OpenAIの顛末をガバナンス ・ストラクチャーから考察

2023年11月21日
全体に公開

ここ数日数時間起きに新しい報道があり、まるでライブ映画をみているようなOpenAIの諸々。週末の出来事で、あまり真剣にフォローできておらず、なんとなく違和感を感じたまま2つの記事でPickコメントをしてしまってました。

その違和感とはガバナンス。OpenAIを所謂普通のVC backed Startupとして考えてしまってました。違和感もあったので、コメントもあまり踏みこんだものではなく、「どうなんでしょうね〜」という雰囲気も含んだものになってましたが、ちょっと正確性を各コメントになってしまっており、訂正というか修正の意味も込めて、少しだけ今私が理解していることをトピックスにまとめてみたいと思います。

11月18日:アルトマン氏解任報道を受けたコメント

取締役会がこんな状況を把握し解任を選択できる日本企業がどれだけあるでしょうか。スタートアップしかり。能力=capabilityという言葉が出てますが、コミュニケーションを果たせてない、取締役会の機能を妨げているという点です。Microsoftが49%株主であり、今後生成AIを牽引する大手の一角であるMicrosoftとの関係性も重要な論点でしょう。この点は少数株主の利益の立場でもしっかり議論検討されるべきで、その辺りで取締役会はアルトマン氏の進め方が適切でないと判断したのかもしれません。アルトマン氏は生成AIの知見や能力は備わっているとしても、数兆円企業でしかも競合が49%を握る会社のトップとして牽引力に加えて、ガバナンスと透明性までは提供しきれなかったのかもしれません。(あくまで当方の勝手な想像です)「取締役会の検討を経た結果だ。アルトマン氏がオープンAIを率いる能力を信用できない」「アルトマン氏が取締役会と十分なコミュニケーションを果たしておらず、取締役会の機能を妨げている」
私の2023年11月18日のコメントより

11月19日:株主によるアルトマン氏復職交渉報道を受けたコメント

色々とゴタゴタはあれど企業価値、企業経営に最も甚大な影響を与える取締役の選解任について、各ステークホルダーがそれぞれバチバチにやりこんでますね。個人的な確執があればそこにハイライトが行きがちですが、ステークホルダーの意見をしっかり言えるように法制度やガバナンスの仕組みが整備されているわけです。日本は整備されていても、波風立てず使わないですから、違う意味での機能不全。ここまでのスーパースター達をガバナンスし切れるでしょうか。取締役の選解任は株主の権利です。OpenAIの定款がどうなっているかわかりませんが、結局株主が納得してないとひっくり返されますね。49%株主のMSもCEO交代を一度支持していましたが、アルトマン氏が会社を去る(=競合化する)リスクもあるし、個人間の確執であるなら、株主が仲裁に入る形で、「もっと建設的な経営の議論をした上で株主含めたステークホルダー全体で『オープンに』経営方針を決めていこうよ」ということでしょうか。凄い時価総額=ポテンシャルの企業とはいえ、まだ急成長期の若い会社であることに変わりはなく、派閥になる前の強い個のぶつかり合いがあるってことでしょうね。これだけ成長していても、我慢ならんというレベルですから、単なる戦略の方向性(成長か安全か)だけではない、感情面に触れるような機微もあるのでしょう。にしてもMS。普通は1.7兆円も投資していたら、発狂するレベルですが、生成AIの覇権争いのインパクトからしたら小さい金額で、自らのポジション、競合関係など冷静に見極めが必要で、表に立たず出しゃばった動きをすることなく、株主の権利に沿って大人の対応をしているのでしょうか。
私の2023年11月19日のコメントより

違和感の背景

大きく以下の3つの違和感を感じていました。

1)取締役(会)が解任している
2)大株主MSが事後通知である

3)正統な理由はあるのか

それぞれどういうことか少し補足しておきます。

1)取締役(会)が解任している

たまにドラマでは密室で経営陣が集まって、社長の解任、なんてシーンがあるように思います。あまり詳細(前提)が描かれないことも多いですが、これをみてしまうと取締役会で社長(取締役)の解任ができるのが当たり前に思うかもしれません。

ただ、会社法、すなわち一般的な株式会社では、株主の選解任は株主総会によるとされています。OpenAIの場合、取締役1名から個別の連絡で解任が言い渡されていますので、さも取締役会の過半数(6名中4名の同意)で解任決議が可能なように感じられます。ただ、そうなの?と思ったのが違和感です。

