激動のOpenAI体制変更: 競争環境におけるパーパス追求の難しさ

2023年11月22日
全体に公開

ここ数日はOpenAIからのサム・アルトマン氏解任→移籍問題で生成AI界隈が目まぐるしく動いていましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。動きが早すぎて私も追いきれていなかったですが、さすがのNPが情報を時系列でまとめてくれていたので、出遅れた方はぜひこちらの記事をご一読ください。

さてさて、今回の一連の動きについてガバナンス面含めて色々と考察と検証が進んでいるところかと思います。個人的に今回の件は「OpenAIという組織のパーパスをめぐる争い」であるように感じてなりません。今日はその辺りを勝手に考察してみたいと思います。

取締役会はサム・アルトマンの何を問題視していたのか?

前提として押さえておくべきポイントとして、そもそも今回の解任においてOpenAI取締役会はアルトマン氏の何を問題視していたのでしょうか。普通の企業経営の感覚であれば、ここまで急速に企業価値を向上させたCEOが能力不足であるというのは理解し難いところです。突き詰めて言えば企業活動は株主価値を最大化することなので、その点で言えば時価総額13兆円(!!!)にまでOpenAIを押し上げたアルトマン氏の能力は誰がみても問題ないのではないかと思います。

にもかかわらずOpenAIの声明では明確に「アルトマン氏が取締役会の責任遂行能力を妨げている」ことを理由としてあげています。つまりOpenAIの取締役会として果たすべき責任を遂行できていない、ということです。その果たすべき責任こそ『人工知能を通じ社会全体の公益追求を行う』という非営利団体として始まったOpenAIのパーパス(社会的な存在意義)なのではないでしょうか。

上記の体制変更に関する声明においても、かなり色濃くこの点が強調されています。

OpenAIは、人工知能が全人類に利益をもたらすことを確実にするという我々の使命を推進するために、意図的に構成されています。取締役会は、この使命に全力を尽くしていきます。OpenAIの設立と成長に対するサムの多くの貢献に感謝しています。
同時に、私たちが前進するためには、新たなリーダーシップが必要だと考えています。当社の研究、製品、安全機能のリーダーであるミラは、暫定CEOの役割を担うのに極めてふさわしい人物です。私たちは、この移行期にOpenAIを率いる彼女の能力に最大限の信頼を寄せています。
OpenAI announces leadership transitionより

OpenAIの設立目的を振り返れば考えると取締役会の主張も理解はできる

この「公益性の追求」というポイントは、OpenAI設立時の宣言書を読み直してみるとかなり徹頭徹尾記載されているようです。OpenAIの設立は2015年でこの宣言書が書かれたのは今回の引き金となった特殊なガバナンス体制が成立する前ですが、多額の資金調達をしていること・有料サービスをどんどんアップデートしていることを踏まえて読み返すと、かなり現状の事業方針が設立当初の目的から外れてしまっているとも言えます。

特にテクノロジー開発が競争優位性を生み出すことが明らかな中、発明した特許や開発コードすら発表するという宣言は非営利団体ならではですし、逆にいうと営利目的では間違いなく成長阻害の要因になってしまうかなり踏み込んだものになっています。

(余談ですが、設立メンバーの名前としてイーロン・マスクの名前があったりするのも今見返すと味わい深いですね)

OpenAIは非営利の人工知能研究会社です。私たちの目標は、金銭的な見返りを得る必要性に制約されることなく、人類全体に最も利益をもたらす可能性の高い方法でデジタル・インテリジェンスを発展させることです。私たちの研究は金銭的な義務から解放されているため、人類にポジティブな影響を与えることに集中することができます
(中略)
AIには驚くべき歴史があるため、人間レベルのAIがいつ手の届くところに来るかを予測するのはとても困難です。それが実現されたとき、自らの私利私欲よりも、すべての人々にとって良い結果をもたらすことを優先できる一流の研究機関を持つことが重要になるでしょう。私たちは、OpenAIをそのような機関に成長させたいと考えています。

非営利団体として、私たちの目的は、株主のためではなく、すべての人のために価値を築くことです。研究者は、論文、ブログ記事、コードのいずれであっても、自分の研究を発表することを強く奨励され、特許は(もしあれば)世界と共有されます。また、多くの研究機関と自由に共同研究を行い、企業とも協力して新技術の研究・開発に取り組む予定です。
Introducing OpenAIより

