次世界大戦後の1950年代から1970年代にかけて、大きなたんぱく質危機のピーク、いわゆる「グレートプロテイン」の時代を迎えました。当時の詳細については、専門の論文に詳述されていますので、興味のある方はご覧ください。

グレートプロテイン:たんぱく質は低栄養を救う救世主

1930年代、栄養学の主流はビタミン研究にありましたが、この時期にアフリカの子どもたちに見られる特定の症候群「クワシオルコール」が発見され、たんぱく質も注目されるようになりました。タラ肝油と牛乳が効果的な治療法とされたことから、ビタミンとたんぱく質を苦まわせた補完療法が考案されました。

その後、1949年には国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)がクワシオルコールの本格的な調査を開始し、栄養失調の子どもたちの多くが無症候性のたんぱく質栄養失調であることが判明しました。

1952年にガンビアで開催されたFAO/WHOの会議で「たんぱく質栄養失調」という用語がはじめて導入され、子どもたちの健全な成長のためのたんぱく質補完の考え方が確立されました。その後、国連の指導下で様々なプログラムが展開され、ユニセフは脱脂粉乳の提供を通じて発展途上国の子どもたちの栄養改善に貢献し、1965年にはノーベル平和賞を受賞に至ります。

1950年代はタンパク質は子供たちの栄養改善の救世主となった。  UnsplashのAlessandro Sacchiが撮影

グレートプロテイン:世界レベルでのたんぱく質政策の稼働

たんぱく質の重要性が見直され、その需要が高まるにつれ、将来のたんぱく質枯渇を懸念する声が上がりました。国際機関は「たんぱく質ギャップ」を世界的な緊急事態と認識し、迅速な対応が必要であると警告しました。国連は「差し迫ったたんぱく質危機を回避するための国際行動」を発表し、すべての必須アミノ酸を含む植物性たんぱく質の補強を推奨しました。

その頃、アカデミアでも新たなたんぱく質資源の開発が議論されるようになりました。資源開発競争の始まりです。化学者たちは石油を原料にたんぱく質を作る「石油たんぱく質」プロジェクトを展開しましたが、消費者運動の根強い抵抗でやがてとん挫することになります。

1971年には国連が「発展途上国におけるたんぱく質危機を回避するための行動に関する戦略声明」を発表し、たんぱく質栄養失調が乳幼児の死亡率、発育不全、労働生産性の低下、早期老化、寿命の短縮の主要な原因であると認識し、PAGの活動を後押ししました。

グレートプロテインの終焉

しかし、この世界的なたんぱく質政策は長続きしなかったそうです。1974年に『ランセット』誌に「The Great Protein Fiasco」という論文が掲載され、国連の活動を痛烈に批判しました。著者は、「たんぱく質ギャップ」は存在せず、たんぱく質不足によるクワシオルコールが発展途上国の子どもの栄養失調の主な形態ではなく、乳幼児のたんぱく質必要量が過大評価されていると指摘し、PAGの取り組みが無価値であると批判しました。

この問題は『ネイチャー』誌でも取り上げられ、専門家たちはたんぱく質ギャップの概念を否定し、栄養失調の根本的な原因は貧困と食料供給の問題であると指摘しました。その結果、国連蛋白質諮問グループ(PAG)は解散し、たんぱく質は栄養改善の表舞台から姿を消したと言われています。

畠の肉類、豆類は過去も現在もタンパク質危機を救う救世主だ。    UnsplashのIvan Dostálが撮影

食品摂取ガイドラインへの影響

1974年の『ランセット』誌の論文の著者であるマクラーレン氏は、「蛋白質を豊富に含む食品混合物やその他の誤謬は姿を消した」と高々と勝利宣言をしたと言われています。彼は、誤ったパラダイムを覆すことは苦痛でコストのかかる事業であるが、それによって小児栄養失調の問題に対するより真実で健全なアプローチが可能になると述べ、グレートプロテインの政策を強烈に批判しました。

栄養学では有名な米国の健康な食事摂取ガイドライン制定の動きを促したマクガバンレポート(1977年)は、このような国際的な栄養議論のあとに出版されました。マクガバンレポートの第一版、第二版には「肉類の消費量を減少させ、鶏肉・魚肉の消費量を増加させる」提案がありますが、これは主に肉の飽和脂肪の摂取を抑えるための提案であり、たんぱく質摂取の視点はほとんど無視されています。

マクカバンレポートの初版(1977)の概要 

【食事目標】 
目標1 炭水化物の摂取量を総エネルギー量の55~60%に増加させる。 
目標2 脂肪の摂取量を総エネルギー量の約40%から30%に減少させる。 
目標3 飽和脂肪酸の摂取量を総エネルギー量の約10%に減少させる。また、不飽和脂肪酸は、モノ不飽和脂肪(オレイン酸)とポリ不飽和脂肪(リノール酸以上)の摂取量をそれぞれが総エネルギー量の約10%になるようにバランスをとる。 
目標4 コレステロールの摂取量を1日当り約300mgに減少させる。 
目標5 砂糖の摂取量を約40%減少させ、総エネルギー量の約15%にする。 
目標6 塩分の摂取量を約50-85%減少させ、1日当り約3gの摂取量にする。 

