人はなぜ間違えるのかー結論ありきの判断の謎と「心証の雪崩現象」

2023年12月11日
全体に公開

  『冤罪学』の視点から考える「人はなぜ間違えるのか」、今回は結論ありきの判断について考えます。  

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人間は一貫させたがる生き物

人間は一貫性を持たせようとする性質があると言われています(認知的一貫性又は一貫性の原理)。

例えば、人間は一度何かを好きになると、基本的にそれに関するものは肯定的に評価します。好きなアーティストが見つかると、そのアーティストのアルバムも続けて購入することがあると思います。反対に人を嫌いになると、その人に関するものは否定的に評価しがちです。別れる寸前のカップルなどは、相手の嫌な所ばかりが目に付いてどんどん嫌いになっていったりするかもしれません。

この認知的一貫性のポイントは、結論先取りの評価になってしまい、思考が逆転してしまうということです。

前記の例で言えば、本来、アーティストの良し悪しは、その曲を聴いて決めるべきでしょう。

しかし、アーティストが好きだと、その曲を好きになってしまうのです。

また、本来、人の好き嫌いはその人の行動を見て決めるべきでしょう。

しかし、その人が嫌いだと、その人の行動全てが悪く受け取られてしまうのです。

このように、人間は態度を一貫させようとする傾向があるのです。

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一般社会における認知的一貫性の活用例

この一貫性は好き嫌いだけでなく、感情や認知、行動などの全てにおいて当てはまると言われています。

そして、ビジネスシーンでも、この認知的一貫性が活用されることが多々あります。

例えば、「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」というものがあります。これは販売員が足をドアの間に入れて少しだけでも話を聞いてほしいという小さな要求を足掛かりに商談を成約させるテクニックが由来で、小さな要求を通してから大きな要求を行うというものです。小さな要求を呑んだ客は、その態度を一貫させてしまう結果、大きな要求も呑んでしまうのです。商品の無料サンプルを使ってからその購入を迫られると、一度承諾した態度を一貫させてしまう結果、その商品を購入してしまう例などが挙げられます。

ローボール・テクニック」といって、悪い条件を隠しておいて、購入を決めてからその条件を提示すると相手は断れなくなるというものもあります。中古車の本体価格が安いと思って購入を決めたところで税金の話をされるといったものが典型です。これも、一度承諾しているという態度を一貫させてしまう結果、悪い条件を聞いてもその態度を変更することができずに承諾してしまうのです。

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一貫性が生む誤り

認知的一貫性について、一貫させる方向によっては判断の誤りを生みます。

例えば、上記のローボール・テクニックは詐欺にあたり得るもので、客側の判断に誤りを生じさせています。

冤罪事件との関係で言えば、本来、刑事裁判では「証拠裁判主義」と言って証拠に基づいて事実を認定しなければなりません(刑事訴訟法317条)。

しかし、裁判官が被疑者・被告人は有罪だという予断を持ってしまっていると、その予断を一貫させてしまう結果、その人の有罪を示唆するように証拠が評価されてしまうのです。

人はエビデンスを評価して結論を考えるだけでなく、結論からエビデンスを評価してしまうこともある生き物なのです。

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裁判官の間で危険視されてきた「心証の雪崩現象」

従前、裁判官の間では「心証の雪崩現象」というものが危険視されてきました。

これは、心証がどちらにも決し難い浮動的なものに過ぎなかったところ、一つの有力証拠がある場合に、その証拠によって一定の結論が認定されるだけでなく、本来は無関係であるべきはずの他の論点についてまで同じ方向に結論が引きずられてしまうことを言います。

例えば、被告人が自身のアリバイ、被害者との関係、当時の所持金という3つの争点について供述しており、裁判官にとっては3つともその話が本当かどうかが悩ましい事件だったとしましょう。ここで、被告人のアリバイに関する供述に嘘があったことが判明します。この場合、残りの争点である被害者の関係と当時の所持金は、被告人のアリバイとは全く無関係のことであるはずです。しかし、被告人がアリバイについて嘘をついていたということから、裁判官は他の2つの争点に関する話まで信用できなくなってしまうのです。

人間は自分の無実を晴らしたいがために誇張して話したり、嘘のアリバイを咄嗟に述べてしまうこともあります。しかし、それがトリガーとなって有罪の認定を受けてしまうおそれがあるのです。

このような現象についても、有罪という心証に一貫するように他の争点の評価を決めているという点で認知的一貫性が働いているものと思われます。

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一貫性と生きていく

この一貫性は人間の特性そのものであり、逃れることはできません。

だからこそ我々は、自分の考えが本当にエビデンスを評価した結果導かれたものなのか、きちんと考え抜く必要があります。

また、物事を切り分けて考えることによって一貫性による誤りを低減できるとも言われています。

このように人間の特性を理解することによってエラーを防ぐということが大事だと思います。

ぜひ皆さんの意見をコメントやPickにていただけると嬉しいです。

プロフィール

西 愛礼(にし よしゆき)、弁護士・元裁判官

プレサンス元社長冤罪事件、スナック喧嘩犯人誤認事件などの冤罪事件の弁護を担当し、無罪判決を獲得。日本刑法学会、法と心理学会に所属し、刑事法学や心理学を踏まえた冤罪研究を行うとともに、冤罪救済団体イノセンス・プロジェクト・ジャパンの運営に従事。X(Twitter)等で刑事裁判や冤罪に関する情報を発信している(アカウントはこちら)。

今回の記事の参考文献

参考文献:西愛礼『冤罪学』、ダン・サイモン(福島由衣ほか訳)『その証言、本当ですか』。なお、記事タイトルの写真についてGetty Imagesの Mlenny の写真。

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