終戦日に超加工食品(UPF)を食べてみよう

2023年8月12日
全体に公開
・戦争は超加工食品を生み出した
・兵士の携帯食、レーションの要件
・米国陸軍も注目したMSG
・戦争とフードビジネス

もうすぐ太平洋終戦記念日です。戦争は多くの人々の幸せを奪いましたが、逆説的に、戦争よって生まれたテクノロジーは、多くの命や幸せをもたらすことになりました。今回は、戦争が私たちにもたらした影響を“食”の視点から探っていきます。

人類の歴史において、争いごと、すなわち、戦争は常に存在してきました。これは生き物の本能として、そして生存のための闘争として、生物ピラミッドのあらゆる階層で見受けられます。私たちの体内でも日々、微生物との闘いが繰り広げられています。戦争のない世界を願うものの、それは容易ではないかもしれません。しかし、知恵のある私たち人類ホモサピエンスだからこそ、戦争のない平和な世界を作り出すことができると信じています。

戦争は人間の行動であり、それを支えるエネルギー、すなわち食物は不可欠です。戦争は移動を伴います。古来、馬が主要な移動手段でしたが、馬は草食動物で多くの食べ物を必要としました。産業革命を境に、馬の役割は戦車や軍艦、飛行機へと進化しました。そして、これらの機械を動かす食物としては、石炭、そして石油が中心となりました。食物も石油も、どちらも地球上の植物が生み出すエネルギーであり、その根源は太陽の核融合から来るエネルギーです。

携行食には軽さ、日持ち、サイズの小ささ、戦場での速やかな摂取、高い栄養価、消化の良さが求められます。最も高度な携行食は軍用のレーションです。

意外かもしれませんが、現代の加工食品はレーション研究の恩恵を受けています。特に欧米の食文化に色濃くみられる超加工食品の普及は、このレーションとの深いつながりがあります。今回の物語読んだ後にスーパーを訪れてみてください、戦争が私たちの食生活がいかに影響を与えているか実感でき、新しい視点を持つことができるかもしれません。

UnsplashのStijn Swinnenが撮影

レーションの要件 その1: 日持ちがする

レーションには、アフリカの砂漠からシベリアの凍土、アマゾンの沼地やヒマラヤの高山といった過酷な環境下でも長期保存が可能で、まずくなく、味も維持し、活動に必要なカロリーと栄養素を、しかも短時間で摂取できる高密度の食品が求められます。レーション開発には高度な食品加工技術が求められてきました。

生鮮食品の多くは日持ちがしません。古くから、食品の長期保存方法として塩漬けや砂糖漬け、アルコール漬け、乾物、発酵が行われてきました。例えば、日本の武士は帯に味噌を塗り、モンゴルの騎士はチーズを非常食として隠し持ちました。しかし、近代的な保存方法の開発はサイエンスが発展する19世紀まで待たなかければなりませんでした。

1804年、フランスのニコラ・アペールが瓶詰の加熱殺菌法を開発し、特許を取得。この技術は、ナポレオン政権のフランス軍に早速注目されました。しかしながら、ガラス瓶は割れやすく輸送上の問題から実用化は難しかったようです。これを解決したのは、イギリスのピーター・デュランド。彼は金属製の容器で食料を封入する方法を開発し、1810年に特許を取得。この技術は戦争での長期的な食料供給に革命をもたらしました。興味深いことに、デュランドの特許はルイ・パスツールの低温殺菌法開発の約半世紀前のものでした。

朝食用シリアル、パン、ランチミート、ポテトチップス、スープ、レンジ調理食品、クッキーなどに塩や砂糖を添加することについては、いれによるまさるとも劣らない理由がもう一つ存在する。食品というのは時間とともに古びるものだが、塩と砂糖というありふれた化合物は、腐敗を防ぎ、食べごろをとっくに過ぎた食べ物に鮮やかな色や張りのある形、やわらかい食感といった偽りの若さを与えるのが実にうまいのだ。宴会のために古代エジプト人がボッタルガをつくり、古代ローマ人がヤマネのはちみつ漬けを作り始めたころから、食品の保存性を高める砂糖と塩の力は科学的に説明されなくても直感的に理解されてきた
アナスタシア・マークス・デ・サルセド著 戦争がつくった現代の食卓 2017より引用

乾物工程、つまり生食糧の水分を取り除く技術は、軽くて長期保存が可能なレーションの食品加工技術として進化してきました。この方法は、うま味を濃縮する技術の一つとしても知られています。

MITのマーカス・カレルは、食品の水分活性を塩や砂糖の追加、および乾燥により0.6以下にすると、細菌の繁殖を防ぐことができることを発見しました。これにより、乾物工程は缶詰の代わりとして、長期保存技術として採用されるようになったのです。

20世紀後半には、レトルト食品やフリーズドライ技術がレーションの主流となりました。特に、フリーズドライは食品をマイナス30℃で急速に凍結し、真空状態でその水分を昇華させる技術です。これに類似した方法は、インカ帝国時代のチューニョや、日本の高野豆腐、寒天などにも見られます。フリーズドライ技術の普及は、日本でのさけ茶づけやカップヌードルの具としての使用がきっかけとなり、今ではインスタントコーヒーやカップ麺、宇宙食、非常食、アウトドア食料として広く利用されています。

