ATNIの最新調査結果が公表に、東南アジアの離乳食がヤバイ?

2023年12月26日
全体に公開

12月13日、栄養へのアクセスイニシアティブ(Access To Nutrition Initiative;ATNI)は、東南アジア7か国の離乳食市場に関する興味深いレポートを公開しました。今回は、離乳食に関するお話です。

補完栄養食(Complementary Food)、すなわち離乳食は、生後6ヶ月から3歳未満の乳幼児が健康的に成長するために必要な、母乳や乳児用調製粉乳を補う食品を指します。母乳から離乳食への適切な移行は、その後の乳幼児の健全な成長に重要な影響を与えます。

適切なタイミングでの食事の摂取や、母乳または調整乳から固形食への正しい移行は、その後の健康とウェルビーイングの基盤を形成します。この栄養の過渡期は、子供の腸内細菌の定着や食物の嗜好にも影響を及ぼします。

WHOの補完栄養の定義 補完栄養は、母乳または粉ミルクだけでは栄養要件を満たすのに十分でなくなった場合に、ミルクに加えて食品を提供するプロセスとして定義され、通常、生後6か月で始まり、生後23か月まで続きます。
この時期は、子供たちが健康的な食べ物や飲み物を受け入れ、長期的な食事パターンを確立することを学ぶことが重要な発達期です。また、成長の停滞や栄養不足のリスクのピーク時期とも重なります。
WHOのホームページより引用。 Google 和訳 https://www.who.int/publications/i/item/9789240081864

この栄養のリスクに対する離乳食提供企業の真摯な対応が、どうやらとても“あやしい”ということを今回の報告書は警告しています。

東南アジアの主要都市は巨大化の一途をたどっており、女性の進出とともに離乳食市場の急拡大をもたらしている。  ホーチミン市庁舎前からの風景 筆者撮影

日本においても昔は、親は自分たちが食べているものを口移しで赤ちゃんに与えていました。私も母からこの話をよく聞きました。赤ちゃんは産道を通る際に母親の細菌を受け継ぎ、その後は両親の口腔や消化管の細菌叢も日常のコミュニケーションを通じて受け取ると言われています。これが赤ちゃんにとって良いのか悪いのかは定かではありませんが、人類がこれまで続いてきたのであれば、何らかの意味はあるのでしょう。家族と長年同じ空間で生活する以上、子供がこれを避けることは不可能です。

離乳期は、衛生と栄養の両方のリスクを抱えます。サハラ以南のアフリカなどの発展途上国では、離乳食に起因する食中毒や下痢により、多くの子供が栄養不良に陥ったり、最悪の場合命を落としています。離乳食の適切な調整には、安全性の知識と多大な時間と手間が必要です。そのため、安全で利便性の高い工業化されたパッケージの離乳食への移行は理解できます。

東南アジアではパッケージ化された離乳食市場が急成長しています。これは食品衛生の観点から歓迎すべきですが、栄養リスクへの正しい対応も赤ちゃんの将来にとっては重要です。

生後1000日の栄養は、脳と体の発育に決定的な影響を与えると言われています。通常食への移行までの期間は、発育の阻害を防ぎ、最適な成長、健康、行動の発達を促進するための重要な時期です。補完食品や飲料、摂食パターンは、後年の非感染性疾患への感受性に影響を与えることが研究により明らかになっています。

スーパーには、離乳食のパッケージフードが散乱し、何を選んでよいか困惑する場面も多いかもしれない。  ホーチミン市内のスーパーにて筆者撮影

本題に入る前に、今回の報告書で中心的な役割を果たしている、離乳食の健全化に向けて東南アジアで組織されたCOMMITというコンソーシアムについて紹介します。

近代化と都市化が進む今日の世界では、従来の食生活は、塩分、砂糖、不健康な脂肪を多く含み、必須栄養素が少ない加工食品にシフトしています。幼児の食事も例外ではありません。ますます多くの親が、授乳のたびに家庭料理を準備する時間が限られています。
これに対応して、食品業界は、生後6か月から3歳までの幼児に適したパッケージ、すぐに食べられる、またはインスタント食品や飲料製品を迅速に開発し、販売しています。その結果、商業的に生産された補完食品の売上は、過去5年間で45%増加しました。
UNICEF COMMITのホームページより引用  Google 和訳

