【ニュース上乗せ&基礎情報整理】EUとの自由貿易協定発効を控えたメルコスールとは?

2023年7月26日
全体に公開

 今月、英国のCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)加入というニュースが流れました。環太平洋なのに英国?というツッコミもNewsPicksコメント欄で散見されました(実際は締約国が合意すれば太平洋岸諸国に限らない)。そんな中「大西洋側にはTPPみたいな協定ってないの?」という質問を学生からもらいました。

 結論申し上げると大西洋側にTPPのような協定はありません。しかし、実に数多くのFTA(自由貿易協定)が北米・欧州・南米、アフリカ間で張り巡らされています(ジェトロのデータベース参照)。中南米諸国の中には、メキシコやチリなど「FTA先進国」と呼ばれるほど世界の多くの国々と1990年代からFTAを結んできた国が存在します。もともと中南米地域は世界に先駆けて自由貿易地域形成に動いていた地域です(後述)。

しかし、域内最大の経済規模を誇りながら、中南米域外の国々とは殆どFTAを結んでいない経済ブロックが存在します。それがブラジルやアルゼンチンなどが加盟しているメルコスール(南米南部共同市場)です。

このメルコスール、世界の貿易協定締結の潮流にうまく乗れず今に至っています。しかし、20年がかりで交渉していたEUとのFTA交渉が2019年6月に政治合意し、発効までもう一息という所まで来ています。この大西洋をまたいだ協定は、GDPや人口でみて世界的にも大型の関税同盟同士ということもあり、発効すると両地域で事業展開している日本企業のビジネスにも影響が出てくる可能性があります。

関税同盟・メルコスールとは?

 メルコスールは1991年にアスンシオン条約で設立が合意され、1995年に関税同盟として発足しました。原加盟国は、アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイです(ベネズエラも2012年に加盟しましたが資格停止中。ボリビアは各国議会で批准手続き中)。

 関税同盟というのは、加盟国以外の国からの輸入に対して共通の関税率表をもとに課税する「対外共通関税」を有し、他方で加盟国同士の物品貿易においては関税を削減・低減するものです(以下図参照)。

出所:筆者作成

 EUと同様、物品貿易以外でも幅広い分野で統合や制度の調和を目論んでおり、例えば人の移動に際しても加盟国の在住者はパスポートなしでお互いの国を行き来できます。ただし、各種マクロパフォーマンス、産業構造の差異等により、ユーロのような共通通貨導入には至っていません。共通通貨構想については、これまでも「出ては消え」という感じでした。今年1月にブラジルのルーラ大統領がまた共通通貨構想をぶち上げたのでNewsPicksでも多くピックされていましたね。現時点では、ユーロ型の共通通貨ではなく、貿易決済に限定したものを引き続き検討しているようです。

ちなみに中南米には、メキシコなど太平洋沿岸諸国から成る太平洋同盟というもう一つ大型の「自由貿易圏」があります。これについてはいずれ詳細解説しますが、関税同盟ではなく自由貿易圏です。つまり、各国ごとの関税率表が維持されたまま、加盟国同士でFTAを結ぶことにより域内貿易を自由化するというスタイルをとっています(以下図参照)。太平洋同盟は、旧NAFTA(現USMCA)やTPPと似ていますが、加盟条件として、加盟国全てとバイのFTAを結ぶのが必須という点で若干相違があります。

出所:筆者作成

中南米には地域貿易協定を生み出す「畑」が存在する

 1960年代から中南米には、地域貿易協定を生み出す土壌がありました。ALADI(ラテンアメリカ統合連合。Asociación Latinoamericana de Integración:英語略称LAIA)はそうした土壌の中で作られた一つの「畑」といってもいいでしょう。地域貿易協定を生み出す土壌、そしてALADIが生まれた背景は次の通りです。

【1.初期:中米、カリブで地域貿易協定締結の動き】1961年以降、キューバ危機等等地政学的要素等を背景に、まずは中米やカリブ海周辺で地域貿易協定が結ばれました。

【2.南米諸国のチャレンジ】1961年、南米ではALALC(ラテンアメリカ自由貿易連合条約:英語略称LAFTA)が1973年までの自由貿易地域完成を目指して発足しました。ALALCは厳格な最恵国待遇の原則に基づきつつ域内の自由化を目指しましたが、協定履行の難易度は高いものでした。域内先進国(ブラジルなど)がメリットを受けやすく、アンデス諸国(ペルーなど)からの不満もあり、アンデス諸国は、ANCOM(アンデス共同体)という別の関税同盟を発足させてしまいます。結果的にALALCは、掲げていた1973年の自由貿易地域実現のゴールを断念します。

【3.ALADI誕生】1981年、ALALCの弊害を改良した経済統合体としてALADIが発足しました。改良点として、「自由貿易地域完成の期限を設定しない」、「開発水準の高い域内国が低い国に対し、より大幅な関税譲許をすることが可能」、「最恵国待遇なし」等が挙げられます(ちなみにこのALADIは、途上国間の協定であることから、WTOに対しては授権条項に基づいて通報済み。そのためGATT24条にもとづく厳格な要件は適用されない)。

こうした割と緩やかなルールのもと、多くの2国間あるいは複数国間の経済補完貿易協定(関税削減を含む協定。FTAほどの自由化率を達成しなくてもOK)が生まれ易くなったわけです。このALADIに登録された関税減免を伴う「経済補完協定」と呼ばれるものは本稿執筆時点で75にのぼります。この中には9割以上の品目が自由化対象になっているいわばFTA水準に達し、さらに政府調達など関税減免以外の条項を追加された協定も存在します。

メルコスールは、この枠組みの中でNo.18の協定として登録されています。ビジネスパーソンがチェックしておくべき原産地規則の書かれた条文など、ALADIのウェブサイトで閲覧可能です。

ウルグアイ・モンテビデオ市にあるALADI本部(筆者撮影)

トップ画像:ウルグアイ上空からみた大西洋、ラプラタ川河口(筆者撮影)

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