トマトが強すぎる!「ひのトマトフェス」が全国ブランドに育つ日

2024年4月25日
全体に公開

 4月21日(日)、東京は日野市、JR中央線豊田駅から「何事?」というレベルの長蛇の列ができていました。その列の発生源は「第3回 ひのトマトフェス2024」、日野市は立川市の南、八王子市の東に位置する多摩地域の自治体です。この日はその名の通り日野市のトマトをPRする直売イベントが開催されました。
私も基幹駅前や都心など数々のマルシェなどを見てきましたがここまでの盛況はなかなかありません。
あまりの人気に入場制限をかけながら1時間足らずでほぼ売り切れてしまう盛況ぶりでした。

駅からトマトフェス会場への行列

行政でも農協でもなく、農業法人「ネイバーズファーム」が旗振り役

 このイベントの主催である「ひのトマトフェス実行委員会」は日野市でトマト生産を手掛ける(株)ネイバーズファームが飲食店wanocafeと組んで結成、2022年に第1回目を開催しました。4月となると施設栽培のトマトが旬を迎え、生産量もかなり増えるなかで、その加工品も併せてアピールしようという内容でした。
2023年には規模を拡大、この時も大盛況で開始後30~40分でトマトが完売。
そして今年はさらに拡大、都内の有力なトマト生産者にも声をかけ、クラフトビールやキッチンカー、飲食店やイベントステージなど盛りだくさん。それでも生鮮品の直売は1時間で完売という盛況ぶりでした。

日野市ではおしりの尖った「ファースト系トマト」が推し
   発起人の梅村桂さん(㈱ネイバーズファーム代表取締役)  

「今日みたいな暑い日は、生鮮野菜は1時間くらいで売り切れてしまうのが本当はいいんですよね。最後までモノが残ってしまう直売ほど哀しいことはないので。」とあっという間の完売をすがすがしく肯定。行政などが主催の公的なイベントとなると「15時まで開催なのに肝心のトマトがすぐに売り切れるなんて!」といった市民からのクレームなどに苦慮するところですが、民間で、生産者自らリスクをとって主宰している立場からすると「十分用意して、瞬殺で売り切る」が最もコスパがいいわけで、その割きりこそがむしろ素晴らしいと感じました。

 梅村桂さん(旧姓川名桂)は2019年に新規就農してまだ5年ですが、都市農業界ではかなり知られた存在です。その理由の一つはそれまで不可能とされてきた市街地において施設栽培での新規就農を新制度(都市農地の貸借法)に乗って実現させた全国第一号であること。
 「全国第1号女性新規就農者誕生!生産緑地を借り 農業を始めた川名桂さん」

そして、東大出身の20代女性であるということも多くのメディアが着目するところとなりました。大手新聞、キー局には一通り取り上げられたのではないかと思います。 NewsPicksでも5日連続の特集が組まれています。
「東大卒の私がなぜ農業を仕事に選んだのか
さらに、2024年2月には「ミズとうきょう農業」に小池都知事より任命されました

(株)ネイバーズファームの施設栽培

 しかし、私自身、様々なイベントの企画、運営に携わってきていますが、実際に来場される方々の多くはそんな背景に惹かれてやってくるわけではありません。純粋に「いってみよう!」と思える何かがあるかどうかが決め手となります。しかも、このイベントは手弁当でつづけられてきており、公式サイトもなく、広告宣伝費もほぼかかっていないのです。

トマトというキャラの立った野菜

 一つには「トマト」という人気野菜でありながら一部アンチも存在する「キャラ立ち」感は大きいでしょう。苦手な人が一定数いないとキャラは立ちません。ポスターからもちょっとクセのある感じが伝わってきます。

農林水産省のサイトによるとトマトは農業産出額において品目別ではトップの2240億円(2022年データ)。つまり日本で最も稼いでいる野菜は?というならばトマトとなります。LINEが運営する「LINEリサーチ」による好きな野菜ランキング2023年によると女性では「トマト・ミニトマト」(63.2%)とトップ。(男性では9位)

日本は1人当たりのトマト消費量においては世界平均よりも随分低い

ここまで行くと「日本人ってトマト大好きなんだな~」という印象ですが、実は世界的にはトマト消費量はむしろ低いといえます。日本人1人当たりの年間摂取量は約7㎏となっていますが、これは世界平均17㎏と比べるとかなり低い数字です。世界ランク1位のチュニジアでは1人当たり年間消費量98㎏と日本人の14倍
トマトを使ったバスタやピザ、チーズとの組み合わせなどで思いうかべるイタリアは意外にも20㎏と平均より少し多いくらい。アメリカはそれを上回る32㎏です。

どうやったら私たちの14倍もトマトを食べられるのか?

