シンプル・ルール経営とは何か?

2022年5月22日
全体に公開

こんにちは!

最近、トピックスオーナー交流会、プロピッカー交流会と、NewsPicksをともにつくっている多くの方と話す機会がありました。めちゃくちゃ楽しかったです!

自分と全く異なる情熱や専門性を持つ方と触れ合うことは楽しい。私も、自分らしい情熱や専門性を発信していきたいという想いを再確認しました。

いきなり本題に入ります。

自律的な企業をつくりたい!
自律的な企業でこそ、企業成長と働きがいの両方が実現できる!

これは多くの経営者が考えていることだと思います。では、自律的な経営とは何でしょうか。

従業員一人ひとりが経営目線を持ち、それぞれの現場で自主的な意思決定がスピーディに生まれ、それが全体として矛盾せず、パーパス実現に最速で進む経営

と定義してみます。

いやーこれは難しすぎますね。

この実現に向けて、色々な経営デザインのHOWがあると思います。

例えば、オープンな経営情報の共有や、顧客起点の意思決定の徹底、そもそも企業のプロダクトが誰にどんな価値を届けるのかというWHOとWHATの明確な定義など。

特に、私が一定手続き化されたHOWとして有効だと考えているのが、OKR経営とシンプル・ルール経営です。自律的な経営のために、この2つは有効だと考えています。

OKRとは、Objective(目標) & Key Results(主要な成果)の略です。では、OKR経営とは何でしょうか?

パーパス実現のために「今」最も重要なことをカンパニーOKRとして切り取り、その実現のために各部門でOKRを策定し、最終的には個人OKRにまで落とす。そして、これらがピラミッド構造としてつながることで、個々のメンバーにとっての仕事の意義、今の優先順位、成果指標全てが明確になります

そして、個人OKRにまで落とす過程で「自律的に」OKRを定めていくことで、トップダウンとボトムアップの融合がデザインできます。詳しくは、私が以前書いたnoteをご参照いただければ。

OKRは最高の経営システムだ

OKRは自律的な経営のために非常に有効だと考えていますが、これは短期的なフォーカスを明確にして組織に浸透させるもので、長期的なオペレーションエクセレンスの構築や、長期的な価値観の浸透には別の仕組みが必要だと考えています。

そこで紹介したいのが、シンプル・ルール経営です。

シンプル・ルールとは何か?

「シンプル・ルール」は、スタンフォード大学のEisenhardt(アイゼンハート)さんが提唱する理論・手法です。

シンプル・ルールに初めて言及された「Dynamic Capabilities, What Are They?」という論文は、Strategic Management Societyの「過去10年の最優秀論文」にも選ばれています。

Stanford Graduate School of Businessの講演において、彼女は以下のように述べています。

Simple rules are short-cut strategies that save time and effort by focusing our attention and simplifying how we think.
シンプル・ルールとは、目的にフォーカスして思考をシンプルにすることによって、時間と労力をセーブするためのショートカット戦略です。

うーん。何のことだか良くわからないですね。当たり前のことを言っているように見える。

しかし、変化が激しい複雑な環境(経営学でハイパーコンペティションと表現されます)下で、企業が変化に適応して成果を上げ続ける能力・ルーティン(同じく、ダイナミックケイパビリティと表現されます)を持つための指針として、このシンプル・ルールは長らく注目されています。

市場が単純だった時は、複雑な戦略を持つ余裕があった。逆に、市場の変化が激しく、複雑性が高い今は、戦略をシンプルにする必要がある。方向性は明らかにするが、その適用を限定してしまわないシンプル・ルールが有効。

例えば、Harvard Business Reviewの「シンプル・ルール戦略」に書かれている、ヤフーの成長期のシンプル・ルールがこちら。

・開発中の各商品の優先順位を把握する
・各エンジニアは必ずどのプロジェクトでも働けるようにする
・ユーザーとのインターフェースは常にヤフーならではの体裁を保つ
・新商品は目立たぬよう導入する

このルールの下、開発担当者たちは自分で選んだ方法で商品を開発できる。そして、現場起点でスピーディに多くの新商品(スポーツ・ページ等)が開発され、ヤフーの成長を牽引したそうです。

