経営者と社長製造業

2023年12月1日
全体に公開

2023年11月25日土曜日に株式会社三井住友フィナンシャルグループで代表執行役をお務めになった太田純氏がご逝去されました。心よりお悔やみ申し上げます。

太田氏は2019年4月にSMBCグループの持株会社である三井住友フィナンシャルグループの社長に就任し、「脱銀行」・「社長製造業」など印象的なキャッチフレーズを全面に押し出しました。

直近では銀行を軸にクレジットカードと資産運用機能(SBI証券仲介)を一つのアプリに統合したOliveをリリースしています。NewsPicks読者の皆さんも利用されている人が多いのではないでしょうか。メガバンクで唯一大手クレジットカード会社(SMCC)と銀行アプリの融合に成功し、Tポイントと自社ポイントの統合による「経済圏」獲得も実現しました。

銀行を軸にする点はグループ名称にも表れています。持株会社名である三井住友フィナンシャルグループの略称をSMFGからSMBCへ変更しています。

出所:三井住友フィナンシャルグループホームページ「ビジュアル・アイデンティティ」

このような銀行の強いリーダーシップで子会社のクレジットカード3,316万会員を銀行アプリ内に取り込みました

出所;三井住友カード

決済以外にもマスリテールはネット証券最大手のSBI証券と組み、面を広く(クレジットカード3,316万会員)抑えている三井住友カードを金融商品仲介業者としてカード積立による資産形成を推進しています。2021年からわずか2年で50万口座に到達しました。

出所:「2023年度上期投資家説明会資料」P,31 2023年11月15日

社長就任以前からアリババなどをモデルに銀行業のEC参入検討や決済領域の事業推進を強く進めており、もっとも注目するべきはGMOPGとの提携で加盟店獲得による経済圏を広げたことではないでしょうか。

こちらもネット証券1位のSBI証券と同じように、ネット決済1位との座組です。

銀行からするとベンチャーとも映るEC決済代行業社は顧客との接点で非常に重要な位置を占めています。業界図だとクレジットカード会社は下図のアクワイアラーとイシュアーを指します。

出所:経済産業省商務・サービスグループ キャッシュレス推進室「第⼀回の議論の振り返り、クレジットカード、電⼦マネー、コード決済に係るコスト構造、消費者周知のあり⽅、店舗調査の進捗について」2021年10月18日

提携の意図は明確であり、Feeが低下する領域(ネット証券・決済)で営業利益にインパクトが少ない事業は他社と広く薄く組み、競合プレイヤー(CAFIS・JCN:上図記載のネットワーク利用料・伝票保管料7円/件)を外す「経済圏」をGMOPG→三井住友カード(100%子会社)→VISAの流れで目指しています。

出所:三井住友フィナンシャルグループホームページ「利便性の高いキャッシュレス決済サービスの提供」

特定のカード会社に縛られるのを嫌うお店は、その前に立つ代行会社と契約します。Amazonや楽天規模になると直接CAFISやJCNに接続しますが、大部分は決済代行会社経由のトランザクションです。

既にCAIFSを運営するNTTデータがネットワーク側から先手を売っており、ブルーゲートとペイジェントによる決済代行で面を抑えています。ここに対して自己資本を極力使わず提携で利幅の薄い業界へ挑戦する試みです。

このようにマスリテール領域から経済圏を構築する戦略は銀行の守備範囲からどんどん外に広がっていき、ついには三井住友銀行の新卒採用ページで

かつては、銀行と呼ばれていた

 出所:三井住友銀行2019年新卒採用ページ

と表現されました。10月23日公開のインタビューでは更に踏み込んで

かつては、金融だった

出所:「SMBCに話を聞いたら、銀行っぽくなくなってた」2023年10月29日

極端に言うと生活産業サービス

まで範囲が広がっています。CCCとの提携によるポイント統合も経済圏を構築する思想の基に着実に足場を固めている結果であり、SMBCの名前が見えなくてもプラットフォーマーとして業界をコントロールする未来があるのかもしれません。

このような業績を残された太田氏は社長製造業と銘打って30代の若手社長を子会社に誕生させています。

われわれは『社長製造業』になりたい。社内で手を上げた従業員に、経営資源を渡して会社を作ってもらい、社長をやってもらう。人材も資金もシステムも必要だが、成長が見込まれるところに重点的に投資する
ロイター「インタビュー:収益力は8000億円狙う水準に=三井住友FG社長」 2019年6月17日
人材の面でスタートアップの成長支援に貢献するとともに、起業家の経営手法を見せて真の事業成長のサポートスキルを学ばせることを狙い、思い切って20代の行員を派遣した。これまではシニア人材を中堅以上の企業へ出向させるのが主流だったが、前例にとらわれず新しいことへの挑戦としてスタートした。出向した若手行員は大きな組織での仕事とは全く異なる環境で、自分で考え自己を律し、自らの足で仕事を熟していく経験を積んでいる。どう動いたらよいか全然わからない、自分が何もできずつらい思いをするなど、悩みを乗り越え、従来なかったアイデアの着想、柔軟な仕事の進め方などを身に付けて短期間に成長をしてくれている。銀行で働くことの意味や将来のキャリアを改めて考える機会にもなり「スタートアップで経験を積みたい」と名乗り出る若手行員もいる。
日本経済新聞「VB出向で成長する若手 SmartTimes 三井住友銀行成長事業開発部長 北澤裕司氏」2019年8月5日

別記事でも書きましたが、社長業を早くから行うメリットはいくつかあります。

FIN/SUM2019:Fintech Summit SMBCグループがロボット投信と取り組むオープンイノベーションの現場

2019年のFIN/SUM登壇時は「社長は製造できるのか?」というお題に対し、意思決定の量と質の観点から「できる」と回答しました。もう少しこれを具体的に掘り下げてみます。

創業者がまず行うことはEquityの調達です。ある程度の売り上げが見えてきたらDebtでバランスシートを作りながら事業の拡大に備えます。

もし従業員のままであれば、取締役会や株主総会を開催し新株発行や多額の借財を決議する経験はできません。売上・原価・利益というPLの管理から踏み出して預貸という巨大なバランスシートと向き合うために、次の経営者を育てるためには実践の機会を積ませることが最も近道ではないでしょうか。

太田氏の蒔いた種は銀行業界全体に大きな影響を与えたはずです

出所:三井住友フィナンシャルグループ「CEOメッセージ」より

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