In-Playとなったセブン・アイ②

2024年8月20日
全体に公開

クシュタールからの買収提案についての続報が色々出てきていますね。

皆さんが気になっているだろう本件のM&A案件としての論点について考察をしておきたいと思います。

友好的買収であることの重要性と検討点

まず、クシュタール側も友好的買収提案であることを強調しています。これにはいくつかの論点があります。

もちろん誰も買収提案をする際においてはできれば対象会社経営陣に支持してほしいと思うでしょうから、自分たちが買収することでシナジーが創出され、買われる企業にとってもいいことがあるということを理解してほしいと思うのは自然です。その点でも友好的買収を追求したいとまず思うものです。

一方、買収のテクニカルな話として友好的買収であるという形をとることは本件においては大事になります。

まず、前回の投稿で、クシュタールの買収ファイナンスとしてセブン&アイの将来キャッシュフローを担保に銀行から買収資金の一部を借り入れることを前提に分析をしました。この巨大案件については、クシュタールの本体の財務余力だけでは買収資金をまかなうことができないからです。銀行から借り入れるためにはセブン&アイのデュー・ディリジェンス(DD)を行えることが重要となります。本件のような規模の案件でDDを行う際には、買収者であるクシュタールだけでなく、彼らが融資を期待する銀行団も一緒にDDを行うことになります。

そのためにもまずは友好的に交渉を進め、「公正なM&Aの在り方に関する指針」でも規定されている真摯な提案であると認めてもらい、DDをすることを受け入れてもらう必要があるわけです。DDを行い、セブン&アイの将来の事業計画(開示されていないレベルの詳細)を開示してもらい、経営陣自ら説明をしてもらい、その上でクシュタールとして何が上乗せできるかなど検討し、銀行からローンを調達することになります。

経営陣に買収自体を早期に拒否されてしまった場合、DDを行うことができなくなりますので、セブン&アイの将来キャッシュフローを担保に買収資金を調達することが難しくなりますので、事実上クシュタールによる買収は頓挫する可能性が高いだろうと思います。

非同意型買収を実際にクシュタールが実行する場合のシナリオとしては、一部の買収資金をクシュタールの株式によってオファーするという可能性はあろうかと思います。クシュタール株を買収対価として受け取ることのハードルはセブン&アイの株主にはあるでしょうから、買収が実現する難易度は上がるかもしれません。買収価格を上げる代わりに買収対価を全額キャッシュではなく、株とキャッシュの組み合わせによる買収とするという可能性は無くはないかもしれませんが。

銀行においても、セブン&アイは上場企業であり、財務や事業の状況、経営方針に関する様々な情報が開示されていることに加えて、上場会社として重要事実は開示する義務がそもそもあることから、相当程度の高い透明性をもって様々な情報がすでに公開されていますし、それに加えてセブン&アイの展開する事業領域は業界全体としても様々な情報が入手でき、分かりやすいビジネスであることからも、DD無しにでもある程度まではセブン&アイの将来キャッシュフローを担保にクシュタールに買収ファイナンスを提供する可能性もなくはないと思います。最近では、AZ-COM丸和ホールディングスによるC&Fロジホールディングスへの非同意型買収提案において、みずほがアドバイザーを務めていた事例があったのも記憶に新しいところです。

いずれにせよ、今回の提案は上記のような背景から、DDができることを条件にした(いわゆるsubject to DD)友好的買収提案という建付けにまずはなっていることと思います。

対象会社がDDに協力してくれれば対象会社の将来キャッシュフローを担保に銀行ローンを調達でき買収資金の一部をまかなえるようになるわけですが、買収提案時に全額買収資金を用意できていない提案について真摯な買収提案として取り扱わなくていいかは「公正なM&Aの在り方に関する指針」においても残念ながら明確にされませんでした。

但し、本件においては、まず対象会社のガバナンス体制が通常の日本企業とは大きく異なっており、外国人取締役を含め欧米的な取締役会になっていることから、必ずしも日本人の心情として日本のブルーチップ企業が欧米企業に買収されるなんてシンプルに言語道断・断固反対だ、などといった感情だけで買収を評価しないであろうことが予見されます。

また、このような真剣な買収提案がなされた場合には、他の買い手候補から手が上がる可能性もあり、複数の買い手候補が手を上げ始めると、様々な事業展開の可能性が示されることになることに加え、買収価格も高くなりがちであり、セブン&アイとしても買収を拒否しつづけることは難しくなっていくでしょう。

買収提案でいくらの価格・価格レンジの提案がなされているのか投資家としては気になるところですが、相当なプレミアムのついた提案価格の買収提案を経営陣が拒否する場合に、買収提案が企業価値向上に資さないので反対だというのであれば、その買収価格を上回る株価を実現する経営方針を独自に策定できるのかといった説明が逆に経営陣には求められることになります。

株主からのプレッシャー

セブン&アイはバリューアクトとの攻防があったことで高い水準のガバナンス体制が築かれていることにすでに触れましたが、仮に経営陣が買収を拒否し、DDも受け入れないという対応をしてきた場合には、不満を持つ株主が動き始める可能性がありえるでしょう。

例えば、買収提案が経営陣によって単純に却下され、失望した投資家がセブン株を売ることで株価が買収提案発表目の水準に戻るようであれば、それを好機とみたアクティビスト投資家などの株主が逆に買い増しを進め、経営陣に対して再検討を強く促すと言った動きも無くもないだろうと思います。臨時株主総会を招集して、買収提案に前向きな取締役候補を選任するよう求めるような動きすらありうるかもしれません。

この手の大型買収案件になりますと、来年の株主総会まで交渉が続いている可能性もあることから、臨時株主総会を招集することなく、来年の定時株主総会で取締役の入れ替えバトルが発生することになるかもしれません。

独禁法について

独禁法の審査がハードルになるかもしれないという報道も一部出ていますね。

セブン買収提案のM&A巧者 世界で小売り再編の目に
2024年8月20日、日経新聞

Canadian bid for 7-Eleven owner likely to face US antitrust scrutiny
2024年8月20日、Financial Times

独禁法については誤解している人も多いという印象を持っていますが、独禁法当局によって単純に買収が承認されないという決定がシンプルに下されるケースは少なく、通常は最終的に買収不承認の決定に至る前に、是正措置の指導が入るものです。例えば今回のコンビニ事業でいうと特定の地域においてシェアが高くなりすぎるという懸念があるとすると、特定の地域の店舗は他社に売却することなどの条件を満たすことによって独禁法の承認が得られるなどといったことがありうるわけです。

コンビニ業界は日本もアメリカもそれなりにプレーヤー数はいると思いますし、一部地域の店舗を他社に売却するといった措置を講じることができれば、独禁法で買収が完全に不承認になるという可能性は低いのではないかと思います。

本件において、独禁法の問題は、買収に要する時間が長引くことになることはあっても、最終的な買収が不成立となることにはつながらないのではないかなと思います。

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