シンプル・ルールについては多数の論文で有効性が示されていますが、これは驚きの結論ではなく、多くの経営者が直感的に、当たり前に実践していることではないかと思います。シンプル・ルールの重要性は直感的に分かる。複雑なルールは応用範囲が狭く、しかも組織に浸透しない

私がここで書きたいのは、シンプル・ルールを、知識創造プロセスを解説したSECIモデルを補完するものとしてとらえることです。シンプル・ルールを用いた知識創造経営。これは、冒頭に書いた様に、「働きがい」を実現する自律的な経営につながります

SECIモデルの適用を広げる

SECIモデルでは、形式知と暗黙知に知識を大別しますが、この間には大きなギャップがあります。

※ そもそもSECIモデルとは何なのか、ということについては「新規事業でもっとも重要なスキルを、いかに伝承するか」という過去記事を参照いただければ。

例えば、「プログラミングされた特定のコード」は、基本的には形式知でしょう。人による解釈のぶれはない。逆に、「リーダー育成の方法」には、形式知の要素は少なく、あっても定性的なもので人による解釈は大きくぶれる。なので、暗黙知と呼ぶことが適切だと思います。

「法人営業の方法」について考えてみると、暗黙知の部分もありますが、ヒアリングや営業フェーズを進める手法など、明確な形式知として抑えるべきポイントもある。なので、形式知と暗黙知の中間に位置する。

現実は、形式知と暗黙知に明確に分けることは難しい。形式知と暗黙知の段階を定義する必要があります。

・記述の抽象度:知識の適用効果や適用範囲の抽象度(抽象度が高いほど暗黙知的)
・適応の複雑性:知識の適用ケースの枝分かれの複雑性(複雑なほど暗黙知的)

この2つで段階を定義してみます。例えば「プログラミングされた特定のコード」は、その適用ケースはシンプル、適用範囲、適用効果は具体的(ゆえに形式知)。逆に、「リーダー育成の方法」は、複雑で膨大なステップが必要で、かつ、その成功の定義やプロセスを具体的に記述することは難しい(ゆえに暗黙知)。

「法人営業の方法」は、適用ケースはある程度枝分かれするが、その成功は具体的(顧客獲得)なので、これらの間に位置する。

これらをまとめたのが下の図です。

シンプル・ルールは形式知と暗黙知をつなぐ

結論から先に述べると、「シンプル・ルールで形式知と暗黙知のギャップをつなぎ、SECIモデルの「共同化」以外の、暗黙知の伝承の方法を生み出したい」というのが本稿の主張です。

シンプル・ルールは、一定抽象的なものです。抽象的だからこそ、複雑なケースへの応用が効く。ただ、抽象的過ぎては人による解釈が大きくぶれてしまい成果が出せない。例えば、「顧客に誠実になろう」というような抽象度が高い文言は、ルールというよりはバリュー(価値観)の表現ですね。

シンプル・ルールには、適用ケースを広げるけども広げすぎない、「いい感じの」抽象度が必要です。

この概念を示したものが下の図です。

この概念の整理により、「共同化」以外の暗黙知の伝承の方法を編みだしたい。

SECIモデルにおける共同化。共同作業により暗黙知を伝承すること。これには、スケールがとても難しいという課題があります。

例えば、「リーダー育成の方法」という暗黙知を、共同化により伝承し、「リーダーを育成できるリーダーオブリーダーズ(役員など)」を増やす、ということを考えてみましょう。

私は、Aさんを次の役員として期待している。そのためには、Aさんが「リーダーを育成できる暗黙知」を身に付けなければならない。前提として、私にはその暗黙知が備わっているとします。

そうすると、私の暗黙知をAさんに伝承するために、「リーダーを育てる」という行為を、Aさんと私で共同化する必要があります

具体的には、リーダー候補の方と私が直接コミュニケーションし、その方の個性、伸びしろ、将来に向けての意志などを把握し、Aさんに、どういう風にそのリーダー候補の方を育成するかをアドバイスします。一次情報を共通化することで、「共同化」の最初の形がつくれます。他に、私とAさんでリーダー候補の方とキャリアについて話す2on1などを実施するのも良いでしょう。

