やらされている、では危険。わかれば怖くないESG開示

2023年2月10日
全体に公開

こんにちは。2月というとそろそろ来年度に発行するサステナビリティ報告書に取り組み始めた企業が増えてきたのではないでしょうか。私が気候変動やESG関連の開示に携わってかれこれ15年が経ちました。今や市場によっては気候変動開示やサステナビリティ開示が義務化されるまでになりましたね。義務化されるかもしれない、やらなければいけない、と捉えるとどうしても「開示=業務」となってしまい、開示することが目的化してしまいます。これは大きな問題だと思っています。

環境データは投資判断の重要な構成要素

私の気候変動データとの関わりが始まったのは、2007年イギリスの環境リサーチ会社に勤め始めた時です。彼らは世界中の企業の環境関連のデータを環境報告書やサステナビリティ報告書から取ってきて、お客様である欧米投資家のポートフォリオのカーボンフットプリントや自然資本に与える影響を計測していました。これら投資家の望んでいたことは、「投資ポートフォリオのリターンを減らすことなく、カーボンだけ減らしたい」というものでした。

つまり、環境データは彼らのポートフォリオの重要な構成要素になっており、どの会社にどれだけ、どのセクターにどれだけ投資するかは、カーボン排出量とも直結していました。

開示がないのはリスク

企業の正確な情報開示はとても重要でした。開示がない企業のデータはセクター平均値が使われ、投資家へのレポートにも企業データの開示の有無は記されます。投資家はそれを見て、「開示がないのはリスクだ」と言っていました。

その後、2009年に私はブルームバーグのESGをAPACで立ち上げることになるのですが、まずアジアの投資家からのESGの反応は、「データがそろってなければ何もできない」でした。例えば、事業の中で本社の排出量だけが記載されている場合がありました。分析に使うのは例えば排出量データと売上高のレシオだったので、分母の売上高が当然ながら全社の売上高で、分子の排出量が本社だけだとレシオになりません。そのため、部分的な不完全のデータは全て取っていませんでした。企業が全社のデータを開示できないことは、投資家にとってはリスクとなっています。

未だに開示のないデータはたくさんあります。全部を開示する意味はあまりないと私は思っています。なぜなら、その企業や産業にとって大事なデータとそうでないデータがあるからです。

開示は自社のリスクとビジネス機会を見直すチャンス

それでは、自社や産業にとって大事なことは何か。それはその企業自身が良く知っていることだと思います。その中に、サステナビリティや気候変動の観点を入れていくことがとても大事です。

例えば、気候変動開示では、自社の排出であるスコープ1(燃料燃焼による排出),スコープ2(電気の使用による排出)に並んでスコープ3(自社以外のバリューチェーンからの排出)の開示があります。私は排出量集計の作業は、自社を含む全体のバリューチェーンの排出量を見直すと同時に、どこに気候変動リスクがあるのか、偏在しているのかをレビューするプロセスだと思っています。

排出量がどの国や地域からあるのか、排出量以外にどんな気候変動リスクがあるのかを見直すことはとても重要です。残念ながら増えてしまっている気候変動災害の影響を自社やサプライチェーン先の各地域で受ける日が来てしまうかもしれません。

以下はニューヨークタイムズ紙の引用ですが、「どの国も気候変動リスクをはらんでいる。あなたの国はどれ?」という、とてもびっくりするフレーズです。

出所:New York Times, https://www.nytimes.com/interactive/2021/01/28/opinion/climate-change-risks-by-country.html
出所:New York Times, https://www.nytimes.com/interactive/2021/01/28/opinion/climate-change-risks-by-country.html

この気候リスクの見直しは自社やグループ会社に対して行うのはさることながら、サプライチェーンに拡大して行うことは、今後の経営にとってとても重要な要素になってくると思います。

サプライチェーン全体での気候変動リスクと機会を見直すのは経営課題

サプライチェーン先の排出量はスコープ3に含まれます。スコープ3を把握することも大事ですが、排出量以外の気候リスクを知ることはもっと重要です。上流過程にて気候変動リスクが増大した場合、例えば洪水などでタイムリーに原材料が調達できなくなるリスクというのは今後ますます増えてくるでしょう。そのためには、サプライヤー先を再検討したり、事業所をリスクの少ない地域に移動したりなどと議論していくことが必要です。ここまでくると経営が関与する話になるでしょう。

出所:環境省より 筆者加筆 https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/supply_chain.html

以前、炭素予算の話で食品会社の例を出しましたが、すでにある食品会社では温暖化の影響を考慮して、関東の高所や北海道などにある野菜の生産拠点を移すことなどを検討しているようです。

一方、サプライチェーンの下流では消費者の動向が今後気候変動の影響を受けて変わることが予想できます。一般消費者であれば、グリーン商品を好むZ世代が増えたり、または、企業でもグリーンスチール(鉄鋼)やグリーンアルミなどを購入する企業が増えてくるでしょう。実際にアメリカ政府主導で始まった、First Movers Coalitionでは、2030年までに年間に購入する鉄の10%をグリーンスチールにするというような宣言に参加する企業が出てきています。

このような需要側の変化に対応できなければ、売り上げが低下していくことでしょう。そしてこの需要側の変化に対応するためには、上流側のサプライチェーンにて原料調達をグリーンなものに変えていく必要もあります。自社の電気の使用も再生可能エネルギーなどのグリーンなものに変えていく必要があります。製品やサービスのカーボンフットプリントも見られる時代が来ていると思います。

気候変動開示やESG開示を外部に委託して、自社で上記のような気候変動のリスクを経営課題として議論しないことは経営リスクです。逆にこの開示に関わる作業を通して、気候変動から受ける経営リスクを見直し、新しい製品やビジネスを生み出す機会にしていただけたらと思います。

また、気候変動やサステナビリティに関して経営幹部が関わり、気候変動ガバナンスサステナビリティに関するガバナンスを強化し、経営側がこの課題に対して理解を深めることも大事です。

初めて気候変動に関する開示に関わる企業であれば、まず二酸化炭素をはじめとする温室効果ガス排出量を全社で計測するところからスタートすることをおすすめします。全体像を把握することが第一歩となります。そのためのツールは、今はたくさん市場にあります。スタートアップをはじめとしてメガバンクや地銀は、大企業から中小企業までを対象とした排出量計測サービスを提供しています。銀行の融資を通じた排出量把握も金融業界では大きな課題です(金融機関のファイナンス・エミッションについてはまた今度書きます!)。ぜひ取引銀行にお問い合わせしていただいたり、グーグルで「排出量の見える化」と検索してみてください。  

目的化しない気候変動開示やサステナビリティ開示が増えることを願って、今日はこの辺で。

このトピックスでは、気候変動を含めたリスクとビジネスチャンスの見極めのヒントになるような、気候変動の知識や世界の動きをご紹介していきます。皆さんも気候変動を考慮した経営や事業戦略についてのお悩みがあればコメント欄でお寄せください。

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