COMMITは、ユニセフ東アジア太平洋地域事務所が主導する、東南アジアにおける商業的に生産された補完食品の使用、品質、規制をよりよく理解するために設立されたコンソーシアムです。パートナーはATNIの他、ヘレン・ケラー・インターナショナル、JBコンサルタンシー、英国リーズ大学食品科学部、国連世界食糧計画(WFP)アジア太平洋地域事務所などがあります。彼らの活動は大きく4つです。

COMMIT アクティビティ 1 生後6ヶ月から23ヶ月の子供の食事における包括的な栄養ギャップ評価。
COMMIT アクティビティ 2 年長の乳幼児への商業的補完食品の提供とその購入に影響を与える要因に関する消費者の視点調査。
COMMIT アクティビティ 3 これらの製品の栄養成分と表示慣行に関連する現在の国内法的措置の評価、および関連する国際ガイダンスとの整合性。
COMMIT アクティビティ 4 商業的に生産された補完食品の栄養組成と表示慣行を、これらの製品用に特別に設計されたWHO Europe栄養プロファイルモデル(2019年版)の適応バージョンに対するベンチマーク    
UNICEF COMMITホームページより引用 Google和訳

COMMITが実施した報告書(サマリーレポート及び、原著論文公開)は、東南アジアの離乳食環境の現状は下記のような危機的な状況であると警告します。

東南アジアの知見 

1.年長の乳幼児の食事には、成長と発達を適切に促進するのに十分な微量栄養素の含有量が不足しています。 
2 . 母親は、市販の離乳食製品の栄養成分を意識し、ラベルの情報や主張に影響されます。 
3.    東南アジアでは、商業的に生産された離乳食製品の規制環境には重大なギャップがあります。
4.   現在市場に出回っている商業的に生産された離乳食製品の多くは、栄養価が低く、消費者を誤解させる可能性のある表示慣行を使用しています。

特に、調査対象となった全製品の半数近くには砂糖や甘味料が添加されており、3分の1以上が推奨量よりも多くのナトリウムを含んでおり、90%近くの製品には、製品の組成に関する表示が記載されており、誤解を招く恐れや欺瞞的な内容が記載されていました
UNICEF COMMITホームページより引用  Google 和訳

ATNIによる東南アジア7ヵ国の離乳食製品に関する調査報告

ATNIのこの調査は、東南アジア7ヵ国(カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナム)の離乳食製品(3歳未満の乳幼児向けの母乳補完食品)に関するもので、各国の現状をそそれぞれ数十ページにわたり詳細に報告しています。

この調査では、上記の国々で販売されている離乳食製品の栄養価とマーケティング戦略が対象となっています。このプロジェクトは、COMMITの研究活動の一部として実施されたものです。ATNIとしての調査目的は、WHO欧州地域事務局が開発した最新版の離乳食製品の栄養プロファイルモデルが、食品および飲料会社による離乳食製品の開発、販売、啓発活動にどのような影響を与えるかを把握することのようです。

食品・飲料会社の役割 国連児童基金東アジア太平洋地域事務所(ユニセフEAPRO)が指摘した懸念は、塩分、砂糖、不健康な脂肪を多く含み、必須栄養素が少ない加工食品がこの地域でますます販売され、消費されていることです。

したがって、フードシステムレベルでは、栄養価が高く安全な離乳食の生産を奨励し、子供に対する不健康な食品や飲料のマーケティングと表示を規制することが重要な行動ポイントです。 離乳食製品を販売する食品・飲料会社は、補完食の状態を改善し、東南アジアの年長の乳幼児の栄養と健康を向上させることができる食環境を創出する最前線に立っています。
ATNIホームページより引用  Google和訳

ATNIの調査結果の概要は下記の表にまとめてみました。

ATNI超結果の概要   ATNIホームページ情報のまとめ (筆者作成)

