「当たり前」は一瞬で崩れ去ってしまう
2024年を迎えました。
今年も経済安保や地政学リスクが持つ、ビジネスへの意味や影響について私なりに考え、発信していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
2024年は米国、韓国、台湾、インドなどで選挙が相次ぐ選挙イヤーであり(おそらく日本も)地政学的変化が生まれる年となりそうです。
「生きてるだけで丸儲け」。
年頭に友人が送ってくれた言葉です。
彼はプロ野球や芸能界に深い人脈を持っていて地政学や危機管理が専門ではありませんが、能登半島地震や羽田空港での衝突炎上事故で明けた年をとらえて、激動の時代の本質を彼らしく表現してみせたもので、思わず膝を打ちたくなりました。
大地震は一瞬にして「当たり前」だった暮らしや世界を一変させてしまいます。羽田空港での痛ましい事故も「当たり前」の空の旅、楽しい帰省が一瞬にして死を予感させる灼熱の世界に変えてしまいました。まさに「生きていることだけでも感謝」、「生きているだけで丸儲け」です。それはガザ地区やウクライナでの惨状など、世界に目を転じても同じことがいえます。
何が言いたいかというと、いかに私たち日本は平穏無事に恵まれた豊かな生活を送っているか、そしてそれを安穏と当然視するべきではない、ということです。こんなにモノが溢れて清潔で豊かで、平和(能天気)な国は世界にありません。
同時に、そうした「当たり前」と思っている平穏無事な暮らしは何かの拍子に一瞬で崩れ去ってしまう脆さがあることも知るべきです。
安全が保障されて初めて安心につながり、日々の「当たり前」の旅行や暮らしや事業が成り立っていることを、こうした事件が起きるたびに痛感させられます。逆にいえば、こうした衝撃的な事件が起きないと人はなかなか安全が保障されながら私たちのあらゆる暮らし、経済活動、人生が送れていることを忘れがちです。
だからこそ地政学的変動の年となる2024年は安全保障というものが、これまで以上に意識され、安全保障や経済安全保障の重要性が高まっていくことになると私は見ています。
繰り返しになりますが、安全保障がしっかりと安全で自由かつルールに基づく貿易や経済活動ができる環境を整えてくれています。そのうえで、さらに私たちの事業の持続可能性や確実性、成長性、予見可能性を左右する経済安保リスク、地政学リスクをマネージする基盤があります。
安全保障という最下層の基盤のうえに、経済安保という基盤があるイメージでしょうか。す。
最下層の安全保障の基盤でのメインプレイヤーは政府で、装備や物品を納入する企業がそれを支えます。その上にある第二層の経済安保の基盤でのメインプレイヤーは政府であり企業です。
ここで強調したいのは企業は政府と並ぶ立派なメインプレイヤーであり、そうした自覚を持ち、堂々と政府とも議論するべきという点です。政府と堂々と議論する、という感覚はまだまだ企業の中には根付いていない発想なので、あえて重ねて強調しておきたいところです。
実際、政府同士でいくら先端技術開発やサプライチェーン管理で合意しても、それらを保有、研究、開発、対応しているのは企業です。企業が一緒についてきてくれなければ政府間の合意も担保されませんし、企業の技術が廃れてしまっていては先端技術で経済安保を確かなものにしていこう、という政府の計画や政府同士の合意はその裏付けを失ってしまいます。
そもそも、これは経済安保に限らずですが、企業が稼いで納税し、国富をもたらしているからこそ、政府は財源を確保でき、政策や外交を推進できています。つまり日本が世界で戦略的不可欠性や戦略的自律性を確保できるかどうかは企業の力や体力にかかっていると言っても過言ではありません。
企業の技術力や競争力が国の経済安保、ひいては安全保障の「強度」を左右することを踏まえれば、企業が果たす役割は大きいといえます。リテラシーがある経営者やアンテナが高くパブリックマインドを持つ企業はすでにそれを自覚して動き始めています。
こうした流れの中で、今年の経済安保政策は自国企業や産業をいかに強くしていくか、という視点が重要イシューになっていくはずですし、そうなっていくべきだと思います。
政府の側はぜひ企業の海外案件をサポートするトップセールスや政策立案を常に意識してもらいたいですし、企業の側も国の安全保障において自社が果たしている役割(意図している、していないにかかわらず)を自覚しつつ、堂々と政府と対等に活発な議論をしてもらいたいです。
日米韓、日米豪、クワッドなどの有志国の枠組みでの経済安保プロジェクトや先端技術開発などが活発化していくことは必至ですが、その際、当然のことながら米国や豪州、インド、韓国のいずれの政府も自国企業や自国の技術、スタンダードを推してきます。
