世界9億人の介護者をテクノロジーで支えたい

2023年10月2日
全体に公開

「おむつを開けずに中が見たい」

これは私が初めて介護施設に実習に行ったとき、介護職の方に言われた言葉です。介護現場では介護職員の方々が一日に何時間もおむつ交換をしています。そのうち何回かはおむつを開けても、排泄の痕跡がありません。一方、おむつ交換のタイミングが合わず、尿や便が漏れ、服やシーツの交換で何倍もの労力がかかることもあります。

介護する側・される側のやりきれない思いは日々繰り返されています。こうした状況を解決するために、私たち株式会社abaの排泄ケアシステム「Helppad(ヘルプパッド)」は生まれました。

ベッド上に置かれたHelppad2

HelppadはセンシングとAI、システムという3つの技術を駆使し、ベッドに敷くだけで排泄が検知できます。尿や便を排泄すると、においセンサーが検知し、介護者に知らせてくれるシステムです。蓄積されたデータをもとにAIの性能はますます向上します。

「(排泄したと)自分で伝えればいいのでは……?」

そんな疑問を抱かれた方もいるかもしれません。実際の介護現場では寝たきりの状態で意思を伝えるのが難しいケースもあれば、恥ずかしさや抵抗感から言えずにいる方も多くいらっしゃいます。私たちが想像する以上に「伝える」のハードルは高いのが実情です。

私たちは「Helppad」を、ナースコールの再発明だと考えています。排泄があったとき、介護を受けている人の代わりにHelppadが介護者に伝えてくれる。おむつの中をチェックしなくても排泄状況が確認できることで、介護者の負担も、介護される側の負担も軽減することができる。自尊心を守りながら、最適なケアを探ることができます。

「ケアテック」という言葉をどこかで耳にされたことはあるでしょうか。

「Care(介護)」と「Technology(テクノロジー)」を掛け合わせた造語です。ここでいう「Care」は在宅や施設における介護実務、マネジメントや運営業務全般など幅広い領域を含み,人工知能(AI)、IoT、ICT、クラウド、ビックデータ解析などの最先端技術,及びそれを応用した製品やサービスを指します。

Helppadは介護現場の願いから生まれ、介護する人・される人の願いをかなえたケアテック製品のひとつです。

今回、私が担当する、NewsPicksトピックスのシリーズでは、ケアテックがどのように社会に実装されつつあるのか、現況を紐解くのと同時に、どうすればよりよい介護、より幸せな社会が実現するのか。ケアテックにまつわるビジネスモデルを読み解くという切り口で考えていきたいと思っています。

「世界人口白書2020」(国連人口基金/UNFPA)によると、2020年時点で世界には約9億人のケアラーが存在すると言われています(※1)。日本に目を向けると、2020年時点で約211万人が介護職として働き、2016年段階ですでに699万人の家族介護者が存在しています(※2)。

世界・日本の介護者数

厚生労働省「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」によると、団塊の世代がすべて後期高齢者となる2025年度には約243万人、さらに2040年度には約280万人の介護職員を確保する必要があるとされます(※3)。

しかし、介護の担い手は不足する一方で、「家族が介護するしかない」という状況は深刻度を増しています。総務省が5年ごとに実施している「就業構造基本調査」によると2021年10月時点で親などの介護をしている人は629万人おり、そのうち男性は158万人、女性は208万人、合計365万人が働きながら介護をしていると報告されています(※4)。

また、直近1年間で介護・看護のために仕事を辞めた、いわゆる「介護離職」に該当する人は10万6000人にも及びます(※5)。経済産業省の試算によると、今後働きながら介護をする「ビジネスケアラー」は増加し、労働生産性の低下等にともなう経済面での損失は9兆円を超えるとされています(※6)。

ビジネスケアらーとヤングケアラーの問題は深刻化している

「高齢化」「介護問題」は遠い未来のできごとではなく、今まさに進行中の社会課題のひとつです。私たちの誰もが明日、あるいは今日、直面しても不思議はありません。

では、どのようにこの社会課題を打破するのか。ここで期待を集めるのが前述のケアテックです。 

経済産業省は未来イノベーションWGの発表資料の中で「2040年の社会における健康・医療・介護のイメージ」として、先端技術によって「医療・介護者のスキルの多寡を問わず、誰もが不安無く質の高い医療・介護を提供できる」という未来予想図を明示しています(※7)。人と先端技術が共生し、一人ひとりの生き方を共に支える次世代ケアの中に、ケアテックも盛り込まれているのです。

経産省・未来イノベーションWGにおける資料より抜粋

世界のケアテック市場は2025年には300兆円に到達すると言われています(※8)。Rock Health「2021 year-end digital health funding: Seismic shifts beneath the surface」によると、2021年には100億円以上の資金調達を実施した企業は88社ありました(※9)。経済産業省の試算によると、日本のケアテック市場規模は2025年には33兆円に到達すると言われています(※10)。社会課題の解決という点はもちろん、成長ビジネス領域という観点からも、熱い期待が寄せられているのです。

世界のケアテック市場について

もっとも課題もたくさんあります。

例えば、介護保険制度。これは要介護・要支援認定を受けた方が介護サービスを受けられる制度です。高齢者の増加や核家族化の進行、介護による離職が社会問題となったことを背景に、家族の負担を軽減し、介護を社会全体で支えることを目的とし、2000年に創設されました。以来、社会情勢や環境の変化に合わせて、定期的に見直しが行われてきましたが、テクノロジーの進化スピードは凄まじく、ケアテックの実情とのギャップは解消されているとは言い難い状況です。

ケアテックの分野に果敢に挑戦し、活躍できるプレイヤーを増やすには何が必要なのか。ケアテックを最大限に活用できる土壌をどのように耕していくのか。本トピックスでは、こうした興味関心のもと、私が日々渉猟している文献・記事の一部をシェアしていきたいとも考えています。みなさんとディスカッションを重ねながら、現行制度についての理解を深めるとともに、既存の枠組みを超え、新たなチャレンジへの鉱脈を探っていきたいと思います。

以下出典一覧

※1:国連人口基金(UNFPA)「世界人口白書2020」/IACO「Global State of Caring」https://internationalcarers.org/wp-content/uploads/2021/07/IACO-Global-State-of-Caring-July-13.pdf より算出

※2:厚生労働省「介護サービス施設・事業所調査」、総務省「社会生活基礎調査」

※3:厚生労働省「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」

※4:総務省統計局「令和4年就業構造基本調査」(P24)

※5:総務省統計局「令和4年就業構造基本調査」(P28)

※6:経済産業省「介護政策」2023年6月26日

※7:経済産業省「未来イノベーションWGからのメッセージ ~人と先端技術共生し、一人ひとりの生き方を共に支える次世代ケアの実現に向けて」2019年3月19日:中間取りまとめ(全体版)P.33より

※8:Forbes 「'Age-Tech': The Next Frontier Market For Technology Disruption」2019年2月1日公開

※9:Rock Health「2021 year-end digital health funding: Seismic shifts beneath the surface」2022年1月10日公開

※10:経済産業省 「次世代ヘルスケア産業協議会の今後の方向性について」平成30年4月18日

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