2)大株主MSが事後通知である

上記にも重なりますが、49%を保有し、$11bnを出資しているMSへ事後通知ってさすがにおかしくない?と思いました。まず、株主の同意が集まってない形で、取締役会が単独で決議したことをハイライトしています。え、そうなの?と思いました。そして、MSも通知されているだけなので、事後に株主総会が開催される感じもありませんでした。

そしてMSの反応も違和感の原因でした。仮にガバナンス上、取締役の解任が取締役会単独でできたとしても、さすがに文句言うのではと。仮にもともとそうだったとしても、出資時の契約でそこはさすがになんらか拒否権を持つはずでは?と。さらに、$11bnを出資している先に対する反応としては軽すぎないと?この辺りが違和感を感じたところでした。

3)正当な理由はあるのか

米国は訴訟の国です。取締役会が不当解任をしたと判断されれば、訴訟の対象になります。正直かなり正当な理由が準備できていなければ、訴訟されない方がおかしい国です。訴訟する主は、株主であり、今回であればアルトマン氏とブロックマン氏が該当します。

本当に不当であると考え、是が非でも代表取締役に復帰したければ、アルトマン氏ほどの富と知名度を有していれば、すぐにでもそのアクションもできたはずです。

しかし、現実にはX(Twitter)の第一報から、解任された、一方的に通知されたという感じで、敢えてそれに対する反対も、根拠も示さず淡々と事実を「流している」感じを受けました。

それはMSも同じです。上記でも触れましたが、もっと重たいリアクションをする方が違和感がないのです。

報道はされていないが、かなり正当と思われる理由が実は存在しているのか。一方で、両氏の不正が原因ではないとOpenAIからも発表されていますから、その可能性も低いと考えました。そうなると、正当な理由もないのに、なぜこの解任に対して、各ステークホルダーの反応が軽い感じなのか。加熱するメディア報道と比較すると対比が際立ちます。

非営利の取締役会が牛耳るOpenAIのストラクチャー

違和感を解消したく、今日移動中に調べてみると、なるほどと思う一枚の図が目に止まりました。

OpenAI websiteより "Our Structure"

なるほど。確か、OpenAIは非営利から営利化していたが、会社形態の変更ではなく、子会社として営利会社を設立していたのだと理解しました。税務上の工夫も見られると思いますが、今回注目したいのは"Economics"と"Governance"の分離です。

一般的な株式会社は基本的には経済条件と株主権が分離されていません。一株は一株です。保有割合によって権利は法律によって規定されますが、原則分離されていません。

ただ、このストラクチャーは親会社が非営利OpenAIであり、MSが出資している営利OpenAIは子会社(正確には孫会社)であり、経済的権利はMSに帰属しますが、実態は非営利を取締役会(今回話題になった部分)が支配しているという構造です。

そしてこの構造では、通常株式会社では、株主が取締役会の選解任の権利を有しているため、取締役会についてもガバナンスが機能しますが、このストラクチャーの場合、この監督機能が欠落しているように思えます(実際の取り決めは不明です)。これだけ大きな資金の出資を孫会社とは言え受け入れている会社のガバナンスの根本にこのような問題があるというのは極めて驚くべきことです。

MS出資とその思惑

もう一つの情報がMSの出資条件です。こちらも出資比率に応じた分配がされるのかと想定していましたが、実際は異なります。以下の図で詳細な"Economics"の分配が解説されています。優先株のストラクチャーだと思いますが、メザニンのような構造で、各クラス(種類株)ごとに劣後関係が規定されています。

Furtuneより抜粋

ざっくり言えば、まず初期投資家にあたる出資者が元本回収して、それが終わったら、75%はMSへ分配されるというものです。初期投資家のリターンにも、MSのリターンにも一定のキャップ(上限)が規定されているようです。おそらく初期投資家の出資額は報道によるとMax $1bn(実際はもう少し少ない?)として、キャップも数$bnと想定されます。

MSの初期投資額は$13bn?ですから、かなりの期間は75%で回収が進みます。その代わりに、元本改修後は49%分配でキャップもかかります。ただ、キャップは$92bn(約14兆円)のようですので、倍率的には10xには及びませんが、金額的には10兆円を超えるリターンがあるというバランスになります。

このキャップを飲むことがMSの出資の条件であり、MSは条件を飲んだからこそ、目下生成AIで世界をリードする一社のOpenAIに、競合他社を出し抜いて出資をすることができているわけです。

OpenAI側の理屈

なぜここまでしてOpenAIは出資を受け入れたのか。それは、事業成長のためには大きなコンピューティングパワーが必要です。これだけの処理を実行するには、大量のインフラコストを抱える必要があり、今後益々増大することが想定されます。人類のための開発といっても、その開発には想定していた以上の資金がかかるため、完全な寄付などの資金では間に合わず、資本主義のルールを一部受け入れた中で資金獲得する必要があったのです。

