英Economist誌:アメリカの薬価政策に懸念を示す

2023年9月6日
全体に公開

先週、米国政府は、インフレ抑制法に基づいて価格交渉を行う10の医薬品を公表しました。これらの薬価政策について、英Economist誌が批判的に報じています。

米国の医薬品は確かに高い

米国の医薬品は確かに高いです。下図を見ていただくと分かるとおり、日本等の先進国と比べて、先発医薬品の価格が3倍近く高くなっています。

RAND

インフレ抑制法で薬価交渉が可能に

公的医療保険制度であるメディケアにおいて、政府はこれまで製造販売企業と価格交渉をすることを、法的に禁止されていました。したがって、高止まりした医薬品価格を下げる手段を、実質的に持ち合わせていなかったのです。

こうしたなか、昨年、バイデン政権でインフレ抑制法が成立したことで、初めて米政府は製薬企業と価格交渉することができるようになりました。先週、その価格交渉の対象となる医薬品が下図のとおり発表されています。これら10製品で処方医薬品総額の20%に上るとのことです。

CMS

価格交渉は必要でも、やり過ぎには弊害も

Economist誌の主張は、

  • これまで交渉できなかったことの方が変であり、対策を講じるのは理解できるが、
  • 極端から極端に走りすぎている嫌いがあり、
  • 逆に弊害の方が大きくなるのではないか

と危惧するものです。

背景には、交渉環境が政府に有利になり過ぎていることが挙げられます。例えば、交渉に応じなかった場合には、ペネルティーとして、売上の65−95%に上る消費税を支払うか、米国の公的プログラムから全ての医薬品を撤収するかの選択を迫られることになります。

同誌は、これでは実質、交渉ではなくて通告ではないかと断じています。

こうした交渉が行われる結果として、

  • イノベーションを阻害して、新薬の開発が滞る可能性
  • 価格交渉の対象となりにくい医薬品へ開発がシフトする可能性
  • 価格交渉の対象となる前に売上を上げるため、十分な対象者を確保できるまで上市を遅らせる可能性(現在は、希少疾病等を対象に上市してから、徐々に対象者を拡大していくことも多い)

など、結果的に国民・患者が不利益を被る可能性が指摘されています。

医療制度の持続性と、イノベーションの推進をどう両立するか

医療制度の持続性はどこの国でも主要な懸念事項の一つとなっており、様々な手段が講じられています。今回の施策で、米政府は2031年までに960億ドルの公費を節約できると見込んでいるようです。

一方で、多くの国はイノベーションや技術的発展の重要性も認識しており、それらのバランスをとることに苦慮しています。各施策について、正負にどのような影響がみられたのか、きちんと検証していくことが大切になってきます。

参考文献

Andrew W. Mulcahy, Christopher Whaley, Mahlet G. Tebeka, Daniel Schwam, Nathaniel Edenfield, Alejandro U. Becerra-Ornelas. 2021. “International Prescription Drug Price Comparisons.” RAND Corporation.

“Medicare Drug Price Negotiation Program: Selected Drugs for Initial Price Applicability Year 2026.” n.d. 

The. 2023a. “America’s Plan to Cut Drug Prices Comes with Unpleasant Side-Effects.” The Economist, August 29, 2023. 

———. 2023b. “America’s New Drug-Pricing Rules Have Perverse Consequences.” The Economist, August 30, 2023. 

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