結果1:栄養学的要件の充足について

•  7ヵ国で販売されている離乳食製品の多くは、WHOが推奨する離乳食に適合するNPMのすべての要件を満たしていませんでした。

•  113社中15社の製品は離乳食の必要な栄養素組成要件を全て満たしましたが、42社の製品は要件を満たしていませんでした。残りの企業は、少なくとも1つの製品が要件を満たしていました。

•  企業製品の約95%が脂肪の要件を十分に満たしていました。

•  企業製品の約63%がナトリウムの閾値を満たしていました。

•   砂糖/甘味料を加えていない」製品は56%以下でした。

結果2:ラベリング要件の充足について

•  すべてのラベリング要件に合格した企業は存在しませんでした。

•  クレームに関するラベリング要件を満たす企業はわずか1%でした。

•  母乳育児の重要性に関するラベリング要件を満たした企業は約17%でした。

•  成分表示要件を完全に満たした企業は46.5%でした。

結論:離乳食を販売する企業への主な推奨

•  企業は離乳食製品の栄養成分と適切な表示を検討し、3歳未満の乳幼児に適した宣伝を行う必要があります。

•  菓子類、スイートスプレッド、フルーツチュー、ジュース、砂糖や甘味料を添加した牛乳を含む製品の製造や販売を控えるべきです。

•  企業製品の糖分とナトリウム含有量を減らし、これらの製品への砂糖や甘味料の使用を排除する必要があります。

•  企業はラベリング基準を完全に満たすべきで、母乳育児を保護し、離乳食の年齢に適した安全な使用を指示するメッセージを確保する必要があります。

•  製品ラベルには、成分表に関する完全な情報を含める必要がありますが、許可された成分表示以外の表示は避けるべきです。 ATNIは、離乳食製品のラベリングが全市場で一貫したベストプラクティスを確保することを企業に求めています。

•  カンボジア、インドネシア、ラオス、フィリピン、ベトナムの一部製品ラベルには言語の問題がありました。企業は、消費者の現地語で情報を提供し、製品の適切な使用を確保するための措置が求められています。

東南アジアの都市部スーパーにはBaby Foodコーナーも珍しくはなくなった。 ホーチミン市内のスーパーにて筆者撮影

離乳食製品に関する国際規格とガイドラインの背景

COMMITによる国際基準とガイドラインの作成の動き

2023年11月、COMMITは「東南アジアにおける商業的に生産された補完食品の組成と表示の改善のための国際基準とガイドラインの大要」を作成しました。この大要は、補完食品の規制に必要な法的拘束力のある措置を提案しており、必須栄養素組成、生産、表示慣行の要件が明示されています。コーデックス、世界保健機関、および欧州連合委員会の基準とガイドラインに基づいており、東南アジア特有の要件に対処するための追加の推奨事項も含まれています。

離乳食品の栄養プロファイリングモデルの国際動向

幼児のための最適な摂食習慣と健康的な食事を保護および促進するために、WHO は幼児および幼児のための食品の不適切な宣伝をやめるためのガイダンスを作成しました。

そ本格的な潮流は2016年の世界保健総会 (WHA) 決議 69.9 に始まります。WHAは企業による推奨事項の順守を含め、ガイダンスの推奨事項の実施を求めたのです。そして、その

WHO ガイダンスの勧告では、「どの食品が宣伝に不適切であるかを決定するために、栄養素プロファイル モデルを開発し、利用する必要がある」と奨励しました。

そして、その後、2019 年、WHO の欧州地域事務局は、商業生産された離乳食品(補完食品 :CPCF) に関する WHO NPM 草案を発表しました。これは 生後6か月から3歳までの古いIYC向けに販売されているCPCF にとって最初の NPM となりました。

WHOヨーロッパNPM草案はヨーロッパ地域の国々だけでなく、東南アジアでも、カンボジア、インドネシア、フィリピンでもヘレン・ケラー・インターナショナルの子どもの摂食に関する評価と研究(ARCH)によってテストされたあと、リーズ大学とWHOヨーロッパによって作成された栄養成分とラベル表示要件の最新情報を組み込んで、2022年、離乳食品に適応された WHO Euro NPM が完成しました。