UnsplashのCrazy Cakeが撮影

レーションの要件 その2: 携帯しやすいこと。

携帯性おにぎりや弁当箱は、日本の携帯食の知恵を示すものです。梅干しの抗菌作用を持つお米の中心と、塩で握った表面を特徴とするおにぎりは、ジャポニカ米の粘り気があるため成立しました。一方、粘り気のないあわやヒエ、大麦などの食材はおにぎりに適さず、それらを収めるために弁当箱が発展しました。この弁当箱は、もともとは貧者の知恵でした。

ピーターデュラントが開発したブリキの缶詰は頑丈だったものの、その重さが携帯の障壁となりました。20世紀後半になって、石油化学の進展により、重いブリキから軽くて強固なポリマー素材へとレーションの包装が進化していきます。サランラップアルミ箔など、現在のキッチン用品のいくつかもレーション研究から生まれたと言われています。

レーションの要件 その3:どこでも食べやすく、そして栄養価に富むこと。

脂肪は高カロリーの源として重要で、特にヨーロッパでは、脂肪は牛乳由来のバターなどの動物性製品に依存してきました。しかし、戦時中にはバターが不足し、代わりに牛脂から作られたマーガリンが誕生しました。このマーガリンの起源は、1813年のフランスの化学者シュヴルールの研究にあり、その後1869年に軍や民間向けの安価なバター代替品として開発が進みました。オレオマーガリンの登場です。

第二次世界大戦中のアメリカでは“合成”マーガリンの製造が始まり、多くの食卓に普及しました。しかし、これが後にトランス脂肪酸問題を引き起こし、健康上のリスクとして議論されるようになりました。技術の革新は、新しい解決策をもたらす一方で、新たな問題も引き起こすことがある、という事例として挙げられます。

UnsplashのAbir Hiranandaniが撮影

レーションの要件 その4:どこでも素早くエネルギー・チャージ

ハーシーのチョコレートは、ついつい米国出張の時に土産として買っていしまいます。日本のチョコレートと比べると硬く、溶けにくい上、味も異なります。この特徴は、実は軍用レーションとしての歴史を持つためのようです。

戦地での軍人は大量のエネルギーを消費するため、短時間で高カロリーを取得する必要があります。チョコレートは高カロリーで食べやすいため、理想的な選択でした。そして、軍用レーションの要件として、チョコレートは固形で保存がきく一方、食べる際にはすぐに溶ける性質が求められました。また、甘すぎず、軍人が余計に食べてしまわない味も必要でした。このような背景から、ハーシーのチョコレートの独特の味と食感が生まれました。

スポーツジムでよく見かけるプロテインバーやエナジーバーも、高たんぱく高エネルギーバーであるフランケンチョコに起源をもつDレーションから派生したものです。戦地で迅速にタンパク質や炭水化物を補給するための技術が、現代のスーパーマーケットの商品として普及しています。

加工食品の世界を宇宙にたとえるなら、第二次世界大戦がビッグバンに相当する。この宇宙で太陽にあたるのがネイテック研究所であり、ここから新たな科学的概念や重要な画期的新技術の多くが誕生し、その成果は朝のコーヒーから夜食のチョコチップクッキーに至るまで、様々な食品の製造に利用されている。では、この宇宙空間を漂う塵の雲は何にあたるのか? それは、この知識を利用して、私たちが毎日のようにキッチンやコンビニエンスストアやスーパーマーケットで手を伸ばす商品を製造する無数の企業である。
アナスタシア・マークス・デ・サルセド著 戦争がつくった現代の食卓 2017より引用

うま味とレーション

私の仕事柄、うま味は常に私の心を引きつけています。そこで、ここではうま味とレーションの繋がりについて考察します。

レーションの発展には、物性の変更だけでなく、味覚の革命も必要だったようです。しかも、兵士が夢中になりすぎない、嗜癖性のない控えめなおいしさが求められていたようです。そこに目を付けたのが、うま味、MSGでした。うま味物質として知られるグルタミン酸ナトリウム(MSG)は、すでに、909年に商業化されていて、1920年には米国内に広がり始めていました。1943年にはゼネラルミルが生産を開始し、そして1954年には米国全体で1300万ポンドのMSGが生産されるようになりました。当時、このMSGは最先端のフレーバー技術であり、レーションに必要な要素を持っていたのです。

1948年、シカゴでMSGに関するシンポジウムが開催され、その効果や使用についての評価が行われました。しかし、その後の誤解に基づく安全性の懸念から、MSGの研究公開は次第に影を潜めたようです。現在、MSGの安全性は国際的に認められており、減塩や減糖の食品の味を補完するための健康な食事の味覚改善の重要な要素とされています。私は、うま味を活用した食品加工技術がレーションにおていも再び注目されることを期待しています。

