精密発酵をめぐる話題
最近のSynBioBetaのサイトに、精密発酵(precision fermentation)について、複数の記事が掲載されていました。今回は、精密発酵について考えてみたいと思います。
バイオ系で、精密Precisionという言葉をバズワードのように見かけるようになったのは、2010年代になってからだと思います。特に、2015年1月のオバマ大統領の一般教書演説のなかで、Precision Medicine(精密医療)イニシアティブが発表されたころから、これまでPersonalized Medicine(個別化医療)、Tailor-made Medicine(テイラーメイド医療)などと言われたものが、精密医療(Precision Medicine)と呼ばれることも多くなってきました。私自身が、2016年に「コネクトーム」という文章のなかで、精密医療という言葉を使おうとしたところ、「精密」という単語に違和感を持った人も多かったころからすれば隔世の感があります。現在は、この精密という言葉は、Precision Agriculture(精密農業)、Precision Education(精密教育)など広く使われるようになっています。
精密発酵(precision fermentation)は、微生物を利用して、従来は動物や植物などから得ていたタンパク質、脂質、化学物質などの成分を生産する技術です。酵母やバクテリアなどの微生物の遺伝子に、目的の成分を作るための設計図となる遺伝子を組み込むことで、まるで小さな工場のように効率的に生産させることができます。類似した言葉に、スマートセルという日本のNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が使い始めた和製英語(英語圏だと誤解を受けやすい言葉だという意味です)があります。発酵というと微生物になってしまいますが、スマートセルでは植物や動物を含めて、更に広くものづくりにも利用しようというものだと理解しています。
発酵自体は、パン、ビールなどを作るために古くから利用されてきた技術です。精密発酵は、遺伝子組み換え技術を使って、目的の分子を生産するように改良されたことを指すことが多いですが、「精密」とはきちんと管理することなので、もう少し幅を広げてもよいかもしれません。よく家庭などで、自分で発酵させて、天然だと称して食べ物や飲み物を作っている方がおられますが、よくわからない雑菌が入っていたら、最近の紅麹をめぐる話題以上にやばいことが起こる可能性もあると思うのです。
今回は、SynbioBetaに、「精密発酵でサイケデリック研究を実現」という記事がでていたので紹介したいと思います。
人工酵母などを使う精密発酵は、天然サイケデリックの抽出よりも持続可能で効率的な生産方法です。精密発酵により、希少なサイケデリックや特許が取得できる新しいサイケデリック誘導体を生産することができます。サイケデリック誘導体は、幻覚を引き起こさずに治療効果をもたらす可能性があります。
精密発酵技術の進歩により、サイケデリック療法の臨床研究が可能になります。業界は、メンタルヘルス患者のニーズを満たすために、スケーラブルで効果的なサイケデリック製品の開発に注力する必要があります。精密発酵には、酵素活性が低い、化合物を精製するのが難しいなどの課題があります。サイケデリック化合物を大規模に生産することは、合成生物学者にとって次のハードルです。
この記事の中で紹介されていた企業と研究者です。
Psylink(リトアニア)
CB Therapeutics社(サンディエゴ地区、2015年設立)
インペリアル・カレッジ・ロンドンの合成生物学チーム
大麻の主要な精神活性成分であるテトラヒドロカンナビノール (THC) を生成する微生物株をスクリーニングするための酵母バイオセンサー ワークフローを開発。
Shaw, W.M.et al. (2022) Screening microbially produced Δ9-tetrahydrocannabinol using a yeast biosensor workflow. Nat Commun 13, 5509.
【合成生物学ポータル】 https://synbio.hatenablog.jp
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