【船橋洋一】「米国主導の戦後」が終わった

2016/11/20
トランプ大統領誕生が持つ意味は何か。今後の世界秩序、日米関係にどのような変化をもたらすのか。独立系シンクタンク・日本再建イニシアティブの船橋洋一理事長に聞いた。
最も残酷なデータ
──今回のトランプ勝利を予測していましたか?
見事に外れた。クリントンの勝利と踏んでいた。今回の選挙を図式的なステレオタイプで見すぎた。
一言でいうと、ポピュリズムはおぞましいものだという先入観でトランプを嫌悪しすぎた。
トランプは嫌悪すべき存在かもしれないが、トランプを押し上げた人々の境遇や気持ちや課題への想像力が足りなかったと反省している。
ポピュリズムは人種、民族、宗教、ライフスタイルなどの非妥協的で情念的なテーマをめぐって社会を敵、味方に分断する危険がある。そのようなポピュリズムを噴出させないように気を付けなければならない。
ただ、それも含めてそれは民主主義の影なのだ。民主主義にポピュリズムはつきものなのだ。ポピュリズムによって選挙の機能の一つである社会のもやもやを吐き出させるカタルシス効果、つまり民主主義の持つ「問題の洗い出し機能」も発揮されたとも言える。
ポピュリズムを嘆くのではなく、それを生み出す根本原因を探求し、それを解決する方法を見いだす努力をしなければならない。そういう認識をすべきだったと今感じている。そこが反省点。
例えば、ヒスパニックの有権者が、レイシスト的な発言を繰り返すトランプを支持するとは思えなかったし、大学卒の若い女性もお目当てではなくとも最後はヒラリーに投票すると思っていた。
しかし、実際には、ヒスパニックも相当数、トランプに投票したし、大学卒の若い女性もトランプに結構、投票した。
法律をちゃんと守って移民したヒスパニックの人たちにすれば、推計で1100万人もの不法移民がいるという状況は許容できない。自分たちは10年、20年をかけて努力して国籍を獲得してきたのに、なぜ不法移民を受け入れるのか、と彼らが思っても不思議ではない。
船橋洋一(ふなばし・よういち)
日本再建イニシアティブ理事長・元朝日新聞社主筆
1944年北京生まれ。東京大学教養学部卒業。1968年朝日新聞社入社。北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長、コラムニストを経て、2007~10年12月朝日新聞社主筆。2011年9月独立系シンクタンク「日本再建イニシアティブ」設立、現在、理事長。
それでもトランプ勝利の背景はやはり経済だったと思う。
リーマンマンショックのツケが今になってようやく政治的に噴出したということだろう。一言でいうと、米社会に亀裂をもたらす深刻な格差だ。
おそらく今回の選挙で紹介されたデータのうち最も残酷だったものは、白人の非大卒の男性の平均寿命と白人の大卒の男性の平均寿命の格差だったと思う。
両者の差は、1970年には5年だった。それが1990年には12歳に拡大し、2015年には15歳へとさらに拡がっている。
「故郷を喪失した」人々
同時に、この経済的背景の下、トランプ勝利のトリガーは白人勤労階層の不安感だと思う。
つまり、Browning America、アメリカが非白人化していくことへの不安だ。
2012年に、ニューヨーク・タイムズは「非白人の新生児が、白人の新生児の数を上回った」と報じた。この年を起点に、多数派の白人が少数派に転落する予測が現実味を帯び始めた。
今回、ラストベルト(米国中西部から北東部に位置する主要産業が衰退した工業地帯)のミシガン州、オハイオ州、ウィスコンシン州、アイオワ州、ペンシルベニア州などでは、すべてトランプが勝利した。
その理由を考えるヒントが、11月1日のウォールストリート・ジャーナルの『Places Most Unsettled by Rapid Demographic Change Are Drawn to Donald Trump』という記事にあった。
この記事は、過去15年間に、どの地域(郡)で非白人がどれだけ増えたかについて郡ごとのデータを基に分析したものだ。
もともと、カリフォルニア、ニューヨーク、フロリダといった地域は、多民族化(ダイバーシティー)が徐々に進んだこともありあまり大きな変化はない。しかし、これまで白人が圧倒的多数派だった中西部の場合、過去15年で急速に非白人が増えた。
非白人が急増したこれらの郡の新規流入のうち88%がヒスパニック系だった。そして、共和党予備選で、トランプはこれらの多様性インデックスが高い郡の71%で勝利を収めた。さらに多様性インデックスが150%以上のところ(2倍半になったところ)では80%を獲得している。
ある郡の共和党支部長の言葉が同紙の記事に引用されている。