1955年にシカゴで開催された第二回グルタミン酸ナトリウムのシンポジウムより 

先端的な食品加工技術は、一体どこで生まれるのでしょうか。多くの人が大手のグローバル食品企業の研究所を想像するかもしれません。しかし、コンピュータ、インターネット、無線通信、スマートフォン、MRI、MEG、GPS、電子レンジ、ドローンなどの産業技術と同様に、革新的な食品技術の多くは、産官学が連携する軍需産業から生まれることが多いです。なかでも、米国マサチューセッツ州ネイテックのカンザス通り41番地に本部を置く陸軍の研究施設、いわゆるネイテック研究所は多くの加工食品を支える基本的な技術を開発し民間転用を行った実績を持つことで有名です。

現在、病院や学校、職場の給食の食事改善が注目されていますが、レーションの研究からも多くのヒントが得られるかもしれません。アメリカ軍は米国内で最も大きな食品購入機関で、莫大な資金を背景に民間企業ではとてもできない、リスクのある先進的な研究が進行中です。

実際に、私たちの身近なスーパーマーケットで目にする多くの商品や技術は、ネイテック研究所のような軍事施設で開発された技術の影響を受けています。新鮮な野菜や果物のパック、非加熱滅菌のジュース、日持ちするパン、レトルト食品、放射線で滅菌されたスパイスや冷凍食品、そして特別な加工技術で作られたハンバーグ。これらの商品をスーパーマーケットの棚から取り除くと、そのほとんどが空っぽになることでしょう。また、商品の栄養表示も、最初に兵士の健康を考慮して導入されたものです。商品だけでなく、輸送コンテナや乾燥粉末化、冷蔵技術なども、レーションの開発と関係しています。

現在のパッケージ食品裏面の栄養表示(タイ) 筆者撮影

フードビジネスのルール形成に関して、以下のように考察を深めてみます。

欧米が加工食品文化の中心である理由は、米国を拠点とする大手食品企業がネイテック研究所のような軍事施設と積極的に共同研究を進め、新技術を迅速に商業化し、市場を独占してきた証とも考えられます。しかし、その先には、思わぬ落とし穴が待ち受けていました。

軍隊向けの加工食品技術は、消費者のニーズに応えるために、禁断のおいしさを付与し、高塩分、高砂糖、高脂肪、高エネルギー密度といったリスクを伴って発展しました。これが、現代の生活習慣病の原因となる要因と重なり、健康上の問題が増加しています。いまや、これらの食品の過剰摂取が原因で死亡していく人は戦争で亡くなった人々の数をはるかに超えています。おいしさを求める人の欲求が、レーションの開発原則、“兵士が病みつきになるおいしさは避ける”、ことを忘れさせてしまったことがその大きな原因です。すべての宗教が戒めている、つかのまの欲求を追い求めるより永遠の幸福を可能とする中道、のための実践が求められる時代に来ています。

米国陸軍をはじめとする軍隊は海外に多くの駐屯地をもち、莫大な数の兵士が日々の生活を営んでいます。当然、軍隊の食は駐屯地域の食事習慣にも多少なりと影響を与えることとなります。コカ・コーラやペプシがなぜ世界市場を獲得できたのか?その背景には米軍の食があるとも言えます。軍の食は企業にとってはグローバルな宣伝の場ともなりえるのです。

また、命に係わる運の食の製造管理には最新の技術が導入されるのが常です。栄養管理を徹底するバックオブパック表示(BOP)やNASAの衛生管理で開発されたHACCPもいち早くレーションの製造過程に導入され、その規模の大きさから民間転用を加速しました。

今後のビジネスの展開を予測するためには、米軍などの軍がどこに投資しているかを確認し、その動向を洞察することが鍵となります。米軍の投資先には、新たな技術や未開拓の市場が存在している可能性が高く、これが後に巨大なビジネスチャンスとなることを、過去の歴史が示しています。

ネイテック研究所のような軍事研究施設が今後どのような研究を進めているのかは興味深い問いです。最新の研究内容は秘密裏に進行していることが多いものの、以前行われていたと伝えられる主要な研究テーマには以下のようなものがあります。

•病原体を検出するバイオセンサー

•効果を高める成分とその革新的な配送方法

•野菜や果物の鮮度を長持ちさせる技術

•個人用の飲料冷却装置

•廃棄物をエネルギーに変換するデバイス

また、日本の自衛隊のレーション開発の現場ではどんな新しい技術が生まれているのでしょうか? 興味が湧きますね。

本物語に興味のある方はぜひ、「アナスタシア・マークス・デ・サルセド著 戦争がつくった現代の食卓」 2017を読んでみてください。いろんなヒントがぎっしり詰まっています。

Highlighted Research 
•Dietary protein for optimizing lean body mass 
•Effects of inflammation on nutrient absorption 
•Examine physiological metrics that predict tolerance and resilience to military relevant stressors 
•Effect of military-relevant stressors on the microbiome 
•Optimizing micronutrient status for health and performance 
•Nutrition interventions to optimize immune recovery from military-relevant stressors•Development of a precise and comprehensive database of ration nutrient composition 

•Assessment of dietary supplement and caffeine intake in Warfighters•Development of a military-specific eating behavior survey
UnsplashのPeter Bondが撮影

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