誰かの役に立つことの幸せ~映画「PERFECT DAYS」に見るウェルビーイングの形
遅ればせながら映画「PERFECT DAYS」を観てきた。
お金も地位もある生活に虚しさを覚え、規則正しく単調なトイレ掃除人の生活に心からの幸せを見出した平山という男性の日々を、観る側に解釈を委ねる形で綴った作品だ。
トイレの縁の裏側まできれいになっているか手鏡で確認する平山の掃除ぶりはもはや仕事の域を超えて奉仕!ヴィム・ヴェンダース監督は平山に「僧侶」の姿を重ねていたようだがそれが頷ける人物描写だった。
↑ 内階段があるという謎の間取りのぼろアパートに住む平山さん。
映画を観終わった直後には、ドイツ人である監督が、毎日規則正しく無感情に同じことを反復しているように見える日本人の生活の中にも「変化」があり、そこに「幸福な瞬間」があることを表現したかったのだと感じた。
その解釈はあながち間違っていないような気がするが、しばらく考えているうちに平山氏は自分が人の役に立つことを肌で感じ、その喜びを噛み締めていることもこの映画の重要な視点なのではないかと思い始めた。エリートビジネスパーソン時代には実感できなかった「誰かのためになっている自分」。禅修行で重視される「掃除」を主人公の仕事に設定したのも意味がある気がする。仏道で掃除は心を清める行為とされるからだ。
↑ 社会的には底辺とされる生活者だが、行きつけの店があったり銭湯で一番風呂に入れるなどQOL(Quality Of Life)は高い。
掃除中に誰かがトイレに入ろうとすると平山氏はまるで自分が存在しないかのように静かに退散する。また、誰かが紙に書いて壁の隙間に忍ばせた◯☓ゲームに毎日書き入れて応答を楽しむ茶目っ気もある。そうしたところにヴェンダース監督は日本人特有の「利他の精神」を表したのではないか。
↑ 毎日フィルムカメラに収める木漏れ日を姪っ子と共に見上げて微笑む平山氏。幸せな表情。
企業や自治体が提供する「Win-Winな」利他的行為
損得勘定なしに誰かの役に立つ行いをすること。SDGs(持続可能な開発目標)がメンタリティとして一般にも浸透する中、私利私欲のためではない「奉仕」も人々に幸福感をもたらす行為になりつつある。善意を過剰な正義感と履き違えて災いを招くことも多々あるが、人を思いやる形で善い行為が歓迎されてきたのは時代の良い風向きだと思う。
企業や自治体の取り組みにもこうした「利他的な幸福感」を提供するものがある。
2013年に奈良県の浄土宗安養寺の松島靖朗住職が発起人となり活動が開始された「おてらおやつクラブ」がまず挙げられる。
「おてらおやつクラブ」は、お寺にお供えされるさまざまな「おそなえ」を、仏さまからの「おさがり」として頂戴し、子どもをサポートする支援団体の協力の下、さまざまな事情で困りごとを抱えるひとり親家庭へ「おすそわけ」する活動です。
キャッチコピーは「たよってうれしい、たよられてうれしい」。2017年に特定非営利活動法人化し、2018年度グッドデザイン大賞を受賞している。今年3月には賛同寺院数が2,000に達したそうだ。
お供え物は傷んだり動物に荒らされたりすることから持ち帰らなければならない。参拝者が持て余すこともあるお供え物を、人々を悩みや不安から救う役目の寺が、慈善団体と手を組み、それを必要とする人たちに提供(おすそわけ)する、という関わる人や組織すべてが恵まれる仕組みである。おすそわけを受けた人たちからのメッセージも一部ウェブサイトに掲示されている。
国連が毎年発表する「世界の幸福度ランキング」の2024年の結果で日本は51位だった。欧米基準の算出法ではないかとの声もあるのでこの調査結果が全てという訳ではないが、7つの指標の一つの「他者への寛容さ」(過去1カ月にいくら慈善団体に寄付したかなどの)のスコアが極めて低いのが気になる(倹約家だが寄付好きと言われるランキング6位のオランダの0.247に対し日本は0.023)。 人助けをしたいが手立てがわからないという人も多いだろう。おてらおやつクラブのような仕組みが増えればこの数値も上がるのかもしれない。
善行を「みんなの楽しみ」に変える
PERFECT DAYSの平山さんのように悟りを開いている人は別として、わたしを含め大抵の人は誰かのためになることをしたら見返りを期待してしまいがちだ。そこで、善意の送り手と受け手が共にWin-Winの関係性になれると良いのではないかと考えた。先のお寺の事例もそうなっている。参拝者のお供え物と生活苦の人たちを結び付けるという「組み合わせ」のアイデアも方法論として参考になる。
スペインのサッカーリーグ、ラ・リーガのチームであるレアル・ベティスは、1935年の優勝時からハーフタイムに観客が持参したぬいぐるみをピッチに投げ入れる恒例行事を行っている。チャリティ活動で、ぬいぐるみは恵まれない生活環境の子供たちに寄付される。