「われわれが移民を問題にすると、メディアの連中はわれわれを人種差別主義者だと罵るが、問題は、米国という国は法治国家なのか、法律があるのかないのかということではないのか。もし、それを無視するということであるならば、こんな選挙をやって何になるというのだ」
多民族社会になじんでいない地域にまで、非白人が急速に増えたことによって、「この国はどうなっているのか」「誰がこんな国にしたのか」という不満が白人の間で溜まっていった。
彼らは「故郷を喪失した」との感情を募らせていたのだ。その地域がラストベルトと重なったわけである。
移民への反感は、世界の至るところで高まっている。それはグローバル化の死角となっている。
人の移動の自由はモノ、カネ、情報の自由と違って、社会的、政治的にもっとも抵抗が強い。そこから反グローバル化が噴き出している。
「故郷の喪失」感を多くの人々、とりわけグローバル化で競争力を失いつつある人々にもたらしている。社会的、政治的に臨界点に達しつつあるのだろう。トランプであろうとなかろうと、誰かが手を差し伸べなければならないギリギリの状況に来ていたのだ。
ヒラリーの最大の失敗は、とりわけ白人の勤労層へ手を丁寧に差し伸べなかったことだ。ウィスコンシン州などは勝って当たり前で遊説にも行っていない。
今回の選挙における、クリントンの最大の失言は、「Deplorables(嘆かわしい人)」という表現だっただろう。
*9月9日のニューヨークでの演説で、ヒラリー候補は以下のように語った。
you could put half of Trump's supporters into what I call the basket of deplorables. Right? The racist, sexist, homophobic, xenophobic, Islamaphobic -- you name it.
トランプのようなポピュリズムを受け入れる人たちの半分を、“嘆かわしい人たち”と切り捨てた。この発言が彼女のキャンペーンにとって致命傷となった。
得票数ではトランプを上回りながら敗北したヒラリー・クリントン。(写真:代表撮影/UPI/アフロ)
グローバル化にブレーキ
──今回のトランプ勝利は、グローバル化の時代が終わる分水嶺になると思いますか?
グローバル化の時代云々の前に、私は「戦後がこれで終わった」という感慨を持つ。
私個人としては、ベルリンの壁の崩壊より、9・11のテロより、今回のショックの方が大きい。米国の価値体系が根本から揺らぐのではないか、という不安にかられる。米国を米国たらしめていた価値体系だ。
なかでもcivil liberties (市民的自由)が変質するのではないかとの懸念を感じる。そうなった場合、米国は憲政危機に陥る危険性がある。世界のリーダーとしての米国は大きく後退するだろうし、世界秩序は一段と不安定になるだろう。
では、グローバル化の潮流がこれを機に大きく退潮に向かうかと言えば、そんなことはないと思う。トランプの勝利は19世紀後半から始まったグローバル化を挫折させた第一次世界大戦ではない。
グローバル化がこれによって終わるとは思えない。新興国と開発途上国はこれまでのグローバル化の明らかに勝ち組だ。彼らはそれをさらに推進しようとするだろう。グローバル化によって国際的には南北の格差は縮まっている。
ただ、国内的に貧富の格差が拡がっている。グローバル化には相当、ブレーキがかかることになるのではないか。
とくに規制が厳しくなるのは移民とマイグラントの分野だろう。ブレグジットとトランプに次いで、イタリアとフランスでもそのような反移民と反グローバルかの動きが勢いを増すのではないか。
もはや反移民の言辞や感情を「ポリティカリー・インコレクト」と断罪して済ませる問題ではなくなった。何らかの新たなルールと規律が探求されることになるだろう。
また、情報のグローバル化、なかでもサイバーセキュリティーに関しても、規制が強まっていくだろう。
中国、ロシアをはじめサイバー空間を国家が管理し、国境の壁をつくろうとする動きが強まるはずだ。
今回、ロシアがヒラリーにダメージを与えようと彼女や側近のメールをハックし、それをウィキリークスで暴露したが、彼らもいずれは同じようにハックされるときが来るだろう。
いずれは中国とロシアの権力機構を狙い打ちにする新たなウィキリークスが生まれるだろう。彼らはおそらくパラノイア的なサイバー防衛に訴えるはずだ。
政治エリートの劣化
──エリートへの反発が今回の大きなテーマになりましたが、実際に、エリートは過去に比べて劣化していると感じますか。
エリートの劣化はいまに始まったことではないように思うし、ベトナム戦争もロバート・マクナマラに代表される新興のMBAエリートたちの独善と歴史に対する無知があの悲劇を生んだことはデイビッド・ハルバースタムの名作『ベスト・アンド・ブライテスト』を読めばよくわかる。