そして、COMMITはこの離乳食用NPMを採用し、ATNIが製品の栄養価及びその表示についての現状を調査に乗り出したのです。

離乳食品における表示問題は解決するのか

今回のATNI調査においても母親が誤解することなく、栄養価に配慮された製品を手に取るための製品パッケージの表示要件のすべてをクリアするものは存在していませんでした。これは驚くべき事実かもしれません。ただし、WHOなどの国際機関が求める要件は、減塩の要件のように、実社会において到底無理な目標値を置くことがよくあります。ただ、企業は、乳幼児に関する製品についてはより厳格な対応をする義務があると思いますが、通常の栄養プロファイリングにもとづく議論と同じく、今後も当分は議論がつつくと予想されます。

ちなみに、乳児および幼児向けの食品の不適切な宣伝の停止に関する WHO のガイダンスによれば、離乳食の製品ラベルに含めるべき重要なメッセージ推奨としては下記だそうです。

WHOガイダンスに基づく離乳食製品ラベルの推奨事項
・最長2年間、あるいはそれを超えて母乳育児を続けることの重要性。 
・生後6か月までは補完食を導入しないことの重要性。 
・食品の適切な導入年齢(生後6か月以上)を設定することの重要性。


WHOガイダンスに基づく離乳食製品ラベルで避けるべき事項 
・6か月未満の子供に適していると示唆する画像やテキスト(マイルストーン/ステージ含む)を含めること。
・母乳育児を弱体化させる、または妨げること。 
・母乳との比較をすること。 
・母乳との同等性または優位性を示唆すること。 
・哺乳瓶による授乳を推奨または促進すること。
・規制当局による特別な承認がない限り、製品への支持を伝えること
WHOホームページより意訳
離乳期の栄養に果たす企業の責任はとても大きい    UnsplashのJonathan Borbaが撮影

東南アジアの7カ国では、離乳食の市場が急成長しています。過去5年間で、この市場は約45%増加し、2022年の小売売上は2017年の約500万米ドルから750万米ドルを超える規模に拡大しました(約150%の成長)。中でもインドネシアは最大の市場を有し、ベトナムがそれに続いています。

この市場の拡大に伴い、営利主義が子供の健康に及ぼす影響について、市民社会の監視の目はより厳しくなっています。ATNIはこれまでも、食品・飲料企業の栄養改善に関する活動の透明性を高め、良い行動を促すベンチマークを提供してきました。

彼らの評価の基軸は栄養プロファイリングに基づく健康な製品提供の自律的仕組みに焦点を当てていました。しかし、食品を通した栄養改善、健康増進の市場は、B2B事業を介するものや、B2C事業おいても離乳食や高齢者用食品、健康食品などは独自のルールや規制のもとビジネスが成り立っているので、食品市場の包括的評価という視点では限界がありました。今回、東南アジア地域に限定し、生後6か月から3歳未満の離乳食の製品の評価が実施されたことは今後の新たな展開を予見しているように思えます。

生後1000日は、人生で最も重要な栄養期間とされています。この期間において、赤ちゃんだけでなく母親の栄養も重要です。しかし、この栄養期間が商業的マーケティングによって操作されている可能性があるとすれば、それは大きな問題です。ATNIの最新の調査報告には、このような懸念が浮き彫りにされています。

企業は、従業員とその家族、そしてサプライチェーンを支えながら成長する責任を担っていますが、同時に利益志向を持つことが当然です。しかし、特に乳幼児の健康と幸福に大きく影響する時期の食品に関しては、国際機関や行政当局がより積極的に介入し、中立的な立場を保つべきです。

ATNIは過去にもGlobal Indexを開発する前にはこのような地域版インデックス評価を実施してきた経緯もあります。本取り組みの発展版としてグローバルインデックスへの拡大することを願います。製品提供企業だけでなく広く一般の生活者にも広く現状を認識する機会を提供することを通じた啓発(食育)により、企業の行動変容を促していくことが最も大切な気がします。

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