プロジェクトの全体目的の達成は大事にしながらも、日本政府には日本の国益の確保のために、相手が同盟国、友好国であっても堂々と日本企業の「推し活」を展開していただけるのを期待したいです。
自由でフェアな競争環境が確保されることは前提ルールにしつつも、政策としていかに日本企業を強くできるか、その肉付けが今年は経済安保推進法の特定重要技術の育成プログラムに基づいて進められていくでしょう。
同プログラムについては筆者は感じるところがいくつかあるので、また後日、触れたいと思いますが、同プログラムにおける日本にとっての重要技術の育成は、政府と企業、つまり官民の対話や共同歩調のあり方がその成否を握るでしょう。
企業の側も積極的に政府と対話をして要望や提案をぶつけることでルール形成に参加して、日本を強くする技術は何かを決める議論を活発にしてもらいたいです。特に小さくともきらりと光る技術を持っている中小企業は隠れた日本の資産です。中小企業からの声や提案を受け止める受け皿を政府に作れるといいと思います。
また、何が日本の未来に必要な技術かの目利きをする際、使い方をちょっと変えてみるだけで、既存技術が思わぬデュアルユース技術になり得るケースもあります。ゼロから開発することも一つですが、すでにある埋もれた技術を掬い上げるのも「時間を買える」メリットがある有効なアプローチです。そうした視点も大事にして技術の選定を進めてもらいたいところです。
もちろん、技術の売り込みに際して各企業は自社に有利な提言をしがちですので、当該企業にとって(個社への個別最適)だけでなく日本全体にとってどうか、という全体最適をはかる調整は不可欠となるのは言うまでもありません。
提案があった技術を社の違いを超えて組み合わせることで、こんなことができる、という発想もあっていいでしょう。文理横断の発想、知見、コミュニケーション能力を持つプロデューサー役が決定的に重要になります。これは国の技術開発だけでなく、どの企業にも当てはまることかもしれませんが・・。
これまで提言させていただいていますが、企業の側は守りを固めつつも、チャンスがあれば経済安保を事業機会にする強かさ、逞しさを持って持つべきだと思います。一部の先進企業はすでにこうした発想で動き出しています(そうした企業の話を聞いていると、変われない日本企業という殻を破って、逞しく変貌しようとしていてワクワクしてきます)。
経済安保を単なる輸出規制への対応やコンプラとして捉えるのは経済安保の一部だけしか捉えていない見方です。守りを固めるだけでは状況に翻弄されるだけの苦しいリスク管理になってしまいますし、何よりも、面白みがありません。
米中対立や経済安保推進法という大きな流れを変えることはできなくても、大きな流れをフォローの風として捉えて、自社のブランド向上や事業拡大に少しでもつなげることができれば、立派な「攻めの経済安保」といえるでしょう。
攻めの経済安保に向けて何から自社はできるか、どこから手をつけたらいいのかわからない、ということであれば、ブレストや壁打ちの相手くらいでしたら喜んでお手伝いさせていただきます。
いずれにしても前述の通り、今年は選挙イヤーです。各国で権力の重心が変わることで、政策トレンド、規制トレンド、危機発生の動きにもまた変化が生じ、間違いなく私たちのビジネスの環境、基盤、進め方にも影響を及ぼしてきます。
ある日、経済安保の基盤が揺らぎ、私たちの「当たり前」が揺さぶられるかもません。
ゆらぎの前兆、風向きの変化をとらえる努力と頭の体操を普段からしておく「経済安保インテリジェンス」、規制対応や輸出管理の遵守といった「守りの経済安保」、そして、地政学的変化を事業機会に結びつける「攻めの経済安保」を激動の年だからこそ実現させていきたいものです。このコラムではそれに向けたヒントを一緒に考えていきたいと思います。
地殻変動をもたらす地政学リスクになり得る「もしもトランプが再選したら」、つまり「もしトラ」についても、考えたいと思いますし、台湾総統選挙を受けて行方が気になる「台湾有事リスク」についてもどこかのタイミングで議論したいと思います。
前回お約束した経済安保インテリジェンスや企業内体制作りにおける論点については次回、触れていきたいと思います。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
トップ画面の写真:UnsplashのNEOMが撮影した写真
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