「アーバンファーミング」の潮流はくるか?渋谷区立植物園が「食と農」をテーマにリニューアル

2023年12月1日
全体に公開

最近、「アーバンファーミング」という言葉がじわじわ広がってきているように思います。2023年5月には「Urban Farming Life」(監修 近藤ヒデノリ+Tokyo Urban Farming )という書籍も出版され、複数のメディアでも取り上げられ売れ行きも好調のようです。
 そして、今年7月には渋谷区立の「日本一小さな植物園」と親しまれた「渋谷区ふれあい植物センター」食と農の拠点とするということでリニューアルオープンしました。こちらの指定管理を受けている団体、NPO法人「アーバンファーマーズクラブ」は渋谷区を中心に屋上や空地での農的なコミュニティ活動を推進してきた団体です。「アーバンファーミング」を直訳すれば「都市農業」ですが、日本においてはあえて「都市農業」と「アーバンファーミング」は分けて別物として扱われているのが東京のユニークなところかと思います。

「食と農の拠点」としてリニューアルした渋谷ふれあい植物センター

都市農業≒アーバンファーミング

 世界の大都市のなかでも東京における農業の在り方は実にユニークであるということは過去の記事でも書きました


 ざっとお伝えすると、東京23区のうち目黒区や中野区など含む11区には江戸時代から続く農地が残っていて、総面積の0.9%ほどになる。しかも所有者も江戸時代から続く農家の子孫であるという点です。多摩地域やさいたま市、川崎市、横浜市、千葉市といった都市近郊となると全面積の5~15%を農地が占めています。世界で「都市農業」つまりアーバンファーミングといった場合には伝統的な生産農家を指すのではなく、都心のビル屋上や空地を活用して農的な空間にリニューアルしコミュニティ活動を通して社会課題にとりくむ事例がほとんどです。都市の持続性を高める新たなインフラの一つとして注目されているのです。

 そんな背景もあり日本においても伝統的な農地、農家が都市的地域で行う農業を「都市農業」、都心のインフラとして屋上や空地を農的に活用するのは「アーバンファーミング」と何となく棲み分けができてきたように思います。

震災が一つの契機となった「農ある暮らし」

 リニューアルされた「渋谷区ふれあい植物センター」の特色は基本的に栽培している植物はすべて食用であるというところでしょう。これから年月をかけて育っていくことを想定してまだ若い苗木が植えられています。施設全体がガラス温室的な施設であるので、熱帯植物などの果樹もあり、またLEDを使った植物工場的な水耕栽培コーナーもあります。ここで収穫されたレタスやルッコラなどの野菜は2Fのカフェで提供されて、営業は9時まで。アルコール飲料の販売もあるということで展示を見に来るというよりは食と農をコンセプトとした公共施設でのんびりと過ごすことを目的として来館する人も多いそうです。

 渋谷区ふれあい植物センターにある水耕栽培コーナー、2Fのカフェで収穫された野菜が提供されている

 館長の小倉崇さんはもともと文字媒体の編集やライティングを仕事としていましたが、全国の有機農家の取材などを通して農業に興味をもち、震災をきっかけに「アーバンファーミング」をキーワードに都市のライフスタイルに一石を投じられないかと活動を始めました。最初は渋谷のライブハウス屋上で野菜を栽培、2016年には「渋谷の農家」という書籍を出版して注目を浴びます。その活動をとおして出会った人たちとNPO法人「アーバンファーマーズクラブ」を設立し、表参道のビル屋上、ヱビスガーデンプレイスの敷地、サッポロビール本社前の園庭などを拠点に野菜作りのコミュニティを広げてきました。私も設立時からNPOメンバーとして役員をつとめていますが、いわゆる農地つかった農業とはずいぶんと異なる形でありながら、都市での「農ある暮らし」を広げていこうという活動に多くの人が興味関心を持っていることに可能性を感じています。

渋谷のライブハウス屋上で「渋谷の農家」として活動を始めたころの小倉さん

 一方で、アーバンファーミングはいろんな課題も抱えています。土地需要の高い都心部なので敷地の確保が難しいという大前提がありますが、実は栽培も容易ではありません。ここ数年の夏の猛暑やゲリラ豪雨、台風などに非常に影響を受けやすいということがあります。外気温が36℃の時などは都心のビル屋上はもはや灼熱、まさに東京砂漠です。また風によって資材などが飛ばされてしまうリスクも高いです。加えて意外なことに獣害も結構あるのです。主にネズミやカラスですが彼らにっとってはまさに都会のオアシス、ネットをしっかりしておかないと小さな畑は一晩で食い荒らされてしまいかねません。通常の農地での野菜づくり比べてもアーバンファーミングは手間もコストもさらにかかるというのが現状です。

 農的な空間と日常的につながりたいという願望自体は多くの人がいだくようになっているというのは家庭用コンポストやちょっとした菜園ライフがメディアで「クオリティーオブライフ」の象徴的に扱われていることでも伝わってきますし、100円ショップなどの店舗での園芸コーナーが年々充実してきています。しかしながら、興味をもって始めたものの失敗してそのまま園芸資材がベランダで朽ちていっているという人も多いでしょう。実際に野菜を作るというのはやはり根気が要り、決して簡単なことではありません。そういうこともあって誰もが気軽にふらっと立ち寄って農的な体験ができる施設にはニーズが確実にあります。渋谷区もそこに着目しての今回のリニューアルということでしょう。

「農とふれあう施設」のむずかしさと可能性

 しかし、管理サイドからするとコミュニティ農園の運営はなかなかの力量を求められます。不特定多数の参加者がふらっと立ち寄って楽しく過ごせるようにするには「いつ来てもいい状態に農的空間を保つ栽培技術」とともに、柔軟な接客能力が管理者に求められます。そんな人材はなかなかいないのが現状です。普通の植物園以上に季節による移り変わりが激しく、またそれを食材として提供するとなると調理法や食品衛生、参加者の満足感をどのように満たすかなど不確定要因がかなりあります。

 実際にはまだそれを可能とする人材はそうそういません。ただ、繰り返しになりますがそこには確実に需要があるので、なんとかそういった農園コーディネーター人材が育つ仕組みを作っていきたいところです。今回の渋谷区の取組はそういった意味でも画期的で意欲的と言えるでしょう。

 都市のインフラ整備はハード面では大きなお金も動きますし目に見えるので成果も実感しやすいです。しかし、農的な空間をもっと都市に創出して、多くの人がそれを享受できるようになるためには人材の育成への投資が不可欠なのです。

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