人はなぜ間違えるのかー「確証バイアス」による偏ったインプット

2023年11月27日
全体に公開

私は冤罪を研究しており、今年10月には『冤罪学』という書籍を出版しました。

冤罪の研究は、詰まるところ、「人はなぜ間違えるのか」という研究です。

そして、この「人はなぜ間違えるのか」という問題は、冤罪だけでなく、世の中のありとあらゆる間違いの原因とも共通しています

この間違ったことの思い込みのメカニズムを冤罪から学ぶことで、日々の暮らしの中で間違った思い込みに陥らないように気をつけることができるかもしれません。

そこで、冤罪を通して「人はなぜ間違えるのか」という問題について考えてみたいと思います。

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「バイアス」とは何か

バイアスいうのは、偏った認知の歪みを指しています。

認知が歪んでいるというのは、人の認識が現実と異なっていることを指してます。

人間は、自分が持っている知識と、目・耳・鼻などの感覚器から得た情報を照らし合わせて外界の状況を推定し、情報にずれがあればそれに基づいて外界の推定を修正し、ずれを小さくしていき、調整後のものが最終的な認識になると言われています。

人の認識というのは、脳で考えたり感じているものにすぎませんから、しばしば現実と異なることがあります。

そして、人間の考え方や感じ方には進化を通じて生まれた癖(傾向)があります。

そのため、同じような間違いの傾向が見つかることがあります。

これが「バイアス」です。

人間が生き物である以上、バイアスからは逃れられません

エリートやプロフェッショナルもバイアスに囚われるという実験結果があります。

例えば、アメリカでは現役の裁判官の人たちを対象に実験が行われたことがあります(鉄道事故に関する後知恵バイアス実験)。その結果、裁判官は、一般人に比べてバイアスの影響は小さく、一貫した判断をする傾向にあったものの、少なからずバイアスが生じていたということが分かりました。

また、バイアスの恐ろしいポイントとして、自身がバイアスに囚われていることに気が付きにくいということが挙げられます(バイアスの盲点)。

このバイアスは人が間違えるきっかけになることがあります。

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冤罪の原因:確証バイアス

特に有名なバイアスは、「確証バイアス」と呼ばれるものです。

確証バイアスとは、自分の予想や期待に合致する情報を選択して認知する傾向のことを言います。

人間は、常に予測を立てながら生活しています。例えば、物語を読んでその内容を理解する時には、次にどういう話がくるのかを予測し、予測に基づいて文章を認識し、登場人物の行為の意味を理解しています。その中で、人間は無意識的に、自分の予想や期待に合う事実を頭にインプットしてしまう傾向があるのです。そして、「ああ、やっぱり自分は合っていた」と感じることで、自分の予想や期待が正しいと思い込み、予想や期待と矛盾する事実を見過ごしてしまうことがあります。

分かりやすい例を挙げてみましょう。

ダイエットをしたいと思っている人が、テレビでダイエット効果がある商品のCMを見たとします。その商品を買えば痩せることができると期待している状態です。このような状態で、商品の効果についてインターネットで検索すると、期待しているダイエット効果を支持する情報を認知してしまいます。他方、ダイエット効果がないと批判する情報については目に入らず、見過ごしてしまいます。結果的に、期待しているダイエット効果を鵜呑みにしてしまうことになります。

この確証バイアスは冤罪事件で問題になっているほか、診断エラーの分野でも特に注目を集めています。

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冤罪事件における確証バイアス

冤罪事件では、しばしば捜査機関が自らの見立てを裏付ける証拠のみを収集する「黒の捜査」が行われ、自分たちが犯人だと思っている人は犯人ではないかもしれないという「白の捜査」が行われなくなることがあります。歴史的に、日本では誤った見込みに基づいてまずは容疑者を逮捕して虚偽自白させ、それから裏付捜査に移行するという傾向が問題視されていました。実際に、パソコン遠隔操作事件という冤罪事件において、神奈川県警はこの「白の捜査」が十分ではなかったとしています。

また、捜査官が鑑定人に容疑者の情報を教えた場合、鑑定人は容疑者に関する予期・期待を抱いてしまい、容疑者と一致する特徴を探そうとしてしまう結果、誤った血液型鑑定や指紋鑑定などを行ってしまう危険性があります。このように、本来は無関係であるべき情報が別の段階に伝わってしまってバイアスが生じることは、バイアスのカスケード効果と言われています。スペインのマドリッドで発生したブランドン・メイフィールド事件という列車爆破テロ事件では、1人目の人が間違った指紋鑑定を行ったところ、2人目の人がその鑑定結果を聞いて鑑定をしたため、結局2人とも間違ってしまったということがありました。

他にも、確証バイアスによって自分の見立てに沿う情報を得た途端に情報収集をやめてしまう傾向もあります(選択的中止・早期閉鎖)。経験豊富な者ほどこのような傾向が強いと言われています。プレサンス元社長冤罪事件では、取調官が関係者を威迫して誤った見立てを押し付けて都合の良い供述を得た後、大量の客観的証拠の分析をしないで捜査を終えてしまったということがありました。

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バイアスの防ぎ方

結論から言えば、バイアスを防ぐ方法はないと言われています。

これらは人間が進化の過程で身につけた情報処理の方法そのものであって、それをなくすことはできないからです。

バイアスをなくすことはできないとしても、バイアスを事前に排除する方法と、事後に排除する方法については研究が進んでいます。

まず、事前に排除する方法としては、バイアスについて知ることでより自覚的になり、バイアスに陥るときに気が付けるようにするというものです。

次に、事後的に排除する方法としては、判断の理由を実際に書いてみる、他の仮説に照らして判断が正しいかを考えてみる、一人で考えずに別の人に判断を検証してもらうということが挙げられます。

これらは会社などにおいても十分に活用し得るミスの防止手段だと思います。

それに加えて、私は、間違えを完全に防ぐことが出来ない以上、「人は誰でも間違える」ということを前提に組織や活動を組み立てることが重要だと思っています。

これは特に司法に足りていないことですが、司法だけの問題ではないかもしれません。

「人はなぜ間違えるのか」という問題について心理学を用いて科学的に考えることで、「人は誰でも間違える」という感覚を少しでも社会に根付かせることができればと思っています。

ぜひ皆さんの意見をコメントやPickにていただけると嬉しいです。

プロフィール

西 愛礼(にし よしゆき)、弁護士・元裁判官

プレサンス元社長冤罪事件、スナック喧嘩犯人誤認事件などの冤罪事件の弁護を担当し、無罪判決を獲得。日本刑法学会、法と心理学会に所属し、刑事法学や心理学を踏まえた冤罪研究を行うとともに、冤罪救済団体イノセンス・プロジェクト・ジャパンの運営に従事。X(Twitter)等で刑事裁判や冤罪に関する情報を発信している(アカウントはこちら)。

今回の記事の参考文献

参考文献:西愛礼『冤罪学』、藤田政博『バイアスとは何か』。なお、記事タイトルの写真についてGetty Imagesの designer491 の写真。

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