商品の魅力を一言で伝え、時には売上も左右する「ネーミング」考察
バターが主原料なのにマーガリンのようにソフトで塗りやすい明治スプレッタブルのパッケージが刷新されることをプレスリリースで知った。利用者から「パッケージを見ても、どのような商品かわからない」という声が寄せられたため、製品の特長である原材料を伝達する表現にしたそうだ。
商品名のスプレッタブルは、パンなどの塗り物を表すスプレッド(spread)と食卓を意味するテーブル(table)を組み合わあせた造語で、スルッと塗れる伸びの良さを想起させる。この商品名よりも大きく表示された「味わい」を伝えるサブタイトルがわかりにくかったために説明的な表現(原材料の伝達)に変更したということになる。
わたしは、この手書き風の文字や口語的な言い回しはクリーミーなバターの優しいイメージや朝食風景に相応しく商品の魅力を伝える効果があると感じた。なので、それをやめるのはもったいないと思ってしまった。
だが、こってりしたバターに「さわやかな香り」をイメージするのは確かに難しいなとも思った(発酵バターを配合し爽やかな酸味があるそう)。同時に、消費者に伝えたい商品価値を簡潔な言葉や文章で表す仕事の大変さも想像した。
「商品名」の重要性 ~ ネーミングで売れることも
以前、ロゴデザインに込められた創業者の思いや意味について書かせていただいた。記事の冒頭に挙げたOpenAIは、ロゴマーク以前に企業名もパーパスを表している。
「商品名」も企業から消費者に向けたメッセージボードになる。良い商品を作ってもその「存在や価値」が伝わらなければ失敗に終わってしまう。逆にネーミングの良さで商品の売上が伸びることもある。また、ネットが商品コミュニケーションの主戦場になっている今、メディアが話題にすることも重要になっている。そこにはキャッチーさも求められる。
実際にネーミングが売上に貢献したケースがある。既にご存知の事例かと思われるが、ネーミング効果をわたしなりに類型化してみたのでご紹介する。
① マイナスイメージをプラスに変換
新潟県のフルーツトマト専門農家「曽我農園」は、2021年に「闇落ちとまと」のネーミングで見た目が悪い規格外品のリベンジを果たしている。トマトを甘くするために水を控えると起きてしまう尻腐れという生理現象によるおどろおどろしい見た目を映画スター・ウォーズのキャラクターになぞらえて「闇落ち」と形容したそう。名前一つで見事なイメチェンである。メディアやSNSで話題になったこと商品として販売されるようになっただけではなく、正規品よりも価格を高く設定していると知って驚いた。数は多くはない規格外品を希少価値のある商品に昇華させるとは、改めてこの名前の威力を感じる。
美味しいが高カロリーという悪魔の誘惑から命名された「悪魔のおにぎり」も近いものがある。南極地域観測隊の調理隊員だった渡貫淳子さんが、南極隊員の夜食用に天ぷらうどんの残りの天かすを再利用して作ったおにぎりが起源で、隊員が付けたこの的を射た愛称が一般にも浸透しブームになった。2018年にはローソンがやみつき注意!!のキャッチコピーを掲げて発売し大ヒット商品になっている。
↑ 練乳がたっぷり入ったコーヒーは間違いなく「悪魔的」だ。
② 名称変更で「ライフスタイル商品」に昇格
アサヒ飲料は、2014年に市場に投入して不発に終わってしまった「富士山のパナジウム天然水ホット」を2022年に「おいしい水天然水 白湯」と名前を変え復活させ、成功を収めている。中身は同じだそう。その上、冷たくして売られる通常品を温かくしただけである。ネーミングとパッケージデザインの勝利と言えそうだ。天然水ホットと「白湯」では受ける印象が異なる。英語のHot waterには情緒がないが、白湯の漢字や音の響きには優しさや温もりがある。ほっこりとしたロゴやイラストの表現も相まって健やかな(&お洒落な)ライフスタイルをイメージさせる。
近年の健康志向で白湯人口が増えたこともヒット要因なので、時流を捉えたネーミングでもある。この「時流を捉える」ということも重要だ。環境意識や倫理観の高まりを背景に10年ほど前から人工ダイヤモンドはエシカルダイヤモンドに、合成皮革や植物由来の代替皮革はヴィーガンレザーと称されるようになった。フェイク◯◯だったものをエシカル◯◯と呼ぶことに抵抗を覚える人もいるだろうが、時代でモノの価値の受け取り方が変わったことを示している。アサヒ飲料の「白湯」のケースは過去に葬り去られた商品を蘇らせるお手本になるのではないか。メーカーさんの引き出しの中には復活の可能性がある商品が潜んでいるのかもしれない。
③ 売り手から買い手に視点をスイッチ
商品名変更の成功例として多くのメディアに採り上げられている靴下の岡本の「靴下サプリ まるでこたつソックス」。説明するのもいまさらだが、2013年に「三陰交をあたためるソックス」の名称で発売されたが販売数が伸びず、2015年に「ココロとカラダを健康で美しい状態に導いていく」をコンセプトに商品名とパッケージデザインを大幅に変更し、売上を17倍以上増加させた冷え対策靴下である。
三陰交がどこにあるのかわからないという根本的な問題もありそうだが、この商品、東レ・東洋紡との共同開発による特殊保温・発熱素材を使用し明治国際医療大学の協力を得て実現した本格的な高機能商品であるが故に、医薬品のようなネーミングとデザインにしたのではないかと推察する。