公式サイトによると19,000個も集まったそう。伝統行事になっているのでサポーターにとっては余興としての楽しみにもなっているのだろう。観客が一体感を感じられるサッカー場という「場」を活用して人々を支援に導くこの取り組みもWin-Winな関係性を築く組み合わせの名案である。
Real Betis' annual toy donation is one of the best traditions in football 🧸
— ESPN FC (@ESPNFC) December 4, 2023
They throw thousands of stuffed toys onto the pitch to make sure disadvantaged children don't go without a gift at Christmas ❤️🎁
(via @realbetis_en) pic.twitter.com/d0J2Hshdr6
お金を交換価値としない「相互的な助け合い」
「時間銀行」という地域に導入される共助システムがある。時間とスキルはあるがお金がない人を包摂する仕組みで「時間」を流通単位とする。主にNPOが運営する時間銀行に登録した人同士が、他者にできること、やって欲しいことをお金ではなく時間でやり取りし、その時間を貯蓄するというものだ。1980年代に米国のエドガー・カーン博士が提案した概念を基に確立した歴史あるシステムだが、資本主義疲れがあってか近年話題に上るようになった。地域創生に積極的なスペインで活発に行われているようだ(世界の37カ国で実施されている)。
日本でも2023年に茨城県が導入した。取引の内容は専用の通帳に記載される。
わたしはこの仕組みを知って、この考えを会社や学校にも導入できそうだと考えた。時間をお金に代わる交換価値にすることで、積極的に人のためになる行為に駆り立てるのではないかと思った。徳を積む感じだ。別の部署やクラスの人と知り合う機会にもなるのではないか。具体的には例えば、
子供が親に贈る「肩たたき券」のようなものを各自発行して社内/校内に告知するとか.. 語学が堪能な人にその言語のみで会話してもらうランチレッスン券とか。得意を活かして人の役に立てると喜びも倍増するのかもしれない。
イベントだけではなく「商品」での助け合い運動も
英国のスムージー飲料メーカーInnocentは2003年から「The Innocent Big Knit」というキャンペーンを継続的に行っている。欧州の孤独な高齢者たちが真冬でも暖かく過ごせることを目的に、ボランティアの人々が手編みした小さなニット帽をドリンクに被せて販売するチャリティ活動で、一本につき25ペンスが同国の慈善団体Age UKに寄付される。活動に賛同する人は誰でもドリンクの購入だけではなくニット帽作りにも参加できる。
果物や動物を象ったものなどバリエーションも豊富。編み方のガイダンスもウェブサイトで公開されている。
↑ てんとう虫の帽子が可愛い。
↑ 編み方の手引き。
編み物を楽しみ自分も満たされ、その行為が人の役に立つというある意味一石二鳥な活動だ。可愛い帽子のおまけは商品の販売促進にもなる。人々の創作意欲とボランティア精神を商品企画でうまく活かしたこれもまた組み合わせの妙である。慈善活動と事業を両立させている点でも優れている。同企画は日本でも2020年に展開された。寄付金は日本財団を通して援助を必要とする子供たちのために使われた模様。
生きる糧にもなる「人の役に立つこと」
米ギャラップ社の調査などで日本人のワークエンゲージメントの低さが浮き彫りになり問題視されている。既に盛んに取り組まれている働きやすい職場環境や給与などの労働条件の見直しなどはもちろんのこと、素人考えで恐縮だが自分の仕事が誰かの役に立っている実感を持てることが最も熱意に繋がるのではないかと感じた。
仕事に限らない。人の役に立つことの喜びは生きる力に直結するのではないかとも考える。
インドでは「お前は人に迷惑を掛けなければ生きていけないのだから人の迷惑も許しなさい」という諺があるそうだ。人に迷惑を掛けるなと教え込まれる日本の道徳とは真逆の思想である。迷惑の内容にもよるが、ウェルビーイングの重要性が唱えられる今、迷惑ではなくむしろ有り難いこととして捉えられる仕組み作りの必要性を感じる。
先に挙げたいくつかの事例のように誰かのためになることを自分の喜びに変えられる仕組み。「共助」という言葉は改めて考えるととても良い言葉だ。職場や家庭以外にも様々な場面でお互い様の関係性を築くきっかけとなるプロダクトやサービス。その開発視点も今後求められるのではないだろうか。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。(o^∇^)ノ
(トップ画像は、「てがきですのβ」のイラストを組み合わせて作成いたしました)
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