権威を動揺させる

2023年8月24日
全体に公開

前回の記事では、2023年7月25日にSozoベンチャーズがスタンフォード大学で科学技術振興機構(JST)と行ったシンポジウムでの重要な論点を紹介しました。その中で、登壇した世界のトップクラスの専門家たちが、こうしたシンポジウムにありがちなテクノロジーや金融の話ではなく、イノベーションの世界でいかに迅速で継続的な学びが重要であるかを語ったことが、多くの日本人参加者に驚きを与えていたことをお伝えしました。

特に工業社会における政府や業界の専門家がスタートアップの環境に身を置いたときにこのようなことが起こります。スタートアップの世界では、ルールや方法論が根本的に違うのです。以前の記事で、マーガレット・ウィートリーの書籍を引用した通り、ニュートン力学と量子力学のように全く異なるのです。

7月25日のイベント直前の記事では、シンポジウムで登壇したスタートアップ支援のプラットフォームのリーダー2人を紹介しました。スタンフォード大学を基盤とするStartXの創始者キャメロン・テイトルマンとニューヨークのコロンビア大学で始まったInSITE Fellowsを立ち上げたポール・トムポウスキーを紹介しました。わたしはこの2人のこと、そして彼らが始めた組織のことをよく知っています。元々深い付き合いがあり、わたしは壇上で自然発生する刺激的な話が好きなので、彼らとの事前のすり合わせは最小限にしました。

このような形で行う公開対談は予測不可能なので、とても興奮しますし、わたしは常に集中し好奇心をもって臨みます。わたしがスタンフォードの学生やパートナーの教員にいつも伝えることは、最も優れた教師となるには、授業が「毎回」新しくチャレンジングな内容で、わたしたち教師が生徒と共に学びながら行われるべきだということです。

授業で教えることの50%については理解しているべきですが、残りの50%は想定外の新しいことでなければなりません。この方法を用いると多くの驚きが得られます。7月25日のイベントでもそのような偶発的な学びが起き、キャメロンとポールと話したときは特にそうでした。彼ら2人が組織を立ち上げている初期の頃に実は同じような面白い経験をしていたことがわかったのです。

以前も書いた通り、キャメロンがStartXを立ち上げたのは、スタンフォードの学生のアイデアに対する支援が不足していることに不満を抱いたからです。講演の参加者にとってそれは意外なことでした。スタンフォードのキャンパスでは多くの素晴らしい企業が生まれているので、スタンフォードの大学事務局ではとうの昔にこうしたイノベーションの仕組みを整えていただろうと考える人が多かったのです。

しかしそうではありませんでした。キャメロンがStartXを始めて間もない頃、彼は学長室から手紙を受け取りました。その内容は、キャメロンの行動が大学の関係者に非常に不快な思いをさせているので、StartXの閉鎖を検討してほしいというものでした。しかし、彼は閉鎖するどころか、ビジョンをより速く、より懸命に追い求めました。何年か後、彼は新しい学長から手紙をもらい、そこにはキャメロンがスタンフォードに与えた影響への感謝の気持ちと、立ち上げ当初に教員たちが過剰反応をして支持できなかったことを認める言葉がつづられていました。

ポールにも似たような話がありました。彼はコロンビア大学の大学院生だった頃に、InSITE Fellowsを立ち上げました。コロンビア大学はその当時も今も、ウォールストリートでの就職の機会を得るには最高の場ですが、スタートアップでのキャリアを歩みたいMBAの学生への教育的な支援が不足していると感じていました。ポールは当初からInSITE Fellowsにおける多様性や機会提供を非常に重視していたため、ニューヨーク大学に通う友人がMBAの学生何人かと共に参加を希望した際も、喜んで受け入れました。2003年当時のニューヨークにおいてこうした教育機会へのニーズは高く、プログラムは大盛況でした。

しかし、ある日ポールはニューヨーク大学の学長から手紙を受け取りました。そこには、彼の功績を称え、感謝する旨が記されていると同時に、InSITE Fellowsをコロンビア大学向けとニューヨーク大学向けの2つに分けてほしいという内容が書かれていました。ポールはどちらの大学にも彼を止める権限がないことがわかっていました。そこで、彼はさらに精力的に突き進み、ニューヨーク州全部の大学院から積極的に学生を募り、最終的には全国へと拡大していきました。

キャメロンと同じように、ポールもその後双方の大学から感謝と祝福の手紙をもらいました。彼のプログラムは今や、イノベーションを志向する学生にとって極めて重要なリソースとして世界的に認識されています。

この2つの話をあえて取り上げる価値は何でしょうか?イノベーションのエコシステムの中にいる人にとっては、いくつかの重要な教訓があります。まず、大きな組織のリーダーの仕事は、既存の資産を管理し保持することです。そして新たな「資産」を創り出すイノベーターの仕事とは全く異なる仕事です。そのため、イノベーターの動きは往々にしてそうした組織のリーダーの恐れを引き起こします。それは未知への恐怖、競争への恐怖、損失への恐怖です。革新的な新しいアイデアは中央権力からは生まれません。

大胆なイノベーションを育みたい大きな組織には、2つの選択肢があります。

1)イノベーターが活躍できるような環境と道筋を別につくるか、2)イノベーティブにならないことを選び、ゆっくりと(時にはあっという間に)死ぬかという選択です。スタートアップのリーダーにとっての教訓は、権力者はイノベーターのやっていることややろうとしている意図を本当には「理解する」ことができないと認識することです(わたしが共同創業者の中村幸一郎と共に2010年にSozoベンチャーズを設立し、日本に特化したVCを立ちあげようとしたとき、周りからは口を揃えてありえないと言われました。しかし、わたしたちは聞く耳をもちませんでした)。

キャメロンはシンポジウムの聴衆に次のように語りかけました。「権威を動揺させるということは、何か重要なことをしているということです。大切なのは、そういった否定的な意見に引っ張られずに、価値を追い求めるという真の課題に取り組むことです。」

言い換えると、イノベーションへの道のりは平たんではありません。抵抗は必ずあり、権力者からの反対にも遭うかもしれません。そのときこそ、優れた支援の仕組みが必須なのです。そうしたエコシステムの中から、あなたのアイデアの実現を一番に期待し支持してくれるような、信頼できる経験豊かなメンターを見つけることができるのです。

しかし、それだけではまだ足りません。優れた仕組みにも限界があります。有望なスタートアップを支援する仕事をしている人(ベンチャー投資家、弁護士、アクセラレーターのリーダー)にとって、適切にサポートを行う環境を構築することは非常に重要ですが、その前にまず確認すべきことがあります。それは「どうすれば世界をより良く変化させる組織を創ることのできる人を見つけられるだろうか?」ということです。これは25日のイベントの主要なテーマでもあり、その実現のための素晴らしい方法論をいくつか見つけることができました。次の記事ではその方法を紹介していきたいと思います。

(監訳:中村幸一郎(Sozo Ventures)、翻訳:長沢恵美)

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