【食品選択及び調理の提案】 
提案1 果物、野菜、全粒穀物の消費量を増加させる。 
提案2 肉類の消費量を減少させ、鶏肉・魚肉の消費量を増加させる。 
提案3 脂肪を多く含んだ食品の消費量を減少させ、飽和脂肪の一部を多価不飽和脂肪に置き換える。 
提案4 全乳の代わりに脱脂乳を消費する。 
提案5 バター脂質、卵、その他のコレステロール源となる食品の消費量を減少させる。 
提案6 砂糖及び砂糖含量の高い食品の消費量を減少させる。 
提案7 塩及び塩を含んだ食品の消費量を減少させる
戸川律子、「マクカバンレポートと日本における食の「近代化」の内発的契機(大阪公立大学)より引用
過去の苦い経験を乗り越え、現在の世界の食事摂取ガイドラインでは、たんぱく質摂取の重要性がしっかりと記載されている。 UnsplashのJoseph Chanが撮影  

たんぱく質の再考の時代へ

たんぱく質は一時的に国際栄養改善の表舞台から姿を消しましたが、その後、たんぱく質・アミノ酸栄養研究はMITのスクリムショーの弟子たちを中心に引き継がれ、再び健康における価値が再考されることになりました。

特に発育阻害に最も脆弱な最初の1000日間における母子の栄養改善が国際社会で重要なテーマとなり、乳幼児のたんぱく質とアミノ酸の必要性が再確認されています。感染症や環境腸機能障害の予防の観点からも、幼児の補完的な栄養補助食品におけるたんぱく質の質と量の重要性が見直されています。事実、牛乳や肉などの動物性食品は発展途上国の子どもたちの成長に強い関連を示しています。

現在では、高品質なたんぱく質が子どもの健康にとって重要であることが再認識され、かつてマクラーレンが否定した「たんぱく質が豊富な食品混合物の摂取奨励による発展途上国の子供たちの栄養改善」の価値も見直されています。

中等度の栄養失調、消耗、発育阻害の子どもに対する推奨栄養摂取量が不足していることが強調されています。これらの子供の食事療法には、アミノ酸スコアが低いたんぱく質を避け、1,000 kcalあたり少なくとも70%の参照たんぱく質の品質を持つ24gのたんぱく質を含む必要があると提案されています。補助食品の場合は、発育不全の子ども向けに硫黄アミノ酸を含むたんぱく質を26g/1,000 kcal含めることが推奨されます。

このように、食事のたんぱく質の必要量に関する研究は継続的に進化していますが、現在のところ、幼児の食事性たんぱく質またはアミノ酸摂取に関するWHOまたはユニセフからの公式なグローバル栄養改善に向けた政策勧告はありません。

たんぱく質とアミノ酸の重要性が再び注目されており、特に発展途上国の子どもたちの健康改善に向けた新たな研究と政策の策定が期待されています。ギリシャ語の形容詞「πρωτείος (proteios)」に由来するたんぱく質の重要性が再認識され、栄養学における過去40年間の相対的な無視の時代の終焉を願います。

子供たちの明日の健康を支えていく、たんぱく質・アミノ酸に着目した世界的な栄養改善の動きが来ることを願う。   UnsplashのMuhammad-taha Ibrahimが撮影

資本主義がもたらした第二のたんぱく質危機(Protein Crisis)は現実に起きるのか?

今世紀に入り、戦後第二のたんぱく質危機は、発展途上国の栄養改善とは少し異なる視点から浮上しました。それは、地球温暖化の加速、人口爆発予測、アジアの経済発展による環境負荷の高いたんぱく質需要の増加という、3重の負荷(トリプルバーデン)によるものです。このままでは2050年には地球上の全人類の健康を保証できるだけのたんぱく質資源を地球温暖化を避けることなく持続的に供給することは不可能であるという、新たな視点でのたんぱく質危機の流れが始まっています。それを確定的な流れにしたのが、コロナ禍直前にEat Lancet Commissionが公開した「Planetary Health Diet」報告書の出版です。

たんぱく質危機という概念もヘーゲル事物の螺旋的発展の法則に従っているようです。現実社会においては事物はあたかも螺旋階段を登るように発展し、たんぱく質危機も時代の移り変わりを原動力として、一段、また一段とより厄介な危機として上り詰めています。おそらく、現時点で“危機”と考えられている事物も人類の英知により克服されるでしょう。そして、次の螺旋階段を登る一歩はすでに始まっているのです。私には次のビジネスチャンスが何なのか想像できませんが、注意深く世の中を観察している人たちはすでに気づいているように思えます。観察力と分析力、そして想像力を働かせたいですね。

イタリアのピザの斜塔。 良い悪いにかかわらず、事物は螺旋的に発展する。私たちは螺旋階段をのぼり進化していかなければならい運命を担っている。

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