三陰交をあたためる~は、商品の機能/効能を示す表現で「企業視点」だ。一方、まるでこたつ~は商品から受け取る印象や感想で「ユーザー視点」である。主に家で履く靴下には親近感が湧く後者が良かったのだろう。ユニクロのヒートテックをはじめ、機能訴求のネーミングの競合商品も多数あることからこの視点の切り替えはより一層効果的だったと思われる。
マーケティングの思考に4P分析(1960年~)と4C分析(1993年~)がある。前者が企業視点で後者がユーザー視点で、顧客中心が唱えられる近年は後者が重視される傾向にある。商品名を考えるにあたってもどちら側に視点を置いているのか意識することは大切だ。もちろん売り手視点の方が良い場合もある。
2002年に発売された「明治おいしい牛乳」の斬新な商品名もユーザー(買い手)視点である。牛乳嫌いの理由の乳臭さや後味のべたつきの原因である加熱殺菌時の酸化を抑制し、搾りたての生乳のような自然の風味を実現させたことでこの名前にしたそう。牛乳が苦手の人も「おいしい」と感じられる商品にしたからだ。牛乳が差別化の難しいコモデティだったことや、当時はまだ買い手視点の言い回しの商品名がレアだったこともあり、ここまでストレートなネーミングの訴求効果は絶大だった(発売初年度で220億円のセールスを記録したそう)。
↑ 佐藤卓氏によるパッケージデザインも差別化に貢献。楷書体のようなフォントを採用したことも今改めて見ると斬新。
耐久消費財はワンワードで商品特性をアピール
これまで採り上げた例は食品や靴下などの日用品だった。日用品は生活感を伴うのでフレンドリーな名前が相応しいが、家電などの耐久消費財となると勝手が違ってくる。精密機器などは特に商品の価格や存在感に見合ったクールさが要求される。
改めて意識して見ると「ワンワード」での表現が多い印象を受ける。商標登録の必要性から企業名+○○のパターンも多いが、それも含めてこの傾向にあると感じた(日用品でもサントリーBOSSのような特例はあるが…)。
商品ブランドとして定着しているメジャーどころをタイプ別に分けて挙げると、
【特徴的な形態を表現】(名は体を表す)
Microsoft Surface
限りなく「表面」に近付けた板状のデジタルデバイス。
Nintendo Switch
「切り替え可能な形態」で3つのプレイモードに対応、ゲームスタイルを転換させる意味も込めたダブルミーニング。
【アピールすべき製品特性を表現】
G-SHOCK
耐衝撃構造、「G」はGravity(重力)の頭文字。
ゴジラなどもそうだが、濁音のGで始まるといかついものを想起する。
Apple Vision Pro
Vision=「視界」に商品価値があることを示すネーミング。
【製品の動作/ユーザーの行為を表現】
Roomba
使用時の動きを伝統的なダンスに喩え形容。Roomと掛けたスペル。
Oculus Quest(現Meta Quest)
Oculusはラテン語で「目」を意味する言葉、Questは英語で探求を意味し、VRヘッドセットでの新体験を窺わせる。
プロダクトではなくサービスだが、今は亡きTwitterもこのタイプである。たわいのないお喋りを小鳥のさえずりに喩えた名称で、今でもX(旧Twitter)と呼ばれるのはこの名前がしっくり来ていたことを証明している。
【込められた想い、目指す方向性を表現】
iMac、iPod、iPhone、iPad
Internetに加え、Individual(個人)、Instruct(指導する)、Inform(知らせる)、Inspire(刺激する)の意味をiの文字に込めた。近年はインターネットが一般的になったためか「i」で始まる新製品はない。
Amazon Alexa
発音の認識精度に加え、最古の学術の殿堂と言われ知の宝庫であるアレクサンドリア図書館を連想させることから命名したそう。
などなど…
個人的に秀逸だと感じるネーミングは、ソニーの「PlayStation」だ。業務のためのコンピュータ機器を総称するWork stationのもじりで、それと対比させ「遊び」のための高性能ツールの意味で考案された造語である。最近はこうしたウィットに富むネーミングがあまり見掛けないので残念に思う。AI時代の次世代機器にどんな名が付けられるのか今後を楽しみにしたい。
顧客コミュニケーションの重要な役割を果たすネーミング
繰り返しになるが、良い商品を作ってもその「存在や価値」が伝わらなければ失敗に終わってしまう。それを人々に知ってもらうにはコミュニケーションが大切であり、その一端を担うのが商品名である。一端を担うどころか、こうして改めて観察してみると重要な役割を果たしていることがわかる。
商品名ではなくグループ名だが、紅白歌合戦にも連続出場を果たす7人組のダンス&ボーカルユニット「BE:FIRST」の名前にわたしは感動している。プロデュースしたSKY-HI氏が名付け親で「てっぺんを取れ」という想いが込められている。彼ら自身も応援するファンの人たちも共有できるところが素晴らしいと感じた。目標を表している点も良い。今の時代感に相応しい名前だと思う。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。(o^∇^)ノ
(トップ画像は、「てがきですのβ」のイラストを組み合わせて作成いたしました)
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