ウクライナ解説⑨クリミア大橋破壊/ロシアの奇妙な「言論の自由」

2022年10月11日
全体に公開

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さて、今日は久々にウクライナ戦争についてです。

衝撃のクリミア大橋破壊

プーチンは7日に70歳の誕生日を迎えました。わざわざ祝賀ムードを演出するために旧ソ連構成国(一部を除く)の首脳を出身地サンクトペテルブルクに集めて非公式会合(自分主催の誕生日会)をやったそうです。

どうだ、俺は孤立なんかしてないぞ、というメッセージなんでしょうか。高齢化する独裁者が戦時で迎える誕生日、というのも象徴的な気がします。

そんな誕生日に、ロシア本土とクリミア半島を結ぶ「クリミア大橋」(ケルチ海峡大橋)で爆発がありました。

(https://twitter.com/Osinttechnical)

この爆発で鉄道が大炎上した他、その横の自動車用の道路の片側車線が崩壊しました。

このクリミア大橋は、ロシアとクリミア半島をつなぐ唯一の橋です。

クリミアは2014年からロシアが不法に占拠していて、この橋はその後に開通しました。ウクライナがわからしたら「違法建築」といったところでしょうか。逆にプーチンにとっては、領土拡張の象徴という意味でレガシー的な意味合いを持つ橋です。

そして、クリミア半島の北側に位置するヘルソン、ザポリージャといった地域は今年の侵攻でロシアが新たに占領しました。

War Mapperより(https://twitter.com/War_Mapper/status/1579624547418247171)

クリミア大橋は中でもヘルソンの戦闘を支援するのに欠かせない、超重要な兵站線です。今回はこの兵站線は寸断されませんでしたが、ロシアの領土防衛力の低さや脆弱性が目立っています。

嫌がらせ目的のミサイル攻撃を「報復」と捉えるのは間違い

なお、ロシア軍はこれに対する「報復」だとしてミサイルを80発ほどウクライナに打ち込みました。

多数の民間人を死亡させたわけですが、そもそも報復という表現は間違いです。無差別的に市民を狙ったミサイル攻撃は今までもロシア軍がやってきた非道行為で、クリミアの件があったから新たに始まったものでもありません。

NurPhoto / 寄稿者

それに、この攻撃は軍事的な側面から見るとほとんど意味のない行為です。民間人を殺害したりインフラを壊したりしても、ウクライナ軍の継戦能力は削がれないからです。

ロシア軍はイランや北朝鮮に頼らなければならないほど弾薬不足が指摘されていますが、そんな中でこうした攻撃を仕掛ける当たりは、相当ヤバさを感じます。

もはや戦争に勝利し、ロシアに国益をもたらそうという政治家・軍人的な発想ですらなく、とにかくムカつくからミサイルを打ち込むという、というやけっぱちな思考回路に見えます。

こうしたことからもプーチン政権はどんどん主導権を失っているのが見えてきています。

プーチン最側近がロシア軍を批判

さて、70歳になったプーチンですが、身内からの批判が目立つようになっています。

最近のプーチンといえば、急速に戦況が悪化する中でウクライナ東部や南部の4つの州の併合を一方的に宣言。同時期には約30万人の予備役の投入も発表しました。

【3分解説】ウクライナ4州の「併合」が意味するもの

しかし状況は悪化するばかり。例えばドネツク州では併合を宣言した翌日に要衝のリマンをウクライナ軍に奪還される始末でした。

動員についても30万人を動員しようとしたら、70万人が国外に逃げちゃった、なんていうニュースもあります。

この状況に、プーチンに非常に近い2人から批判が相次ぎました。

まず1人目はロシア連邦を構成するチェチェン共和国の首長で、ロシア軍の大将にもなっているラムザン・カディロフ。プーチンの側近中の側近で、今回の侵攻でも私兵を投入して大きな役割を担っています。

そのカディロフはリマンが危ないというのを事前に軍のトップに伝えていたのに、対策が講じられなかったと言って、「軍の縁故主義は何の役にも立たない」「より抜本的な対策を講じるべきだ」と軍を批判しました。

そのうえで、ロシア軍は早く「低出力核兵器を使うべきだ」とも言っています。

そしてもう1人がエフゲニー・プリゴジン。ロシアの民間軍事会社「ワグネル」の創設者で、クレムリンのケータリングも行っているため「プーチンのシェフ」なんて呼ばれたりする人物。傭兵隊長みたいな人です。

【最前線】本当に怖いのは「軍隊以外」の戦力だ(この記事でプリゴジンについて詳しく書いています)

この人もリマンでの苦戦に批判を強め「ろくでなしの軍司令官に自動小銃を持たせ、はだしで前線に送り込むべきだ」などと発言したそうです。

さらに戦況が悪化したとき、プーチンが直面するものは?

この報道をどう見るべきなのでしょうか。アメリカのシンクタンク「戦争研究所」がとても興味深いレポートを出しています。

同シンクタンクは、プーチンは今回の戦争で国防省や軍の上層部をすっ飛ばして、マイクロマネジメント的に指揮をとっていると指摘しています。

これは重要なポイントです。2人の側近はあたかも「(プーチンではなく)無能な軍が悪い!」とキレているように表面上見えても、実態はプーチン批判ということになります。

このシンクタンクはまた、国営テレビでもこれまでの御用コメンテーターばかりではなく、戦争の進展に批判的なコメントが目立っていると指摘しています。

こうした形で「言論の自由」がロシアで生まれています。

ただ、自由とは言ってもそれは「もっとやれ」「核兵器を使ってしまえ」といった声だけ。反戦なんかは今も許されません。

そして、「もっとやれ論」は、それはそれでプーチンにとって嬉しくない。というのも、例えばウクライナ全土を占領するべきだ、なんていうのはもう能力的に無理なのが判明しているからです。

そのために動員を増やせば、今度は国民の不満が高まって自分の統治に影響しかねない。また、核兵器の使用がプーチン政権自身を滅ぼす選択肢なのはプーチンもよく理解しているでしょう。(理解していることを祈ります・・・。)

ではプーチンはどうするか。ここまでに打った手の一つは「人事」です。

10月8日、ロシアの国防相はウクライナ戦争の総司令官の交代を発表しました。新たに任命されたのはセルゲイ・スロビキンという人物。チェチェン紛争やシリア介入の経験を持つ、超タカ派とされる人物です。

戦争研究所によると、こうした人事はロシア国内の「もっとやれ派」に歓迎されるもので、ご機嫌取りにも映ります。

実際、カディロフ、プリゴジンともにこの人事を大絶賛しています。

しかし、戦略や政治的な意思決定がここまでグダグダでは、司令官を変えてもうまくいくとは思えません。またプーチンへの批判は再燃するでしょう。

そうなったとき、果たしてロシアでは何が起きるのか…。戦争研究所も見通しは不明としています。

政権内の内紛が今よりも浮き彫りになってしまうこと、あるいはプーチンの権威が失墜することもあるのか。やはり全ては、戦場と結びついています。そうした意味でも、ウクライナの戦況は今後も注目です。

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