これは1つの「共同化」の具体例ですが、おそらく多くの方がそう思われたように、これは大変です。スケールが難しい。私の経験でいうと、このような「共同化」を通じてリーダーオブリーダーズを育成するのは、一度に1人か2人が限界です。

この壁をシンプル・ストーリーで乗り越えたい。

シンプル・ルール経営の具体例

ユーザベースでは、リーダーシップについて、「7つの両立」というシンプル・ルールをつくりました。

1:今をつくることと、未来をつくることの両立
2:部分最適と、全体最適の両立
3:結果コミットと、健全な働き方の両立
4:ビジョンの先導と、現場オーナーシップの両立
5:リーダーの感情共有と、メンバーの感情共有の両立
6:スピーディな意思決定と、コンテキストの共有の両立
7:リーダーの高い専門性と、メンバーに任せることの両立

リーダーシップは各々の個性に基づくもので、一つの決まった型がある訳ではない。ただ、ユーザベースが、共通のパーパスとバリューを持つ集団である限り、そこには緩やかなリーダーシップの型が存在し得る。

それを一定抽象的に、一定具体的に言語化したものがこの「リーダーシップの7つの両立」です。1番目の「今をつくることと、未来をつくることの両立」をリーダーシップの定義として、その下に、それを実現するための6つの両立を書いています。

実際の社内の資料では、1つ1つの両立に関する説明文や、これらの両立をチェックするポイントや、これらを両立する具体的なHOWの例などを載せています。

これにより、リーダーを育てるという共同化の形が完璧につくれなくとも、次々にリーダーが生まれる状況を一定つくれるのではないかと考えています。これは、共同化を否定するものではなく、この様なシンプル・ルールをつくってこそ、共同化が有効に働くとも考えています。

また、ユーザベースには他にM&Aについてのシンプル・ルールもあります。これは、過去の、BtoB事業での買収の一定の成功、Quartzの買収の失敗等から、M&AのGo or No Goを判定する独自のルールです。

ただ、ユーザベースのシンプル・ルール経営への取り組みはまだ始まったばかりだと思います。この取り組みを社内で加速させたく、この文章を書いている、という一面もあります。

シンプル・ルール経営は人を幸せにする

まとめに入ります。

そもそもの問題意識は、「自律的な企業をつくることが難しい」という点でした。

そして、パーパスと「今」をつなぎ、自律的な意思決定の土台になるOKR経営は、自律的経営のために有効な経営システム。

さらに、シンプル・ルール経営により、シンプル・ルールを参照し、個別性が高いケースに適応できる知識が、現場で動的に創造される(自律的に生まれる)、ということを目指す。

これは、OKR経営だけでは難しい、長期的な、オペレーションエクセレンスの構築やバリュー(価値観)の浸透にも役立つと考えています。

もう少し具体的に、シンプル・ルール経営のHOWを書いてみます。

1:形式知の領域は、アルゴリズムレベルまで形式知を進め、ソフトウェアで自動化するか、アウトソーシングする

2:暗黙知の領域は、一部具体化し、シンプル・ルールを定め、現場における動的な知識創造をサポートする

形式知の領域は、とても大切だけど、働いていてつまらない。決められたマニュアル通りに作業し続けるのはつらい。

これは、アルゴリズム化して自動化する。もしくは、クラウドソーシングの優れた仕組みを持つ企業などにアウトソースする。

暗黙知の領域は、とても大切だけど、それを持つ人を急速に増やすことは難しい。属人性が高まり、一部の人に過剰な負担が発生したりする。

これは、一部でも具体化して(その企業のパーパスやバリューに紐付いた)シンプル・ルールをつくり、色んな人が、そのルールを参照して複雑なケースを自律的に解決する仕組みをつくる。

そして、シンプル・ルール自体が具体的なケースへの適応を通じて改善され続けるサイクルをつくる。

知の創造は、間違いなく人の喜び。

シンプル・ルール経営で、自律的な知の創造を促進し、働く人の喜びを生む経営を実現していきたい。

今回、シンプル・ルールをSECIモデルの文脈で書いてみました。もし、この分野の研究があれば、ぜひ教えていただきたいです。

感想や質問など、自由にコメントいただければうれしいです〜。

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