もう一つ、アルトマン氏のインセンティブです。実際に個人としてどれだけのインセンティブを有しているかは不明です。投資という意味では直接個人投資はなく、Yコン経由の出資のみであるようです。上記の理由で資金を受け入れましたが、こうなったことでさらに当初の大部分の利益がMSに還流することになります。それでも巨大なリターンですが、そのほんの一部のみがアルトマン氏に帰属するのであれば、MSキャップを超える圧倒的な成功を目指すことが、アルトマン氏のインセンティブになります。そもそも中途半端な成功のために、この会社のCEOをやっているとは思えないので、インセンティブがどうであれそういう行動をすることが理解できます。

MSの本当の狙いはどこに?

一説にはビルゲイツはナデラCEOに対して、OpenAIの出資を辞めるように助言したとも言われています。それだけ巨額の金額ですし、この特殊なガバナンスストラクチャーを見れば、そう言われるのも頷けます。

ではナデラCEOは、この条件を飲んでまでも出資した理由は何か。想像できる理由は3つあります。

1)競合に奪われないため

今後10-20年で最も劇的な変化をもたらす、覇権を占う生成AI業界において、当該業界をリードし得るOpenAIという存在を、Googleなど競合に奪われることが最大のリスクと考えても不思議はありません

2)関連会社化しリスクヘッジするため

生成AI業界は成長著しい分、競争も極めて激しいわけです。過去MSも多くの歴史的分野で競い合ってきましたが、競争に敗れたこともしばしばです。Googleに対して、ブラウザ競争、スマートフォンO/S競争、苦渋を舐めています。今回MSは早くから注力してきたとは言え、現時点では世界の競争をリードしている一軍にいるとは言え、どうなるかわかりません。出資時点では、その環境はより混沌としていましたらからなおさらです。

1兆円越えの出資は普通の企業なら倒産するレベルですが、時価総額400兆円のMSは違います。この分野で覇権を握れば、1,000兆円の大企業になる可能性もあります。逆に負ければ、大きく存在感を低下させるリスクもあります。そのための保険として1兆円を出資するという考え方は、金額が大きすぎて想像が難しいかもしれませんが、そういう捉え方をしていても不思議はありません。

3)希少人材を囲い込むため

生成AI業界は影響力とネットワーク、実力のある人材が極めて重要です。そう考えた際に、自社以外で最もタレントが集まる会社、それがOpenAIという見方もできるでしょう。直接的な影響力は行使できなくても、何か動きがあれば積極的に人材登用ができたり、場合によっては連携を行うことが可能という見立てもあり得るでしょう。

今回あまり報道されていませんが、2名の辞任の前に複数取締役が変更(減少)になっています。その一人がホフマン氏で、MSの取締役でもあります。ホフマン氏はOpenAIを離れ別会社を設立しています。力のある人材が独立していくダイナミクスは米国ならではです。そう考えると、影響力のある人材との関係性を良好に保ちながら、OpenAIにいればその関係で、また独立した場合はその会社に出資したり、自社陣営に取り込んでいく。ファイナンス戦略ならぬ、人的資本戦略という位置付けで考えていても不思議はありません。それだけ人材が重要な巨大ポテンシャル産業、それが生成AI業界ということです。

Hoffman, who is also on Microsoft's board, notably stepped down from the board in March, citing intent to invest in companies that could use OpenAI's software. Hoffman also co-founded his own AI company (Inflection AI) in 2022.
AXIOS記事より抜粋

改めて一連の報道を見直せば浮かび上がる「本質」

極めてざっくり言えば以下の流れです。

1)アルトマン氏とブロックマン氏がOpenAIの取締役を解任

2)株主の引き留め(CEOヘの復職)画策

3)アルトマン氏が半導体AI会社の設立を目指していた

4)アルトマン氏とブロックマン氏がMS参画

本投稿で紹介した前提理解をもとにこの報道を見てみると、なるほどとある程度理解ができるようになります。

まず、ストラクチャーにも組み込まれている「非営利」の重要性です。あくまでも親会社であるOpenAI, Incは非営利で「人類のためにAIを開発する」ことをある種ミッションにしています。これが大儀であり、大前提である、その経営を監督するのが取締役会という建て付けです。

