アメリカから帰ってスーパー銭湯に1日入り浸ったら、HPが全回復した〈下〉

2022年9月11日
全体に公開

MBA留学から帰国した翌日に向かった近所のスーパー銭湯。いつもなら入浴だけで済ませるところですが、今回は「フルコース」で1日過ごしました。

理由は、帰路でとても疲れていたこと。そして、その日は他の予定が何もなかったためです。ただ、いま振り返ると、漫画『1日外出録ハンチョウ』の影響があるかもしれません。

この漫画は、人気漫画で映画にもなった『カイジ』のスピンオフ作品です。世間から隔離されて地下労働をさせられている闇金の多重債務者たち。地下で流通する通貨「ペリカ」(日本円の10分の1の価値)を貯めて大金を払えば、1日だけ地下からの外出が特別に認められる「1日外出券」を手にできる、という設定です。

スピンオフ主人公の「ハンチョウ」ことE班の大槻班長は、地下労働施設内で賭博を開き、不条理に集めた大金で「1日外出券」を度々使います。

ほかの労働者たちがこの券を使った場合は「地上にいられるのは24時間しかない」と焦って動き出します。ただ、慣れたハンチョウはあえて悠然として、「日常であること」を贅沢に楽しむーー。そんなお話です。

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アメリカ生活が「地下労働施設」ではもちろんないですが、ことお風呂に関しては、日本人からすると、まったく物足りない国です。

バスタブがあっても「シャワーの受け皿」。同級生のアメリカ人たちに聞いても、湯船に浸かっている人はいませんでした。

5年前のボストン留学ではマンションのバスタブで熱湯が出ずに困りました。旅行で訪ねて来る母親に日本のホームセンターで「長くて太いホース」を買って持ってきてもらい、熱湯が出る洗面台から毎晩、ホース伝いにお湯を注いでしのぎました。

アメリカでいかにお風呂タイムを充実させるかーー。在住の日本人にとってはビッグイシューです。グーグルで検索すると、たくさんのDIYやTips(お役立ち情報)が載っています。

そんな外国でお風呂に満足に入れなかった日本人が、「1日外出券」を握りしめて、「今日はとことん堪能するぞ」と、スーパー銭湯にやって来た。そうイメージしてください。

私が過ごしたフルコースを五つ、お値段とともにご紹介します。

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1.入浴と岩盤浴プラン(5種のヒーリングサウナと漫画1万冊) 1,450円

岩盤浴もさることながら、「漫画1万冊」が気になって追加料金を払った合算です。プラン専用の館内着を着て施設の2階に上がると、壁一面に本棚があり、コミックがずらりと並んでいました。

ほかの常連さんたちは、岩盤浴の部屋の中で横になって、じっとりと汗をかきながら漫画を読むという、なんとも怠慢、でも贅沢な「一石二鳥」の過ごし方をしていました。私もそれを真似しました。

この日に読んだのは、高校の男子バレーを描いた漫画「ハイキュー‼︎」。国内では発行部数がシリーズ累計5,500万部の大ヒット作で、朝日新聞の記事「日本バレーに熱視線 東南アジアで人気急上昇」によると、13年にタイ語、16年にベトナム語とインドネシア語で刊行され、各地で人気だといいます。

アメリカで目にする漫画といえば、◯と棒を使ったセリフ漫画。そこから進化していません。MBAの授業でも引用されましたし、MITの大学新聞でも4コマ漫画的に載っていました。あとはいわゆるアメコミで、ヒーロー・ヒロインが、なぜか壊された地球を救う展開ばかり。

一方、日本の漫画はバラエティ豊かです。

日頃から熱心に読む方ではない私でも、最近手に取った作品を挙げると、会社員の出世物語「課長島耕作」から、殺し屋が人間的に成長する「ファブル」、中学受験の舞台裏を描いた「2月の勝者」、大ヒット「鬼滅の刃」など多種多様のラインナップがあります。

アメリカ帰りで、漫画喫茶も兼ねたスーパー銭湯で過ごして、日本のマンガ文化の裾野の広さを改めて実感しました。英訳されていない漫画の数々の存在を海外の人たちが目にしたら、びっくりするでしょう。プレゼンスのさらなる向上を願っています。

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2.ヘアカット・男性 1,400円

アメリカ生活で困る一つがヘアカット。散髪です。

「日本と同じように切ってほしい」と思うなら、現地の日本人美容師さんに頼むのが最善です。利用している留学生や駐在員の方々も少なくありません。

ただ、供給より需要が多い「売り手市場」。メンズのカットで日本人に切ってもらうとなると、今の相場は50ドル(7100円)から。安くても40ドル以上はします。女性のヘアセットなら、さらに高いです。

日本では、先ほどの漫画市場もそうですが、ヘアカット市場も高いレベルで過剰に競争しています。このため、技術か接客術、価格のいずれかで勝負するしかありません。お客さん優位の買い手市場です。

売り手市場のアメリカで仕事をしている日本人美容師の一人は「正直、日本ではもう仕事できないですよね。接客とか料金とか、いろいろと、こちらの方が環境がよくて」と打ち明けました。