 これは日本においては「トマトは生食」と独自のイメージがもたれていることが影響しているように思います。海外では加熱して煮込みをはじめソースや調味料として日本における味噌のように使われることもよくあります。トマト生産大国においては広大なトマト畑にビニールハウスも支柱も何もなくゴロゴロとトマトが転がっているところをトラクターで一気に収穫していくスタイルが一般的です。世界生産量ランキングでいくと1位中国、2位インド、3位トルコと消費ランキングとまた異なるところが面白いところです。

海外の加工用トマト農場は日本におけるビニールハウス栽培とは全く異なる農法

 高糖度トマトをフルーツ感覚で丁寧にたべるのはもはや日本独自の新しい食文化と言えるでしょう。消費量は少ないにもかかわらず経済的には高単価で収益性の高い農業となっているというのが統計上も明らかです。

しかし、そう考えると日本におけるトマトも生鮮品や加工品もあわせ「トマトの概念を変える新しいフルーツ」として食文化ごと海外に輸出などの伸び代があるという見方もできます。このイベントでも「トマトを使ったクラフトビール」「トマトシェイク」はじめトマトを使った加工品の数々が販売。ここまでトマト尽くしとなっていると「一度は食べてみたい、飲んでみたい」という好奇心も大いに刺激されたということでしょう。

フルーツのように扱われる日本の高糖度トマト

「ひのトマトフェス」が「よこすか海軍カレー」のように全国ブランドになる可能性

 会場となったJR中央線、豊田駅近くの「かどっこ広場」は決していつも人が集まるような場所ではありません。近くに大型商業施設があるでもなく、ひのトマトフェスの来場者のほとんどは「たまたま通りがかった」のではなく明らかにこのイベントを目指してやってきています。冒頭に触れたように、広告宣伝にも大きな費用は掛かっていません。それでも開場の30分前には会場から駅までの100mほどが埋まるほどの行列ができていました。そこには明らかに高揚感や期待感、そして主催側にはかなりの緊張感が漂っており、その感じがまさに「フェス=祭り」でした。

トマトビール1杯1000円!がどんどん売れる

 イベントが始まってからの直売への圧倒的な需要がはけると、徐々に会場は落ち着きを取り戻し飲食や物販に人が流れて、ようやく穏やかな雰囲気になってきましたが、こうした緊張と緩和を主催者と参加者が共有できるところが地元イベントの醍醐味と言えるでしょう。ローカルイベントとはいえ来場者は5000名越え、この需要を見れば誰もが「来年はどうするんだろう」とまた期待が高まり、主催側にはプレッシャーが高まり、関わる人も増えていってイベントは進化していきます。

先頭に立って会場整理にあたる梅村さん

 「ひのトマトフェス」の素晴らしいところは参加者そして関係各位のSNSを驚きコメントとともに埋め尽くし、「日野市のトマトってすごいんだ」と多くの人の心に印象を刻み込んだ点でしょう。イベントパンフレットには日野市におけるトマト栽培の歴史など産品としての背景がわかりやすくまとめられており、説得力があります。

 私は神奈川県横須賀出身ですが大学生の頃に「よこすか海軍カレー」というブランドが誕生し一気に広がって名物化していったことに戸惑った記憶があります。それまでは耳にしなかったのもそのはず。1998年に海上自衛官幹部が式典で口にしたエピソードをもとに飲食店が触発され、市や商工会議所をまきこみ翌年には市が「カレーの街よこすか」を宣言。そこから20年。いまでは「よこすかカレーフェスティバル」は毎年5万人を超える来場者でにぎわうイベントとなりましたが、それまでは市民の誰もが「横須賀の名物はカレー」と認識していなかったのです。

「ひのトマトフェス」がどこまで広がり定着していくのか?隣町の市民としても、都市農業におけるサクセスストーリーをぜひ見てみたいと思いました。

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