ただ、その劣化はとりわけワシントンにおいてはさらにひどくなったと感じる。
1990年代半ば、私が朝日新聞のアメリカ総局長としてワシントンに駐在していたときに、いちばんお世話になったのは、キャサリン・グラハムというワシントン・ポストの社主だった。彼女は、ワシントンの社交界の最後の女王と言われた人だ。
彼女はジョージタウンのRストリートに住んでいて、ディナー・パーティーによく呼んでくれたが、そこには必ず、民主党・共和党から3人ずつ6人の上院議員が招かれていた。
彼女がいちばん心を砕いていたのは「こういう社交はできるだけ超党派で行いたい」という点だった。民主主義の政治は熟議と妥協がカギだとの信念を彼女は持っていた。
政策論争はとことんやりあってください。でも、いったん議場を離れれば、お互いジェントルマン、またはレディーとして党の枠を超えて、同じ市民として楽しく食事と交えて談笑しましょうという姿勢だった。
彼女が亡くなってから、この超党派の伝統は途絶えたと思う。すごく党派的になった。
最近では、米国に2つの国があるかのような印象を受ける。
大統領選挙でもこのところ青(民主党)も赤(共和党)も必ず勝つ州が決まっている。そうした州がそれぞれ20州ほどある。残りの10州ほどがいわゆるスイング・ステートで、ここが勝敗の帰趨を決するようになってしまった。
ターニングポイントとなったのは、1995年に共和党のニュート・ギングリッチが下院議長になったあたりからではないか。それ以後、下院議員がとても党派的になってしまった。ケイ(グラハム)もそのことを憂えていた。
今回、エリートというかワシントンエリートの劣化の最たるものは、トランプ現象を煽り立てたメディア、なかでもCNNやCBSといったこれまで一定の敬意を得てきたテレビだったと思う。視聴率ほしさに彼を過剰露出させ、結果的に、彼をホワイトハウスに送り込むことに手を貸した。
ソーシャルメディアも事実をチェックせずに、デマやディスインフォメーションをそのまま流し、人々の判断を曇らせることになった。
この点で現在フェイスブックは批判の的になっている。彼らは事実上、世界最大のメディアであるが、それに伴う責任を果たそうとしない。
彼らのよって立つ理論は、truthiness(真実性)といったわけのわからない概念のようだ。それは〈真実である。なぜなら、あなたがそれを真実と信じていることは真実なのだから〉という考え方のようだ。
ここにはエディターシップもフィルターシップも存在しない。それでは、民主主義の根幹であるチェック・バランスが根付かない。
自分だけが信じる真実を盾に、相手を説得することも、共通の理解を得ることもできない。事実認定と真実探求、検証があってこそ、チェック・バランスは成り立つのだ。
シリコンバレーの問題点
そして、経済界のエリートも変化したと思う。
従来のウォール街の金融エリートと、シリコンバレーのITエリートは、巨万の富を手にしている点では変わらない。いずれも大学、シンクタンク、財団のスポンサーになったり、芸術・アートのパトロンになったり、市民社会の育成に大きな役割を果たしてきた。
ただ、シリコンバレーがウォール街になおかなわないと感じるのは、「Enlightend Self-interest(啓発された自己利益)」の感覚ではないか。
つまり、投資銀行を中心としたウォール街の支配階層には、米外交問題評議会(CFR)などのシンクタンクを立ち上げたり、『フォーリン・アフェアーズ』『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』のような高度に知的な雑誌を発行したり、アメリカの自由などの理念を世界に広げ、世界に恩恵を与えようという意識があった。
よりよい世界をデザインしようというビジョンと戦略への意思があったのだ。
しかし、シリコンバレーにそれを感じない。ここは、あくまでディスラプションだけを追求しているように見える。
ビル・ゲイツや、マーク・ザッカーバーグが、個人としてフィランソロピーを推進しているが、「世界の新たな制度設計」という最も難しい、政治と外交にかかわるところに参画していく意思はなお希薄だ。
私が親しくしているロバート・セーリック(元世界銀行総裁)からこんな話を聞いたことがある。
「ブッシュ政権時にUSTR(米国通商代表部)の代表を務めたとき、理解できないことが2つあった。ひとつは、ボーイングという米国でもっとも自由貿易体制の恩恵を受けている会社の労組が、自分がUSTR代表をしていたときに手がけたすべてのFTAに反対したこと。もうひとつは、シリコンバレー選出の2人の下院議員が2人ともFTA法案のすべてに反対したことだ」