そんなボストンから帰国した翌日、私が利用したのは、スーパー銭湯の入り口に近いヘアカット店。

男性の店長さんが切ってくれました。私のアメリカ帰りを知って、現地でのコロナの状況や暮らしぶりなど、丁寧な口調で話題にされました。話すのがしんどくて黙っていたい時もあるのですが、久しぶりに「相手の言っていることが100%わかる」状態だったので、私も店長さんとの会話を楽しみました。

手早いカットは25分ほど。仕上がりは、価格を考慮せずとも、以前にお世話になったボストンのヘアカットよりも上だと私は判定します。

安い、うまい、おもてなし。

これが三拍子がそろった日本のサービス業ですが、アメリカとの価格差はお伝えした通りです。顧客としてはありがたい半面、デフレや開きすぎる賃金格差は、やはり大きな課題だと、館内の散髪屋を後にしながら思いました。

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3.あかすり おすすめコース70分 8,800円

大好きなタイ古式マッサージと迷ったのですが、アメリカでのシャワー生活もあって、文字通り「垢を落とそう」と、利用してみました。

勧められるままに70分コースにして割高感がありましたが、散髪屋の店員さん曰く「スーパー銭湯で1番の稼ぎ頭」だそうです。

銭湯の内湯に近い一角にあるあかすり場。韓国語なまりのおばちゃんが、とにかく手際よい。「お客さん背中、すごいたまってるよ。1カ月に1回ぐらい来たらいいよね。子供も一緒にね」と言われました。

ジャカルタで韓国出身の家族と親しくお付き合いさせていただいたのですが、韓国では子供にお金を握らせて、「垢すりに行っといで」と、散髪感覚で送り出すとか。

髪もスッキリして、あかすりも終えて、なにか付き物が落ちたような感覚がしました。

4.露天風呂とテレビ

午前10時の開店から間も無く入ったスーパー銭湯でしたが、ヘアカット、あかすりと進んで、ようやくお風呂にゆっくり浸かりました。

ヘアカットの店長さんが「コロナ禍で顧客が激減したけど、最近は戻ってきた」と言っていた通り、週末ということもあって、高齢者から子供まで大勢でにぎわっていました。人気はやはり、内湯よりも露天風呂。テレビがあちこちにあって、高校野球の中継前には人だかりができていました。

露天風呂については、5年前のボストン留学で日本のそれとは違った特別な体験をしました。アイスランドにあるブルーラグーンという露天風呂です。

アイスランドの露天風呂ブルーラグーン=2016年、野上英文撮影

なぜアイスランド?と思われるかと思いますが、東海岸のボストンから直行便で5時間の近さです。実はアメリカの西海岸に行くよりも近く、ツアーのチラシに目を止めて参加しました。この露天風呂はプールのような広さで、ビールやジュースの特設バーもあります。

水着着用ですが、アイスランド観光の立ち寄り先として大人気。とりわけ海外在住の日本人にはツボのようです。ツアーで一緒だったNY在住の日本人女性は、「この露天風呂が楽しみで、毎年ツアーに参加している。これで6回目」と教えてくれました。

帰国した日本。ブルーラグーンのようなスケールでなくても、シャトルバスを使って15分ほどで足を伸ばせば、スーパー銭湯があって、大きな露天風呂に入れました。あのNYの女性も、この環境が近くにあったら、きっと5時間かけてアイスランドに飛ばずとも、満足感を得られるでしょうね。

5.釜揚げうどん御膳980円

お風呂で温まったら、いよいよご飯です。

アメリカの食事については、今回だけでは語り尽くせないほど。帰国した日本人の同級生は全員「日本は料理が最高すぎる」と口を揃えます。

風呂上がりの私は、館内の食事処に入り、メニューをながめました。

うーん、どれも、とにかく美味しそう。

それがアメリカ帰国翌日の率直な感想でした。

迷いに迷って頼んだのは、天丼付きの「釜揚げうどん御膳」です。

驚いたのが、頼んでから配膳されるまでのスピード。おそらく5分もたっていません。

あまりの速さに「はやっ!! もうできたんですか」と、店員さんに言いました。

スーパー銭湯で頼んだ、天丼付きのうどん御膳=野上英文撮影

写真から想像できますが、美味しすぎて湯上がりの体に染み渡りました。

値段は980円。今のドル換算で6ドル88セントです。アメリカでそんな「小銭」で、絶対にこの御膳は食べられません。軽く20ドル(2850円)は、かかるでしょう。加えて、チップにサービス料だのなんだので、日本円で3千円は超えると思います。

漫画・アニメ、ヘアカット、あかすり(韓国風)、露天風呂、日本食。

日本にいると、なんと言うことのないラインナップです。ただ、一か所で、どれも満足度が高く、しかも格安に堪能できる場所は、世界中どこへ行ってもないでしょう。スーパー銭湯は、老若男女が楽しめる「ジャパニーズ・ユートピア」です。

海外の方々は知らないだけかもしれません。寿司も天ぷらもいいですが、それらも全部あるSUPER SENTO(Hot Spring)も、日本のソフトパワーです。

こうして食後にまた漫画を読みながら岩盤浴をしたかと思うと、露天風呂に浸かったり、サウナに入ったり、リクライニングソファで寝そべったり。スーパー銭湯に1日入り浸って、アメリカ帰りの私のHP(気力・体力)は全回復しました。

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