テレ味覚は可能なのか?(2)

2023年4月4日
全体に公開

宮下研究室の味覚研究に初めて触れたのは中村裕美さん(https://twitter.com/apapababy)の電気味覚だった。

みなさんは、小さい頃に電池を口の中に入れて、変な刺激を感じたことが無いだろうか。具体的にどのような味と言えば良いのか正直なところ表現が難しいのだけれど、僕には、塩味と苦味の中間みたいな味に感じられることが多い。

僕は、中村さんの初期の電気味覚を2度ほど体験しているが、確か電池内蔵のフォークのようなもので、それを使って何かを食べることで塩味を与えて味覚に介入できるということだった。理屈はそんなに難しくないので、実際にどのような味覚が発生するのかワクワクしていた。ところが、体感としては電池を口の中に入れたときのような不思議な味覚が発生するだけで、それ以上でも以下でも無かった。最初に体験した時はそんな感じで、少しがっかりして、2度めも同じだったので、さらにがっかりした記憶がある。

味覚は主観的な体験なので、他の知り合いの研究者に、「どうだった?」と聞いても、やはり同じ反応だった。体験後に中村さんには、刺激のパターンを色々試したりしてます?もしそうなら何か変わりますか?と聞いたのだけど、それはこれからですという返答だった。少し間を置いた2度目のときにも同じ質問をして、同じ返答だったので、色々やったけどそれ以上の効果の違いは出せなかったのかなと思って、それ以後はまあそんなもんなのかなと思っていた。

ところが、それから知らないうちにどんどんと研究が進んで、キリンから「エレキソルトスプーンと椀」という形で製品化に進んでいるというのが正直驚きだった。まだ、実際に試した訳ではないので、刺激効果がどれくらいなのかはまだ分からないのだけど、今回の宮下先生の話を聞くと、初期の単純な刺激から、陰陽の刺激パターンをうまく組み合わせているということだったので、かなり期待が持てる感じだった。もし、刺激効果が初期のフォークのようなものだったら製品化へのゴーサインが出ないはずなので、本年度内の製品化を楽しみにしている。

エレキソルトスプーン
エレキソルト椀

電気味覚は、違和感なく味覚に介入する技術として非常に面白いと思うし、五感に介入するという意味で、視覚におけるARやMRに近いものだろう。今日の味噌汁は味が薄いなと思ったら、エレキソルト椀のバッテリーが切れてたみたいなことが起きると面白い。

宮下先生の味覚への挑戦はそれだけでは終わらない。見た目のインパクトで言うなら、Norimaki Synthesizerはすごい。見せ方が本当に上手だ。(動画はこちらから)

僕は2021年に熱海にハコスコカフェというスペースを作って、今はそれがハコスコ社の本社になっているのだが、カフェが出来上がったばかりの時に、MediaAmbitionTokyoというアートイベントのサテライト会場としていくつかの展示を行った。その時の展示作品の一つとしてNorimaki Synthesizerを展示しようとしていた。しかし、セッティングの手間がかかるということと、装置として繊細なので展示の運用面に不安があるということでキャンセルになって非常に残念に思っていた。

その後、次々と味覚関連のデバイスを開発して発表している宮下先生をみていると、味覚という新しい研究領域を確実にインターフェース研究としてモノにしていることに、敬意と同時に羨ましさを感じていた。

羨ましさというのは、やはり五感の中で僕に深く刺さるのは味覚だから。視覚情報も聴覚情報も、映画や音楽のように刺激デバイスを通じてそのコンテンツを楽しむことは出来るけれど、それに介入することは難しい。一つにはそれらの情報が時間軸に依存しているので、光や空気などの媒介物を操作してリアルタイムに介入しない限り、コンテンツそのものに塩をふりかけて味を変えるような修飾を加えることが出来ない。つまりある意味改変困難な受動的な感覚なのである。

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