つまり、シリコンバレーほど世界で稼ぎ、世界から多様な人を雇っているところはないのにもかかわらず、自由、無差別、多角的な貿易体制、法の支配、人権、つまりは、リベラル・インターナショナル・オーダーを支えることに貢献しようとしないことへの深刻な違和感である。
シリコンバレーは、勝つか負けるかのドッグイヤーの時間軸で戦っているだけに、すべてが刹那的になりがちだ。
そのスピード感と激烈な生存競争がここのエコシステムの強さにもなっているが、行き過ぎるとディスラプションオンリーでそのコストは社会に負わせる危険をはらんでいる。
今回、トランプが激しいシリコンバレー攻撃を繰り返したのは、シリコンバレーの弱肉強食の文化とそれがもたらす格差のおぞましさへの反動と反発を示していると思う。
シリコンバレーは、ピーター・ティールほか数人を除いて、全員民主党の牙城だ。
トランプ支持を公言し、献金も行ってきた投資家のピーター・ティール。政権移行チームのメンバーにもなった。
先週開かれたシリコンバレーの有力者たちのある会議は、まるでお通夜のようだった。冒頭、主催者が「1分間の黙祷をささげたいと思います(Let us observe a minute of silence)」から始まったと、その会議に出席した友人が言っていた。米国人が怖いほどエモーショナルになっている。
ちょっと話が飛んでしまったが、サイバー空間のダークテリトリーの無法と破壊活動に対してシリコンバレーがどのように手を打とうとしたのか、新しいルールをつくろうとしたのか、疑問だ。実際、大統領選挙でも、ロシアのハッキングとウィキリークスの暴露のコラボで大異変が生じた。
シリコンバレーがディスラプションにとどまらず、世界の公共財をも提供できるかどうかが問われているように思う。
──シリコンバレーのテクノロジストたちは国民国家を意識しない人たちが多いですが、今後も国民国家が不必要な存在になることはない、ということでしょうか。
今回の選挙で見えてきたものは何か。勤労階層の感情マグマは、「自分たちは守られていない」「誰も自分たちのことを代表してくれていない」という2つの疎外感に行き着く。
恵まれない層の国民を最後に守ってくれるのは国民国家しかない。競争力がなくなった、生産性が低い、人生のある段階で挫折し、転落した国民も、不良債権なのではない。人減らしや早期退職の肩たたきの対象ではない。政府はこうした国民を忘れてはならないし、手を差し伸べなければならない。
そうしたセーフティネットは形の上ではあるはずなのに、それによって「守られている」と感じない勤労階層が増えているのだ。
米中関係はどうなる?
──トランプ政権でTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)はどうなるでしょうか。成立が難しい場合、それは世界秩序にどのような影響を与えるでしょうか。
トランプ政権では、TPPの成立はムリだと思う。
戦後、1948年にGATT(関税貿易一般協定)が発足し、ディロンラウンド、ケネディラウンド、東京ラウンド、ウルグアイラウンドと多角的な自由貿易交渉が連綿と続いたが、ドーハラウンドでつまずいた。
ドーハラウンド崩壊後、地域版の多角的自由貿易交渉として、TPPが出てきたが、これも成立しないとなると、結局、各地域の大国がその地域の経済秩序を作っていく機運が出てくるだろう。
欧州は、難民、移民、ユーロの問題を抱えている。今後、EU自体は持続するだろうが、結局、ユーロは崩壊に向かうのではないか。
アジアの場合は、このままだと中国を頂点とする「朝貢貿易型のアジアモンロー主義」的な地域秩序に向かっていく可能性がある。
トランプ次期大統領は選挙中、中国製品に45%の関税をかけると主張したが、中国はそんなことをすればより深く傷つくのは米国の方で、実現できないとたかをくくっているフシがある。
トランプも鉄鋼の対米ソーシャルダンピング的輸出への制裁ぐらいはするだろうが、米中貿易全面戦争は望まないはずだ。
むしろ、それよりトランプの対外観や同盟観の方が問題だ。中国は、トランプの米国が世界から撤退するかどうか、その一点を凝視しているだろう。
トランプのTPP反対も、同盟へのすげない態度も、内政重視姿勢も、米国のアジア太平洋からの撤退の兆しと受け止めているのではないか。
おそらくどこかの段階で、中国はトランプのアジア太平洋関与への真剣度をテストしてくるのではないか。ちょうどフルシチョフが、ケネディが大統領になったばかりのところでキューバ問題でテストしたように。
もし、そうなった場合、トランプが引きこもってしまうリスクもあるが、むしろ過剰反応するリスクの方が大きいかもしれない。
沖縄基地問題への意味合い
──TPPを取りやめることで、米国はアジア太平洋から経済的には退却したとして、防衛面でも同様に引くのでしょうか?