この点をしっかり理解しておくと、成長や競争環境を重視するビジネス寄りの両名が、他4名の「非営利」派から、本来の趣旨から外れている、"not candid"、すなわち「取締役会に正しく向き合っていない」という指摘や、「アルトマン氏がオープンAIを率いる能力を信用できない」という発言も理解ができます。あくまでも、両名のビジネス手腕ではなく、「非営利」を監督する取締役会としてみた場合には、この一言の意味が染み渡ってくるわけです。

そしてその後の株主の引き留め画策です。MSは良好な関係という広報発表をした後、一旦他株主と協調して、営利会社の利益保全のためにも両名の手腕が必要という意見を述べることはなんら不思議ではないでしょう。これは後付けにはなりますが、後々両名を引き抜くことを考えると、少数株主(他VC多数)と意見を合わせて少数株主の利益保全に動くことは、これまたステークホルダーとして当然の動きでもあります。

半導体AI会社の報道は、正直今回の判断にどう影響したかはわかりません。10月初旬に一斉に報道されており、昨今の大手企業の動きを見ると、OpenAIを営利企業としてみれば呆然の動きと言えます。ただ、非営利の立場からみればどう見えているかはわかりません。また、巨額の資金調達が必要になるでしょうし、さらに"Economics"と"Governance"のバランスが複雑になることでしょう。そうなれば、より非営利のミッションを満たすことが難しくなることは想像されます。

その流れで、ナデラCEOが両名をMSに招き入れたことは、ある意味当然の着地のようにも思えます。まるで、もともとナデラもアルトマンも申し合わせていたように。

なお、MS株価は足元大きく上昇しています。

今後の展開と注目ポイント

正直、予想は当たる気がしないのでほどほどにしておきます。ただ、いくつか明らかに生じうるテーマが浮かび上がってきます。

1)OpenAIのガバナンスと今後の戦略

今回浮かび上がったのは、OpenAIのガバナンスの不安定さと特殊さです。現状のストラクチャーでも今回の騒動により、ガバナンスの改変の要望がステークホルダーから上がってくるでしょう。それは社員、取引先、株主、あらゆるところから圧があるはずです。すでに、新しい取締役候補の名前が上がっていますが、当然の流れと言えます。しばらく落ち着くことはないのではないでしょうか。

そしてその上で今後の戦略が注目されます。両名が去ることの戦力ダウンに加えて、成長と拡大に対して慎重であるべきという考えが、改めて強調されました。これがガバナンス の判断軸として残ります。一方で、競争はますます激化していくわけですから、追加の資金ニーズも出てくる可能性もあります。その場合、新たな投資家を招き入れる場合、ガバナンスに対して注文がつく可能性はあるでしょう。根本は取締役会に対するガバナンス です。ただ、そこに手をつけることは、営利会社を切り出すことに近いことで、かなり大きな変革を受け入れることになります。そのリスクを嫌い、資金調達の制約となってしまうと、ファイナンス戦略の観点で徐々に競り負けていくリスクが高まってきます。

2)半導体チップ競争による資本競争

半導体AIチップ競争は待ったなしです。今回の一連の動きに関係なく、さらに加速していくことでしょう。サルトマン氏も資金力のあるMSの後ろ盾があれば、大きく投資していくことが可能です。それにより競合もさらに積極化してくるでしょうから、技術の勝負から資本の勝負へ急速に舵が切られると想定されます。

3)資本主義と安全のバランス

OpenAIがある種業界のリーダーであった時代は、非営利が母体であり、取締役会も含めてバランスを意識した開発や経営を行なってきていました。ただ、資本勝負になってくると、競争を勝ち残るのはビジネス重視の方が有利になってきます。技術の勝負から資本の勝負になるなかで、OpenAIのような自律的にバランスを取る組織ではなく、競争の中でしかバランスが生まれなくなってしまうと、国家規制という形でバランスをもたらすしかないように思います。

半導体AIチップと同様に、今後の国家による規制の動向にはますます注目しておいた方が良いでしょう。

今回の一連の騒動。混乱の原因はガバナンスとストラクチャーにあります。この構造を理解しておくと、今後の動きもシンプルに理解できるようになると思います。ガバナンスが機能しないと、最も大切な経営の機能であるステークホルダーの利害関係やインセンティブがうまく調整出来なくなります。そしてそれは企業価値の毀損に直結するわけです。だからこそガバナンスが大事なわけです。

そしてこのタイミングで表面化した背景には、想像を超える生成AIを取り巻くスピード感と競争環境だと思います。「資本主義 v.s.人類への還元」、この究極的な問いの答えはまだまだ出ませんが、さらに目が離せなくなったことは間違い無いように思います。

以上、長くなりましたがご一読ありがとうございます。少しでも参考になれば、いいねやフォロー、またSNSでの共有お願いいたします。

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