パーパス追求と企業価値最大化が対立したらどちらを選ぶべきなのか

そういった意味で言えば、サム・アルトマン体制のOpenAIが実質的に非営利ではない方向性に舵を切りつつあったのは事実でしょう。Microsoftからの多額の出資受け入れもそうですし、ChatGPTの有償化やビジネス利用目的でのサービス開発など続々と営利事業が拡大してきていますし、最近ではオイルマネーをテコに生成AI特化の独自ICチップ開発を進めようとしていた、なんて報道も出ていました。

OpenAIを早々に離れたイーロン・マスクもこんな皮肉をつぶやいていましたし、本件についても取締役会(解任に賛成した共同創業者イリヤ氏)の立場を支持するようですね(個人的な思いもあるのでしょうが)。

したがって今回の解任劇は取締役会の立場からすると「OpenAIという組織のパーパス(企業の社会的存在意義)から外れた事業運営を主導していたCEOを解任した」という、ごく正当な理由だと主張できるものかもしれません。

とはいえアルトマン氏の立場からすれば、加速しすぎた今の環境においてはなるべく多くのユーザーを獲得し巨大な計算資源を獲得できなければ社会に還元できるだけの価値を生み出せない、単なる利潤追求ではなくパーパス実現のプロセスとして一定の経済活動は必要不可欠である、という主張も十分成立する気がします。(また次回まとめたいと思いますが、サム・アルトマンはテクノロジーにおけるムーアの法則をかなり強く信じているようですし、実際単なる利潤追求をモチベーションにしてるわけではないとは思います)

穿った目で見てしまえば、結局やることはMSに移籍しても変わらないわけで(かつ優秀なR&Dチームごと移籍できることが確約されているわけですから)、むしろ非営利団体であることを前提にしないといけない、という制約を外れたMS移籍後の方がイキイキと仕事ができるのかもしれません。実際その後のゴタゴタを経た復職要請も拒否し喜んでマイクロソフトに入社したようですし、すでに気持ちを切り替えてこんなPostをしているようでした。

加えて言えばOpenAIという組織も営利事業が精算されることであらためて公益性を優先したAI開発という当初のパーパスに戻れますし(めちゃくちゃ規模は小さくなりそうですが)、設立経緯から潜在的にあったOpenAIという組織の自己矛盾を解決することができたという考え方もできます。最大株主のマイクロソフトもコアチームが丸ごと抱えられたことで損失はないどころかプラスに働いたのではないでしょうか。もちろん少数株主として営利法人に出資していたVCはかなり辛いでしょうが・・・

いずれにしても少し俯瞰的に今回の件を見てみると、昨今流行りのパーパス経営を貫く難しさを感じます。それが株主向けなのか社会全体向けなのかを別にして、経済活動の目的はなにかしらの経済価値を還元することであるです。

しかしなまじその活動がうまくいくことでステークホルダーがふえ、市場が盛り上がり、競争が激化し、最終的には組織のパーパスとぶつかってしまった時、我々はどちらを優先すべきなのでしょうか。一般論で言えば経済的価値を毀損してでもパーパスを追求すべきでしょうが、ここまでのスケールとスピード感で物事が動いてしまうと本当に判断が難しいものになってしまうように感じます。

最後に個人的な意見ですが(やり方がよかったか悪かったかは完全に別として)競争が激化するAIの世界でただ状況に流されることなくパーパスを優先した難しい意思決定をしたOpenAIの取締役会は賞賛されるべきではないかと思います(繰り返しますが他にやりようはあったんではないか、という点は別にして。大事なことなので2回言いました)。

利益追求優先でモラルを失った企業の末路は某中古自動車メーカーや某芸能プロダクションをみても分かる通り、本当に厳しいものです。しかしながら数字さえ出ていれば大半の企業活動はグレーが白く塗り替えられてしまうのが実態でしょう。

そんな中、今最も世界のフロントラインを走っているOpenAIが身を切ることを覚悟してここまでのドラスティックな意思決定をしたのは自浄機能の最たるものだと思いますし、まして明確な法令違反ではなく自社のパーパスを元に判断するというのは本当に難しい意思決定だったのではないでしょうか。

いずれにしても、引き続き一悶着もふた悶着もありそうな気がするので、引き続き状況をウォッチしていきたいと思います。

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