一気に全面撤退に向かうとは思わない。
トランプは選挙中に「日本が核を持つのは悪いことではない」「駐留米軍のコストを日本がすべて負担すべき」といった発言をしているが、アメリカの同盟システムがいかにアメリカにとってプラスかをそのうちわかってくるだろう。
アメリカにあって、中国とロシアにないもの。それは世界に張り巡らせた同盟システムだ。
世界70カ所に基地とアクセス拠点があるからこそ、アメリカは植民地を持つことも、帝国となることもなく「愛想のいいスーパーパワー」の道を歩むことができた(もちろん、愛想がいいときばかりではなかったが)。
これはものすごい資産なのだ。こんな資産は二度と創れない。
その同盟の中でもいちばん重要なのが日米同盟だ。ユーラシアにへばりついたところに位置する、しかも、米国を正面から脅かす可能性のある中国の太平洋への出口を押さえる地政学的条件を持つ日本は戦略的価値がきわめて高い。
現時点では、トランプがマイケル・フリン元国防情報局長を大統領補佐官(国家安全保障担当)に打診した段階で、誰が国防長官になるかも決まっていない。したがって、日米同盟の戦略的価値について新政権がどういう捉え方をするのか、今の段階では確かなことはいえない。
しかし、トランプ政権の前から、新たな国際政治的状況の中で、日本の戦略的位置が徐々に変質しつつある側面は見ておく必要がある。
中国の中距離弾道ミサイルである東風(DF)21は、陸から1500km離れた海にいる空母を攻撃することができると推測されているので、米軍はその射程圏内より中には入りにくくなってしまう。
つまり、嘉手納にしても、横須賀にしても、すべて中国のミサイルの射程距離内に入ってしまうおそれがある。
中国が2015年9月の抗日戦争勝利70周年記念式典で公開した「東風21」。空母キラーとも言われる。(写真:Imaginechina/アフロ)
これはあくまで想像だが、トランプ政権では、沖縄の普天間基地移設に関してこれまでの外交・安保支配層の議論とは異なるものが出てくる可能性があるのではないか。
具体的には、「辺野古移設しかない」の超党派的合意から、「海兵隊をグアムに下げる選択肢をもっと探求しよう」という代案が出てくる可能性だ。そうなれば、普天間基地の辺野古移転路線は根本的に見直しを迫られる。
つまり、沖縄の海兵隊をもっと沖縄からグアムにまで下げ、いざというときにはグアムから沖縄に“出張”するという形に変えるということだ。第一列島線の中に米軍の戦闘部隊をできるだけ少なくし、新たな対中抑止力を形成しようとする戦略的分散の一環でもある。
他国に先駆けてトランプ次期大統領と会談を行った安倍晋三首相。日米同盟の重要性を確認した。(写真:AP/アフロ)
──日本としては、必死にロビイングして、グアム退却のシナリオを防ぐべきですか。それとも、「いつか来るシナリオ」として今から対処すべきですか。
今、この段階で、結論を急ぐ話ではない。
そのような動きに出れば、「辺野古移設」を進めようとしている安倍政権には打撃になるから、トランプ政権も真正面から出すことはないだろうし、そのやり方次第では、「米国のアジア退却」と受けとられ、すさまじい動揺を日本とアジアの同盟国に与える。中国や北朝鮮に間違ったシグナルを与えかねない。
中国は、それを「米国との暗黙の合意」、つまり米中の「新式の大国関係」のようなメッセージに翻案し、一気に太平洋における米中「勢力圏」形成へと動く可能性もある。
ただ、トランプ政権が、「米国第一」と「同盟国の負担増大」を象徴的に示すために米海兵隊をさらにグアムに引き揚げる可能性が皆無とはいえない。現時点では、少しスペキュラティブ(推測的)の域を出ない話だが、これも頭の片隅に入れておくべきだろう。
(写真:福田俊介)